その二

 二つの街道が交わる場所に位置する宿場町だけあって、規模もにぎやかさも、他よりも格段に大きかった。

 とはいえ、町を物見遊山しながらのんびりとする余裕はなかった。目的地に着いたら、しなければならないことがあるのだ。

 軒下の看板を頼りに宿屋を探すと、すぐに見つかった。店の前では、先ほどの子供よりいくつか年上の少女が箒で掃いていた。宿の規模は、充路の路銀に見合うもののようなので、そこに決めた。

 宿の前で足を止めた充路に、少女はすかさず気付いて元気な声を上げる。

「いらっしゃいませ! 空いていますよ!」

 促されて暖簾をくぐる。

 まだ成年には見えない上に、旅装束とはいえ武家の子息にも見えない充路が、一人で宿屋に泊まろうとすると、怪訝な顔をする番台も少なくないが、ここの番台は愛想良く出迎えてくれた。身分証代わりの通行手形を見せると、愛想の良い顔のまま、なるほどと納得したようだった。

「お羽麻はま、お客様を案内しておくれ」

 番台が表に声をかけると、元気のいい返事と共に先ほどの少女が飛び込んできた。

「ごゆっくりおくつろぎください」

 二階の一室に案内すると、床に手を突いて丁寧に挨拶をし、襖を閉めた。

 まだ十かそこらのようだが、案内の仕事も慣れた様子だ。遊びたい盛りだろうに、おそらくは家計を支えるため、奉公に出ているのだ。

 充路は頭を降って、門で会った子や羽麻のことを追い出す。弟たちと同じ年頃の子らを見ると、ついつい注意が向いてしまう癖がまだ抜けない。

 旅装束をそのままに、充路は正座して居住まいを正すと、目を閉じた。ゆっくりと息を吸い、吸った時の倍くらいの時間をかけて吐き出す。それを何度も繰り返して、自分の中心に意識を集中させていく。

 頭から首、そこから続く背骨をすっと延ばす。そこに、実際には存在しないが、『糸』が通っているような気持ちになる。その『糸』は、研ぎ澄ました意識の中で、切れそうなほど細く、しかし銀色に強く輝いていた。

――伊織様。伊織様。

『糸』を意識の手で掴み、呼びかける。

――充路です。岩飛宿いわとびしゅくに着きました。

 呼びかけに応えるものは何もなく、伊織に届いたという手応えもない。充路の技はまだ拙くて、自信がないからだ。修行を続ければ、いずれこの意識の中にだけある『糸』を通して、伊織の存在を感じ取れるようになるという。

 今はまだ無理でも、伊織にはしっかりと届いただろう。彼女は、充路の弱々しい呼びかけでも、充路が意識せずにいることでも、『糸』を通して敏感に感じ取れるのだ。

「失礼します。お茶をお持ちしました」

 ちょうど目を開けた時、襖越しに羽麻の元気な声が届いた。

「……頼んでいないはずだけど」

 襖を開けると、茶道具を乗せた盆を持ち、羽麻が立っていた。

「番台さんからの差し入れです」

「差し入れ?」

 愛想も良かったが、気前もいいのだろうか。

「お兄さん、物の怪退治屋なんですよね」

 入ってきた羽麻は、てきぱきとお茶を煎れる。

「岩飛宿に出る物の怪を、きっと退治してください」

 羽麻は、彼女にできる精一杯の真摯な顔で、充路を見つめてそう言った。

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