次の発表まで時間があったので、オースティンとハヤテはユキマサと合流する。


「ユキマサ、ちゃんと見てたか?」

「すみません、拙い演技を見せてしまって!」

「いえ、お上手でしたよ。ハヤテもよくやってた」


 ユキマサは外向けの笑顔をオースティンに向けながら、ハヤテの案内に沿って吹奏楽部の発表場所まで向かう。


「どこで発表をやってるんだ?」

「校庭だ。もう結構混んでると思うぞ」


 ハヤテの言うとおり、校庭にはたくさんの人がいた。その中心で、吹奏楽部のブラスが輝いている。


「む、今日は風が強いな」


 校庭に入ると、砂埃まじりの風がぶわりとハヤテの体に当たる。朝はそれほど風が強くなかったはず、と思いつつ目を凝らすと、砂埃の奥に影が揺れていた。


「待てハヤテ。あれは──」


 ユキマサが一歩前に出て、その向こうを指し示した。


「──星神の使徒だ。おそらく地龍じりゅう型」


 そう言われて見てみれば、地面から一本、巨大な龍の首が伸びていた。今日は人が多い。その分だけユキマサが生き返らせた死者も多いのだ。


「……あー、くっそ、嫌なのが出たな……」


 ハヤテは生前の記憶があるせいか、自分を殺した龍が苦手だった。幸恵の腹を食いちぎったのは飛龍型だ。しかしそれ以来あの顔に睨みつけられるだけで、死んだ瞬間を思い出して身体がすくむ。


「ハヤテ、校内にはおまえが死者だと知っている人間はほとんどいない。俺もなるべく援助をするが、この風だと難しいかもしれない」

「ああ。わかった。……倒せるかな」


 死なずに、たくさんの人に見られながら、砂埃の中龍を倒す。それはハヤテにとって相当な無理難題だった。この風ではユキマサの銃撃もあてにできない。


「オースティン、警察を呼ぶから──」


 ハヤテが駆け出そうとした瞬間、身体の横を旋風が掠めた。その風の正体は──。


「お──オースティン!?」


 長い制服のスカートが舞う。彼女は飛び出した勢いそのまま、その使徒へ突っ込んでいく。


 足を捻ったのがまるで嘘かのように、彼女は強風に立ち向かっていく。


 伸びてきた龍の首を掴んで、オースティンは空を舞う。落下するスピードを活かして、核のある首の付け根まで足先を伸ばす。


 パン、と核がはじける音がした。

 風が、止んでいく。巻き上がった砂埃が空へ昇って消えた。


 オースティンは振り返り、にこり、と笑いかける。


「ご無事ですか、キリガヤさん、ユキマサさん」


 何が起こったのか、一瞬わからなかった。


 並の人間は、恐怖心ゆえに使徒を倒す覚悟ができない。本能的に立ちすくんでしまうのだ。ユキマサや使徒退治専門の憲兵は、そういう訓練を積んでいるから、逃げずに耐えられるのだ。人間は立ち向かうだけでも相当の素質がいる。


「ああ……君のおかげで……」


 オースティンは、思っていたより臆病ではなかった。むしろ彼女は、恐ろしいほどに勇敢だった。


 ユキマサはその光景に衝撃を受けながらも、ハヤテの肩を掴んで、「サラさんのほうへ行こう」と歩きだした。


「さ、演奏を聞きましょう」


 オースティンは何事もなかったかのようにハヤテのそばに寄って、吹奏楽部の演奏が始まるのを共に待った。



 ユキマサは文化祭から帰ると、すぐに手紙に取りかかった。


 オースティンの劇は素晴らしかった。が、あの結末を書いてしまうと、自分たちの悲惨な結末を予感しているように思われるかもしれない。それが恐ろしい。


 今度は、絶対に離してはいけない。


 ユキマサは、シオンと共に過ごした高校時代を思い出していた。


「ユキマサ、あたしの演技、見ててね」


 シオンは文化祭で恋愛物語の主役を演じた。オースティンの姿がもういない彼女と重なって、より感情的になっていた。


「絶対、忘れられない劇にするよ」


 皮肉なものだ。それを言った本人は、とうにそんなことを忘れている。


「……俺は、忘れないからな」


 彼にとって、記憶喪失は死よりも残酷だ。


 死んだ人間は生き返らせることができる。しかし、失った記憶は、奇跡でも起こらない限り戻らない。


 死者蘇生を施された人間は、同じ人間のままだ。

 しかし記憶喪失した人間は、同じ容姿の他人だ。


「おまえがいたことを、死ぬまで覚えてる。俺が覚えてる限り、おまえは生き続ける」


 言い聞かせるように呟いて、ユキマサは手紙の続きを書いた。



「拝啓 エリカさんへ


 葉が色づく時期になりました。まだ暑いですが、もうすぐ秋がやってきます。一週間お会いしていませんが、いかがお過ごしでしょうか。


 今日、従妹の文化祭へ行きました。新しく出来た友達と、満足のいく出し物を作り上げられたようです。


 私はこの時期になると、自分の高校時代を思い出します」



 ユキマサはそこで筆を止めた。


「エリカさんは、どんな文化祭でしたか」


 そう書きそうになっていた。自分のしようとしたことの残酷さに、思わず息を呑む。ユキマサは初めて会う人に説明するように、文化祭の記憶を綴った。


 関係をやり直すと、決めたのだ。


 シオンとしての記憶が、全て消えてしまったと知った日に。


 ユキマサは再び筆を取って、手紙をこう締めくくった。


「エリカさんも、来年は一緒に行きましょう」


 もう一度、全てをやり直すために。

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