【6話 おにぎりが美味しければそれでいい】

 ニイナとイサラは部屋で机を挟んで対面になるように座っていた。


 イサラは無表情のまま呟く。


「最近、ニイナの大好きなサラさんの人気が上がってるようですね」


 ニイナは右手の欠けたおにぎりを正面に突き出す。


「うんうん! みんながサラちゃんのこと好きになってくれて嬉しいなー」


 右手の欠けたおにぎりを口の中に運ぶイサラ。


「どうやらニュースによると、子供の困りごとを手伝ったらしいです」


「ふーん、サラちゃんならやりそうだよね」


 ニイナはおにぎりにかぶりつき、口を小さく動かす。


「って、あれ?」


「どうかしましたか?」


「いや、その困ってる子供を手伝ったって話なんだけどさ」


「はい」


 腕を組みながら首をかしげるニイナ。


「それ、ボクのことのような気がする」


「それは、ニイナがサラさんに助けられたって事ですか?」


「いやいや、そうじゃなくって! ……実はね、昨日ボクが買い物行ったとき、小さな女の子が道端で涙を流してたんだよ」


「なるほど、泣いていた女の子に遭遇したと」


「泣いてたかは分からないけど、目から水が流れてたよ。それで、心配になったから声かけたんだ」


「積極的ですね」


「うーん、親切心が抑えられなかった」


 イサラは手を胸に当てながら微笑む。


「素晴らしい主人を持てて、イサラは嬉しいです」


「ボクはそこまで素晴らしくないから、持ち上げなくていいよー」


「それで、無事に女の子から流れる涙の量を増やすことは成功したんですか?」


「だからといって、下げなくてもいいからね」


 かわいた笑みを作るイサラ。


中段ちゅうだんです」


冗談じょうだんね。それで、お守りを無くしたっていうからさ、一緒に探すの手伝ってあげたんだよー」


「流石です」


「意外と簡単な場所に落ちていたから、早めに見つかったんだ。それで、別れ際に名前聞かれたからさ、その時ボク、サラちゃんの姿で外出てたから、本人になりきっちゃったんだよね」


 無表情のまま首をかしげるイサラ。


「情報を流した方がよろしいですか?」


「ボクのこと好きなら、やめて欲しいかな」


下段げだんです」


冗談じょうだんね。良くないのは分かってたけど、女の子にサラちゃんのこと好きになって欲しいっていう小さな欲望に負けちゃった」


「ニイナは心が弱いのですね、情けないです」


「うっ、傷つくー!」


上段じょうだんです」


冗談じょうだんね。うん、冗談で合ってるね」


「ニイナはそれで大丈夫なのですか?」


 ニイナは首をかしげる。


「大丈夫って、なにが?」


「本当は世間にニイナが優しい人だって事が知れ渡った方が良いのでは?」 


「うーん。でも、ただの一般人が人助けした事実より、みんなに人気のサラちゃんが子供を助けたって事で、さらに好感度が上がった方がいい、はず」


「それでは、ニイナが不憫ふびんすぎます」


「大丈夫! 世の中にはいっぱい真実が曲げられてて、嘘であふれかえってるから!」


「本当にそれでいいのですか?」


「うぅ……半分はサラちゃんの為になってて嬉しい」


「もう半分は?」


「切ない」


「ニイナ……」


 しばらくの間、ニイナとイサラを静寂が包み込む。


 そして、ニイナは持っているおにぎりを指さす。


「それより、このおにぎりの具材の真実の方がボクは知りたいよ!」


「何が入っていると思いますか?」


「来た、イサラの問題クイズ! うーんと、シャケでしょ? 買ってきたの早速おにぎりに入れてきたねー」


「残念、違います」


 硬い笑みを作りながら頭を掻くニイナ。


「おおう、違ったかー。じゃあ、肉? 肉も買ってきたからね、それも、結構味付けに拘ってるでしょ? 美味しいよこのおにぎり!」


「ニンジンです」


 ニイナはおにぎりを守りながら椅子と一緒に床に転げ落ちた。

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