第192話
彼女は白い顔に大きく瞳を開いていた。そして小さな声で答える。
「ありがたいお話ですけど、私のような者が離宮にお邪魔はできないと思います。失礼な事をしてしまうと思います」
「姫様と筆頭殿のお誘いを断ると? まあ、言いたいことは分からないでもないがな」
「隊長。その言いようは失礼だわ」
彼女は自分の気持ちに正直だったらしい。と言うか、管理番の言葉に乗っかって回避したかったのだろう。彼女からすれば危険地帯に足を踏み入れるようなものだ。
そう思いながら私は隊長さんの冷たい言いようを聞き、女の子にまでこんなに冷たい言い方とは思っていなかった。陛下のときも塩対応だと思っていたけど、あれはまだ親戚の付き合いでマシな方だった理解できる。隊長さんの冷たい言い方に姪っ子ちゃんは、瞳がウルウルして俯いてしまった。
こんな反応になるのは予想が出来た事だった。せっかくの大事な日に私に関わったばかりに台無しにしてしまった。本当に申し訳ない。お詫びの言葉もない。これ以上、私がいては彼女は萎縮するばかりだろう。謝罪をして早々に立ち去ろう。
「ごめんなさいね。せっかくの大事な日に嫌な思いをさせてしまったわ。お友達になれたら嬉しいと思っただけなの。さっきの件は無理にと言うつもりはないわ。隊長の言うことは気にしないで。言い方が悪かったわね。私が後でちゃんと注意しておくから許してちょうだいね」
「「姫様」」
隊長さんと管理番の焦った声が聞こえるがそれは気にしない。ここで彼女の気持ちが浮上しなければ、この日は彼女にとってトラウマの一日になってしまう。これから舞踏会なんかもあるだろう。この日がトラウマで出席したくないとなると、それは良くないことだ。そこは特に隊長さんに言っておきたい。
「隊長さん。言いたいことはわかるけど。今日は彼女に取って大事な日なのよ。それなのに私に会っただけで、彼女に取っていいことは何もないのではない? 楽しみにしていたでしょうに。叱られたり、お茶会に参加を強制されたり。思い出したくもない一日なったらどうするの? これから集まりに参加するのが嫌になったりしたら? 責任はとれるの?」
「それを含めての学園での学びです」
隊長さんはキッパリと言い切った。さすが上位貴族は考えが違うのかもしれない。だが、私は庶民派だ。その意見には賛同できない。
「そうね。それは隊長さんみたいな家柄の人の考え方よ。お家によって考え方は違うし、強要は良くないわ」
「しかし」
「しかしもかかしもありません」
「かかし?」
「そこはいいのよ。とにかく、無理強いは良くないの」
わたしはうっかり使い慣れた慣用句? が出てきて焦ったがそこは強引に話を打ち切った。
もう一度彼女に謝罪する。
「申し訳なかったわね。わたくし達は失礼するわ。せっかくですもの。これからは楽しんで頂戴」
言葉も出ない彼女にハンカチを握らせ、せめて怖くないようにゆっくりと穏やかに聞こえるように注意しながら話をする。
グズグズしていた姪っ子ちゃんは少しは浮上できたのか、姪っ子ちゃんは私の手を握ったままだ。本来ならありえないことだ。隊長さんは私に注意されたばかりなので今は何も言わないが、いいたことがあるのはわかっている。私は今は何も言ってくれるなとテレパシーを送っておいた。それが通じたのかは不明だが、とりあえずは何も言わないのでそれで良しとしておこう。
「姫様」
「どうしたの?」
私は手を握り返した。
「申し訳ありません。先程から失礼ばかり」
「いいのよ。管理番、叔父様からも注意されたのでしょう?」
「はい」
「だったら大丈夫よ。次から気をつければいいわ。それだけのことよ。ごめんさいね。泣かせることばかりだわ」
「姫様。先程のお話は真面目なお話でしょうか?」
「先程? お友達になれたらって事?」
「はい。わたくしのような者に、普通はそんな事を言っていただけることはありません」
「真面目な話よ。お友達になれたら嬉しいと思ったの。この国に来て初めてのお友達だわ。なっていただける?」
「わたくしでよければ喜んで」
姪っ子ちゃんはぎこちなく微笑んで頷いた。
姪っ子ちゃんが離宮に来てくれる事を了承してくれた。
嬉しい事だ。喜んで招待状を送る事にしよう。彼女にそう約束すると、管理番が待ったをかけた。
「姫様。日取りさえ教えていただければ、わたくしが離宮に連れて行きますので」
「招待状は不要と?」
隊長さんが管理番に確認する。管理番は無言で頷いた。私からの招待状が不要なわけが分からなかった。しかし隊長さんは理解ができた、というよりは納得の理由のようだ。翻って筆頭さんは納得が行かない様子。私にとってどちらが良いか考えたが、理由がわからない以上は自分の感情で決めようと思う。私としてはお友達になりたいのだ。正式に招待したいと思うので、招待状は送りたいと思っている。
「ご令嬢と同じで初めて招待する方だわ。私としては招待状をお送りしたいと思っているのだけど?」
「姫様。姫様のような立場の方が誰にでも招待状を送るものではありません。お付き合いの仕方も変わってきますので」
「管理番や商人にも出したことはあるわ」
「あの二人は離れ時代からの付き合いです。離宮に移ってからのものではないので」
私は一瞬戸惑ったが、要するに離宮に移ってからのお客様になるから、招待状を出す相手は選べということなのだろう。侯爵令嬢は相手としては申し分ないが、貴族の片隅に引っかかっている管理番の家では、問題があるということなのだろうか。私は筆頭さんを見る。マナーとしては彼女の意見を仰ぎたい。私に見られた筆頭さんは察してくれて意見を述べてくれた。
「御本人たちを前に失礼とは存じますが、姫様も姪御さんもお茶会の練習が必要ですわ。学園に通われる前に慣れておく必要があります。それは招待状を出す側も出される側も同じことです」
要するに招待状は出してOKという事。筆頭さんの発言には流石の隊長さんも何も言わなかった。
これでお茶会のメンバーは決定だ。初のお茶会がどうなるかはわからないけど楽しみだ。
デビューからの帰りの馬車の中で私はクタクタだった。慣れない場所での緊張感から精神的な疲労と、慣れないダンスでの運動で体的にもクタクタだった。馬車の中でグッたりとするわけにも行かず、精神力だけでおしとやかに座っていた。けど、気持ちは横になりたい気持ちでいっぱいだった。筆頭さんは私の疲れ具合をわかっているのか、お説教したいことも多々あるだろうに口をつぐんでくれていた。ありがたい。
私はその気遣いに感謝しつつ離宮に着くのを待っていた。
お茶会のお菓子、何を作ろうかな?
頭の中ではそれだけを考えていた。
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