弐
「着いたぞ。行こうか」
ハヤテが扉を開けると、生きた音が一気に飛び込んできた。太鼓の音、客の笑う声、じゅうじゅうと何かが焼ける音。この先どんなに死にながら生きても、この音だけは再現できないだろうな、と思った。
「まあここには自然物が少ない。そうそう使徒が出ることはないだろ。今日は精一杯遊んでいい」
普段は夕方まで学校で、ほぼ毎日使徒の退治依頼が入ってくる。遊ぶ時間なんてないだろう、というユキマサの計らいで、彼女には一ヶ月に一度ほど、思い切り遊んでいいという日を設けられる。
ハヤテは食べたかったりんご飴を顎から垂らしながら、口に思い切り頬張る。
食べている間、ふたりは木の影に腰掛けながら喋っていた。とはいえヨシマサもハヤテも会話が得意なたちではないので、仕事の話とご飯の話しかしなかった。
「ユキマサは食べてみたいものはあるか? 私は古い料理のストックしかなくてな」
「そうだな──フライドポテトが食べてみたい」
「揚げた芋か。わかった」
「あんまり伝わってない気がする」
りんご飴を食べ終わったころ、ふたりの頭上から声が降ってきた。
「あの……」
ふたりして見上げると、声の主である少女はぎょっとした顔をした。
「あ、すみません、キリガヤさん……だよね」
赤毛にそばかすが特徴的な細身の少女だ。ハヤテはしばらく考えたあと、ああ、と感嘆の声を上げた。ユキマサに伝えないだけで、クラスメイトの名前は全員分きっちりと記憶している。
「レイアか。久しぶりだな。どうしてこんなところに?」
レイアはハヤテの前の高校の同級生で、今は花嫁修業中だという話を誰かから聞いたことがある。
「久しぶり、キリガヤさん。あのね、わたし、親の付き添いで来たんだけど、暇になっちゃって……」
一緒に回ってくれない、と少女は震える声で告げた。耳まで赤くなっている。緊張しているようだ。
「いいんだが、こいつも付いてくるぞ」
ハヤテはユキマサを指さした。友達とふたりで回るものだと思っていたから、彼は思わずえっ、と声を上げた。
「その人が一緒に住んでる従兄さん? いいよ〜」
「だそうだが、ユキマサ」
ハヤテはユキマサを挑発するような笑みを浮かべた。ユキマサが仕事以外で人と触れ合うことが苦手だと知っていながら、たまにこういうことをする。
「…………わかった」
ユキマサが渋々承諾すると、ハヤテは意外だと言わんばかりに目を見開いた。重い腰を上げて、ハヤテの手を取って立たせる。
「ユキマサさんはなんのお仕事を?」
「あ、えー……医者を」
「えー、お医者さん! すごい! 何科なんですか?」
「あ……すみません医者は嘘です。農家です。人参とか育ててます」
ぎこちないながらも会話を交わすユキマサを見て、ハヤテは人知れず笑みを浮かべた。
「あはは、医者だよ、外科の医者だ! ユキマサはな、何十人もの命を救ったんだよ!」
ユキマサは焦った様子でハヤテに耳打ちする。
「おま、それはちょっと危な……」
「へーきへーき。みんなそんな深く調べないって」
それに、と言いながら、ハヤテは背伸びしてユキマサの耳元で囁いた。
「いざとなれば私がなんとかするさ」
そう言うだけでユキマサの表情が緩む。やっぱり自分がいないと、駄目なのだろうか。
それからは三人で祭りを回った。ハヤテは焼きそばを食べて食欲を満たした。屋台の焼きそばはだいたい伸びているが、雰囲気だけでなぜか美味しい気がしてくる。
ユキマサはお好み焼きにたこ焼き、ベビーカステラをビールで流し込み、すっかりいい気分になっていた。酒が入って思い切りが良くなったことで、レイアとも自然に話せるようになっていた。
「そうだ、キリガヤさん、ユキマサさん。わたしの屋台に寄っていってくれませんか?」
ふたりは見合って頷き、彼女の親が出している屋台まで向かった。
「的屋」と書かれた暖簾をぶら下げた屋台まで案内される。ユキマサとハヤテはじっと暖簾を眺めたあと、同時に互いを見た。
「やるか」
ふたり同時にそう言って、レイアの母親に百
ユキマサの一発目。チョコレート菓子のすれすれを通り、ぎりぎりで撃ち落とす。
「あはは、ユキマサさんラッキー!」
酔いが回ったのかとハヤテは一瞬思ったが、違った。ユキマサのコルク弾は、正確にその裏にいた星神の使徒の核を撃ち抜いていた。小型の鬼型。こちらに特に気づいている様子はない。
ここで普段通り倒そうとしてしまうと、周囲が混乱してしまう。これは無言で倒せる敵だと思ったのだろう、ユキマサは射的で討伐を始めた。
ユキマサがその気なら、ハヤテも乗らないわけにはいかない。
「こいつは射撃の腕と手術の腕だけはいいんだ、よっと!」
ハヤテは言いながら、景品の奥へ向かってコルク弾を放つ。ユキマサのように景品を掠めつつ的中、なんていう器用な技は出来ないので、あくまで勢いを削ぐだけだ。
ユキマサとハヤテは互いに核を撃ち抜いてゆき、星神の使徒八体を全て倒しきった。ハヤテもユキマサも、久しぶりにこんなに静かな討伐を行った。
「いやあ、なかなか当たらんものだな」
ハヤテは照れくさそうに後頭部を掻いてみせる。ユキマサの冷たい視線が痛い。
「難しいよねえ、普段銃なんて持つ機会ないもの」
ユキマサはわざとらしく頷く。私のことを言ってられないじゃないか、とばかりに彼を見上げた。
「ねえふたりとも。最後に付き合ってほしいところがあるの。いい?」
もちろん、とハヤテが頷く。ユキマサはふたりの少女のあとについて、屋台街の奥へ進んだ。
明かりのあるところから外れて、三人は森の中へ入っていく。クマゼミの声がやたらとうるさく、草いきれが発汗を誘った。
「着いたよ!」
レイアの声が聞こえた瞬間、視界が、一気に開ける。
灰がかった夜空に、色とりどりの花火が上がっている。どおん、どおん、と繰り返し鳴る爆音が身体に染み込んで心地いい。
「ここね、おじいちゃんのお墓なの」
花火に見とれていたハヤテだったが、その声に反応してレイアの方を見る。そこには西洋風の十字架と、「ルイス 安らかに眠る」と書かれた墓石が立っていた。
「おじいちゃんと一緒に花火が見たくて。ごめんね、付き合わせて」
どおん、とひとつ、青色の花火が上がる。ハヤテが思い描いたような瑞々しい青ではないが――その青は、美しかった。
「いや、いいんだ、レイア」
ハヤテは微笑んで、その顔に青い光を浴びた。
「君のじいさんも、きっと喜んでると思うからさ」
ユキマサは、初めて見る花火に暫し見とれていた。彼も、ずっと余裕のない生活を送ってきた。世界を敵に回しながら、ただひとりのために戦い続けている。
「その気持ちを大事にしてくれよ」
レイアは花火にも負けないくらい明るく笑って、大きく頷いた。
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