第188話
テラスで二人きりになると彼女は私の方に向きなおり、軽く頭を下げてきた。
「申し訳ありません、姫様。どうしてもお詫びを申し上げたくて、この場を設けさせていただきました」
「わたくしに? お詫びを言われるようなことはないはずだけど? あなたとは初対面だわ」
「先程の件です。申し訳なく。わたくしにも責任がありますので」
「もしかして、スピーチのことかしら?」
「はい。本来ならあのスピーチは予定にはありませんでした。打ち合わせのときに殿下が提案されたのですけど。急な話でしたし、予定にないことをするのはマナーに反します。せっかく留学生として来てくださいましたのに、嫌な思いをしていただくわけにはいかないと思いましたし、学園の印象が悪くなるのは得策ではないと反対いたしました。殿下はその場では了承してくださいましたのに。急にあんなことを言い出されてしまって。あの場ではわたくしも妙案が浮かばす。姫様の機転で助けていただく形になってしまい。申し訳なくもあり、ありがたくもあり」
一気に語ると令嬢は唇を噛む。本当に止められなかったことを悔やんでいるようだ。
この様子では殿下の暴走なのだろう。一度は提案を受け入れたのに、その話を反故にするとは殿下は頑固さんのようだ。彼女は自分の責任を感じて謝罪したかったようだ。殿下の暴走を止めることができなかったのは残念だが、彼女の立ち位置でそれ以上何かを言うことはできないはず。そのことを攻めるつもりはない。彼女の話が本当なら、である。
彼女の真摯な謝罪を受けどうするべきか考える。だが、とりあえずは受けておこう。ここで謝罪を突っぱねる理由はなかった。
「わざわざありがとう。その気持で十分だわ。あなたは止めようとしてくれていたのだし。悪いのはあなたではないわ」
「申し訳ございません」
「気にしているのね?」
「はい。せっかく留学していらしたのに、嫌な思いをされたのではないかと」
彼女は私のことを本物の留学生と信じているようだ。まあ、一般の学生にこの留学生は実は人質です、とは言わないから無理もないかもしれない。私は令嬢の反応に納得しつつ慰めの言葉をかけるべきか迷った。が、ここはこのままにすることにした。仮に私が気にしなくても良いと言っても彼女は気にするだろうし、気にしろといえば私はどんな鬼畜なんだ、ということになる。いささか冷たい気もしたが、放置が一番だと結論を出した。
「あなたが気にするのはおかしな話だと思うけど。あなた自身が納得するまで悩むのが一番良いと思うわ。どうすれば良い結果が得られたのか、起こったときにどう対処をすればよかったのか、自分が最良と思える結果が得られるまで考えるのが一番でしょうね」
「失礼いたしました。姫様に謝罪をさせていただきたく、この場にお越しいただきましたのに。私がこの態度ではなんの意味のない事をしてしまいました。申し訳ございません。わたくしの我儘にお付きいいただきましてありがとうございます」
ご令嬢は私に再度の謝罪をする。私は自分の態度を反省していた。突き放ししすぎたようにも思えたのだ。だがここは流石に侯爵令嬢。自分の失態に気がつくことができる。彼女は優秀で物事に真摯な人なのかもしれない。まだ、知り合いとも言えない関係だが真面目さは伝わってきた。
ご令嬢はもう一度私に礼を述べた後、こう言ってくれた。
「姫様。先程の件は真面目な話ですわ」
「先程の話?」
「はい。学園内でなにか問題がありましたらわたくしにお声掛けください。わたくしであれば、ある程度の融通をきかせることができますし、多少の無理もききます」
「ありがとう。相談はさせていただくわ。でも、あなたに無理をさせるような事をお願いするつもりはないわ。心配なさらなくても学園内のルールは守るつもりよ」
「姫様」
ご令嬢は私のコメントに驚いていた。どんな無理を言われると思っていたのだろうか? 自慢ではないが、私は自分の事を常識人だと思っている。ルールを破ったり無理難題を人に頼むつもりはない。そんな事をする人間は人の信頼を失うものだ。私そうこぼすと彼女は綺麗な紫の瞳を大きく見開いて私を見ていた。どうやら私が無理を言う人間だと思っていたようだ。どこ情報だろうか?
「申し訳ありません。姫様のことを勘違いしていたようです。大変、重ね重ね失礼いたしました」
「そんな話や噂が出回っているのかしら? それとも誰かから聞いているの?」
私の問いかけにご令嬢は言葉をつまらせる。この様子だと話の出どころは殿下なのだろうか?そこを追求をするとご令嬢がつらい立場になりそうだ。そこには触れず別な話を聞いてみる。前情報のない学園内のことだ。
「ご令嬢。良かったら今度学園内の事を教えていただけないかしら? 知っていらっしゃると思うけど。わたくし、同性で年齢の近いお友達が少なくて。良ければ学内のことを色々教えていただけると嬉しいわ」
「わたくしでよろしいのですか?」
「ええ。副会長もされているのでしょう? 詳しいでしょうし。お願いできる?」
「わたくしでよろしければ喜んで」
ご令嬢は花の咲いたような笑顔を見せてくれた。目を奪われるような笑顔で、可愛らしかった。そんな笑顔を見ると年相応の笑顔に見える。
うん。美人さんだ。
これだけの美人さんで気遣いのできる人なら、いろいろな意味で人生勝ち組だな。
うん。実に羨ましい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます