第186話

女性陣の囲いを抜けた隊長さんが合流する。警護の立場でありながら、としきりに謝罪をしてきた。私が戻ってきたのに近くに近くにいなかった自分を許せないらしいが、私の予想では隊長さんは結婚した男性ナンバーワンだと思う。そんな人が近くにいたら取りあえず挨拶か、話しかけたいと思うのは女心だ。女性陣が多いこの場所で囲まれることは容易に想像できることだ。私の中では想像の範囲内だったのであまり気にしてはいなかった。だが仕事も大事なのは否定できないので、謝罪だけは受けておいた。その方が隊長さんもスッキリするだろう。次から気を付けるようにお願いしておく。


 そうこうしていると2組目のダンスが終わりこの後は自由に踊って良いそうだ。私がその中に参加する事はないけど、何人かの人たちは嬉しそうにフロアに出て行く。その後ろ姿を眺めながらこの後をどうするか考えていた。この後は自由な空気になり、近くにいた人と話をしたり知人の紹介を受けたりするらしい。そうする事で顔見知りを増やしていくのだそうだ。


 この場合、私の知り合いは現在ここにいる人たちで占められている。となると近くにいる人に声を掛けることになるのだが、意外な事に私から声を掛けていいのだそうだ。身分の上下で下から話しかけることがOKだと話しかけたい人が大勢いる場合、収集が付かなくなるのでそんなルールらしい。例外は以前からの知り合いと、紹介を受けた人だけが例外になるそうだ。


 その辺を加味すると、さっきの隊長さんはあの女性陣全員と知り合いという事になる。かなりの数だけど、女性の知り合いは多い様だ。自分でご婦人たちには好評だと言うだけはある。その事に一人で納得していると、隊長さんから合図があった。その方角を見ると管理番がいた。


 


 私は一気にテンションがあがる。地獄で仏とはこの事だ。管理番の後ろに後光がさして見える。隊長さんと筆頭さん以外に話す人がいなくて寂しかったので嬉しくなった。


 「姫様。管理番とお話されますか?」


 「勿論よ」


 形式上許可を取った形にして管理番を呼んでくれた。管理番もその辺は承知していたのか差し招かれてこちらの方に歩いてくる。その横には赤毛の可愛い女の子が一緒だった。その子は緊張しているのか表情が硬く、唇が少し震えているようにも見える。


 管理番が私の前で膝をつき、少女がその横で礼を取る。正式な挨拶だ。私の身分を考慮しての事だろう。管理番のこの挨拶は始めて会った時以来のような気がする。その対応を当たり前と思っている隊長さんが管理番に楽にするように返答していた。


 


 「この機会にご挨拶できます事光栄と存じます。お言葉に甘え伺いましたのは、わたくしの姪を商会せていただきたく伺いました」


 「姪?」


 私と隊長さんの声が綺麗に重なった。管理番に姪がいることを知らなかった私たちが驚いていると、管理番が苦笑いをする。


 「兄の娘です。本来なら父親である兄が付き添いとなるべきなのですが、本人がどうしても兄は嫌だと言いまして、結果として私が」


 「だって」


 「お父上は残念だったろう」


 言い訳を呟こうとして姪っ子ちゃんの言葉の上にご夫君の感想が重なる。そのまま諭すように姪っ子ちゃんに苦言を呈していた。


 「一般的に父親とは娘が可愛いものだ。お父上は君とこの場に来れることを楽しみにしていただろう。始めての場だ、自分の手で連れて行きたいと思うものだ」


 「はい」


姪っ子ちゃんがシュンと肩を落とす。その様子に私は自分がどう振舞うべきか分からなくなった。私としてはどちらの気持ちもわかる。この年頃は父親と公式な場所に行くのは気恥ずかしいものだ。だが、親としてはご夫君のいう事もわかる。なんとも気まずい空気になる。隊長さんは親の気持ちは分からなにので困っているし、管理番は自分の迂闊な発言で気まずい感じで困っている様だ。困ったときは中間を取ろう。


 「難しいものね」


 私が口を開くと同時に視線が私に集まった。それにウッとなりながら、身を引きたい気持ちを我慢して言葉を続ける。


 「ご夫君。私ぐらいの年齢では、両親と出かけるのは気恥ずかしいものがあったりするわ。でも、親としては子供の事が心配なのも無理はないという事。どちらも悪くはないし、どちらも譲りあいが出来れば理想的ね。今回は親御さんが譲ってくれたのではないかしら? 管理番が叔父として出席してくれるのなら安心できる、そこが最大限の妥協点だったのではないかしら?」


 「そうなのかもしれません。私が付き添いなら、と渋々でした」


 「無理もないわね。娘さんはおひとり?」


 「ええ。一人娘です。他は男子なので」


 管理番の言葉にご夫君が渋面を作る。やはり父親目線なのだろう。私が庇うような発言をしたのでそれ以上は何も言わないが、管理番のお兄さんをお気の毒と思っているのは間違いなさそうだ。これ以上はそこには触れるまい。話題を変えてしまおう。


 「姪っ子さんは今年入学になるのね?」


 「はい。姫様と同学年になります。見知り置いていただけたらと存じます」


 管理番の言葉に改めて姪っ子ちゃんを見る。


 可愛い感じの女の子だ。赤毛で瞳の色は管理番と同じ茶色だ。Aラインの薄い紫のドレスだ。裾を引きずるような長さではないがしっかりと踝まで長さがある。私がドレスを可愛いと眺めていると、管理番から促されたのか姪っ子ちゃんが自己紹介をしてきた。


 「あ、あの初めまして。管理番の姪になりましゅ。姫様とは同じ年で今年入学になります。よろしきお願いいたします」


 うん。いろいろ突っ込みどころ満載の挨拶な上に、いろいろ噛んでいた。このメンツの中に初対面で子供は自分ひとり。緊張もするだろう。そこは追及しないでおこう。筆頭さんと管理番に目線だけで合図をすると頷かれた。まあこの場で注意は気の毒だ。そこには触れず、私も始めてできるであろう友人である事に期待したい。


 姪っ子ちゃんに笑顔を向けながら口を開く。


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