第190話

 私が一息ついていると、今度は殿下がこちらに来るのが見えた。ご令嬢は気の良い方だったので問題はなかったが、今度は殿下だ。この人に関しては、考え方が合わないのが確定しているので来てほしくない。私のその思いが顔に出ていたのか、しかめっ面になリそうになって慌てて表情を取り繕う。上手くできているかはわからないが、にこやかな仮面を被っているつもりだ。そうして頑張っていると殿下が私の前に来る。


 何を言うつもりなのだろうか。私が警戒していると殿下が口火を切る。


 


 「先日ぶりだな、姫」


 「ご無沙汰しております。殿下」


 いきなりの上から目線に直感的に思ったのは、何様だ? こいつ、だった。こんな言われ方をする覚えはない。いや、覚えはあった。前回、私が強引に話打ち切って席を立っていた。私なら嫌な思いをした相手には近づきたくないものだが、この人は違うのだろうか? 不思議な人だ。それとも忘れているのだろうか? 三歩歩けば忘れてしまう鳥頭なのだろうか?


 そんな事を思いながら殿下の前に立っていた。ちなみに私から話したい内容はないのでニコニコしながら黙っていると、殿下は不機嫌な様子が見え隠れしている。


 「なんとか言ったらどうだ?」


 「何をでしょうか? わたくしからお話するような内容はありませんが?」


 「どういう意味だ?」


 「そのままの意味です。わたくしに用事があっていらしたのではありませんか?」


 純粋な思いで聞いていた。そちらから私の方に来たのだ。用事があって来たと思ってしかるべきだろう。その用事を済ませて早々に立ち去ってほしい、と思うのは私のわがままではないはずだ。と、思う。きっと、多分。




「殿下がわざわざ来てくださったのに失礼な事を言われるのですね」


 殿下の腰巾着と思われる男の子が口火を切った。私の中でこの男の子は腰巾着と命名することにした。実際は違うかもしれないけど、紹介も受けていないのに私の前で話し出すのだ、殿下の意を借りているのは間違いないだろう。だが、私は大人だ。手順を踏もう。そしてこの二人が一番嫌であろうことをする。ん?そうすると私のほうが誰かさんの意を借りることになるのかな? まあ、でもこの場合は他に適任者がいないのでご了承いただきたい。


 私は隊長さんの方を振り返り、小首をかしげる。副音声は【この人誰?】である。もちろん気が付かない隊長さんではない。




 隊長さんが氷の微笑みを浮かべながら私の横に立つ。空気が切り替わったので護衛ではない立場にたったのかもしれない。


 「さて、殿下はともかく、そちらは姫様に正式に紹介をした覚えもなければ、依頼を受けた覚えもないが。誰の許可を受けて話しかけているのか? ここは正式な場だ。礼儀も分けまえていないものに出席義務はないはずだが?」


 「従兄弟上(あにうえ)。僕のために言ってくれたのです」


 「関係ありません。ここは正式な場です。殿下の為を思うならなおのこと手順を踏むべきでしょう。礼儀をわきまえていないものを徴用していると殿下が思われるのです。そのことにも気がつけないのですか?」


 「隊長さん」


 自分で確認しておいてなんだが、隊長さんがここまで辛口なのは予想していなかった。二人は年長者の隊長さんから注意(わたし的に、これは注意レベルだ)受けて明らかに動揺している。殿下に至っては泣きそうだ。ガゼボで隊長さんに合った時に嬉しそうにしていたので、隊長さんが大好きなのはわかっていた。が今は大好きな隊長さんに注意されてショックを受けているのだろう。気持ちは理解できると同時に恨まれるのも理解した。このタイプは自分の振り返りができない。自分に不都合なことがあると人のせいにするタイプだと思う。そんなタイプの人間が一番嫌われたくはない人から注意されたのだ。原因を私と考えて恨むであろうことは想像できる。そんなタイプには何を言っても無駄だ。近づかないのが一番いいのだが、向こうからやって来るのだこういう時はどうしてら良いのだろう? そんな事を思いつつ場を取りつくろう。




 やんわりと私が声をかけたことで、隊長さんはため息をつく。そのため息に二人は肩を震わせた。呆れられたのがわかったのか、それとも更に叱責されるのが嫌だったのか、そこはわからない。だが、ここは私が席を外すのが一番スムーズだ。なんとなくホール内の視線を集めている気がする。当然かもしれない。留学生の私。殿下。国内有力貴族の隊長さんがいるのだ。目立たないはずがない。もう一人はどういう人なのか知らないのでカウントしない。これで私は今日はお友達ができないのは確実だ。何を話しているのかはわからないだろうが、いい雰囲気ではないのはわかるはず。そのうえで私に話しかけられる勇気のある人は少ないだろう。


 まったく、殿下はいつでも私に災厄を持ってくる人だ。迷惑極まりない。ガゼボの時も思ったが本当にこのタイプの人は好きになれない。そう思いながらこの場を立ち去る方法を私は一つしか思いつかなかった。一番使いたくない手段だが、誰にも迷惑をかけず隊長さんを連れ出す手段は一つしかない。


 「隊長さん。相手をしてくれる約束だった気がするのだけど? 違ったかしら?」


 「姫様」


 私の問いかけに意味を悟った隊長さんは複雑な表情になった。情けをかけるのか、と言いたいのか。それとも私がそこまで気を使う必要はないと言いたいのか。それは分からなかったがこの場を立ち去りたい意図は伝わっている。


 「そうでしたね。お約束をしていました」


 「覚えてくれて良かったわ」


 私がほっとした気持ちが出て笑顔になると、つられた隊長さんも苦笑気味の笑顔になる。エスコートの手が差し出されたのでその手に手を乗せる。足を踏み出す前に隊長さんが二人を見て一言。


 「殿下。姫様が今、なぜ、私に付き合えと言われたのかその意味をよくお考えください。参りましょうか? ちょうど曲が変わるようです」


 隊長さんの一言でそのままホールに出る。私はギリギリで殿下に辞去の言葉を述べる。なんとか間に合った形だ。隊長さんは辞去の挨拶さえさせてくれない勢いがあった。かなりのご立腹らしい。




 殿下は隊長さんに言われた意味を考えているのかいないのか。殿下を盗み見ると、あれは考えていないな。悔しそうな顔をしている。隊長さんが私の側に立ったのが悔しのだろう。これで隊長さんを恨まずに私を恨む(予想だけど)ということは情が強い人なのかもしれない。情が深いことは一般的には良いことだけど、殿下の立場では良いことかどうかは判断が難しいところだ。立場的に切り捨てないと行けにこともあるのだ。あの様子ではその判断はできない人だろう。前にも思ったが、この国はあの子が跡取りで大丈夫なのだろうか? 他所様のことだがつい心配になってしまう。


 


 


 

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