第191話

 私はホールに出ると隊長さんと向かい合い、出だしから足を踏みつけていた。出だしからごめんなさい、と思うが隊長さんは気にする様子もなく普通に私をリードしてくれる。


 ご夫君ではないが顔色一つ変えなかった。私が知らないだけで隊長さんの靴には鉄板でも入っているのかもしれない。私はありがたく思いながら、どうにかこうにかステップを踏んでいく。足を踏み踏み音楽は進んでいて、その中で隊長さんが詫てくる。隊長さんが謝る必要はどこにもないのに、である。


 「申し訳ありません。姫様。どうしてあのような対応をするのか」


 「簡単じゃない? 私が羨ましくて、嫌いだと思うわ」


 「羨ましい?」


 隊長さんは私が言うことが理解できないようだ。殿下の片思いなのだろうか? あんなに隊長さんが大好きアピールをしているのに。大好きな隊長さんは私といつも一緒で、その上陛下にも構われている私が嫌いだと思う。多分。


 まあ、諸々の理由を考えてみれば無理もないだろう。気持ちは理解するが、だからといって私が譲歩する理由にはならないと思う。追加説明をしていると、隊長さんは自分のことはともかく陛下のことは理解ができると言っていた。陛下との関係性が見え隠れするコメントだ。


 音楽は終盤へと進んでいく。隊長さんの足は無事なようで、どうにか終わりそうだ。それと同時に殿下の対策を真面目に考えないといけないかもしれない。私はデビューが終われば後は関係ないと思っていたが考えが甘かったようだ。  帰ったら反省会をしつつ、みんなで対策を相談しよう。後はご令嬢の招待についても相談しなきゃ。私は予定を頭の中でまとめていた。


 


 曲が終わると相談はしていなかったが当然のように殿下とは別な方向へ離脱する。これで殿下に会わなくて済む。私は安心していた。そうして、筆頭さんを探していたら無事に合流することが出来た。筆頭さんが私を見つけてくれたのだ。私もそれなりに緊張していたのか筆頭さんの顔を見てホッとする。やはり知っている人と一緒にいると安心感が違うものだ。




 「お戻りなされませ、姫様。楽しくお過ごしになられましたでしょうか?」


 「筆頭殿。先ほどの令嬢はどのような方なのだ?」


 私が戻って来た挨拶をしていた筆頭さんの言葉に隊長さんが被せるように聞いてきた。かなりご令嬢を警戒している様子だ。殿下の事はもうどうでもいいらしい。隊長さんにとって殿下はどんな存在なのだろうか?二人の温度差に戸惑ってしまう。


 私は戸惑っているが二人は動じる様子もなかった。筆頭さんはこうなる事を予測していたのかもしれない。




 「隊長様。ご心配される気持ちも理解できます。ですが、ご令嬢はわたくしの生徒でもありました。かの方は姫様ほどではありませんが、色々な気持ちをお持ちです。とても真面目な方ですわ」


 「真面目」


 「はい」


 決定的な事を語るわけではなかったが、彼女を警戒していないことだけは伝わってきた。近くで接していただけあって、思うこともあるのだろう。私に不審がられるような事を話すことはなかった。もしかしたら話すようなこともないのかもしれない。兎にも角にも話してみなければ分からない事もある。


 筆頭さんに問題ないと言っても私に対して問題ないという事はありえないだろう。人それぞれ、印象は違うのだから。それを踏まえ、私は彼女を招待することを確定させた。私の中でも殿下は二の次になっていた。取り敢えずはお友達を作りたい、これが私の最優先事項だ。でなければ学校生活はどうなるか、想像ができる案件だ。




 ご令嬢を招待するのは決定事項となったが、二人きり、という事に隊長さんが難色を示す。安全という面ではなく、今後の関係性や力関係を考えての意見なのだろう。そう言われると否定もできなかった。どうするかと思っていると、筆頭さんから姪っ子ちゃんを招待してはどうかと提案された。


 確かに今日知り合った、という括りで考えると彼女しかいなかった。管理番の親戚というだけで招待はどうかと思うが、他にはいないので聞いてみようと言う流れになった。


 私が彼女なら正直【嫌だ】と思うだろうな。と同情を浮かべつつ管理番を探すことになった。




 管理番はすぐに見つかる。小休憩をしていたのだろう。ジュースを口にしていた。姪っ子ちゃんは、少し気分が浮上したのか表情は明るくなっていた。その表情は私達を見つけた瞬間、真っ青になっていた。さっきのトラウマを思い出したのだろう。申し訳ない。




 「管理番。姪御殿少しよろしいか?」


 「はい」


 隊長さんのよろしいか? と言いながら管理番に拒否権はない。形だけの問いかけだ。管理番は耐性があるからまだ良いが、姪っ子ちゃんは耐性がないから気の毒だな、と他人事のように思いながら、二人の話を聞いている。話を聞いた管理番も流石に驚いていた。そして渋る。


 「姪を離宮に呼んでくださる、と言われるのはありがたいのですが」


 「なら、問題はないだろう」


 「隊長様。お気持ちはありがたいのですが、姪は先程失態を犯したばかり、その後に離宮へと言って頂いても、正直不安しかありません。取り返しのついかない失態を犯してご迷惑をかけてしまう想像しかできませんので」


 管理番のお断りに姪っ子ちゃんも横で一生懸命うなずいている。先程の失敗でこりているのか、管理番から注意されたのか。青かった顔色は白くなってる。緊張しているのかも。そこまで緊張されてしまうと無理にとも言えず、私はお誘いを諦めようと思っていた。だが、筆頭さんは管理番の説得に入った。


 「管理番殿、心配されるお気持ちは理解できますが、姪御さんも学園に通われる以上マナーを身につける必要があります。幸い姫様はそのあたりに厳しい方ではありません。大らかと言ってもいいでしょう。こう言っては失礼かもしれませんが、間違いがあればその都度わたくしが指導をいたします。お茶会のマナーも必要になりますでしょうし、悪いことばかりではありませんわ」


 「失礼があってからでは遅いかと」


 「まあ、管理番殿、逆ですわ。今のうちに失敗すれば学園に入ってからは間違いは少なくなるでしょう。姫様も多少の間違いは気になされないかと。いかがでしょうか?」


 「人は誰でも間違いをするものよ。わたくしも間違える事はあるわ、大事なことは同じ事を繰り返さないことよ?」


 「姫様。よろしいので?」


 「管理番と、姪御さんがよければ。私達で話をしているけど、招待しているのは姪御さんだわ。彼女の気持ちが大切ではない? どうかしら?」


 彼女自身に聞いてみる。と言ってもこの状態ではノーとは言えないだろう。


 私でも言えない空気だ。


 全員の視線が姪っ子ちゃんに集まった。


 

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