第185話

上座の方に8人の男女が立っている。比率は等分。男性4人・女性4人だ。


 お互いがパートナーなのか交互に立っている。私はほぼ中央に誘導されているので、その人達のほぼ正面にいる感じだ。という事で、私の前には殿下が立っていた。その横には銀髪の綺麗なお姉さんが立っている。殿下の横に入る時点で彼女が侯爵令嬢で間違いないだろう。


 綺麗な人だな、としげしげ眺め。こんなに綺麗で、侯爵家の令嬢なら人生勝ち組だな、とのんきに考えていると上級生の挨拶が始まった。


 挨拶をするのは当然殿下だ。




 「ようこそ。諸君。あと少しで入学だ。君たちもいよいよ学生となる。慣れないうちは学内で困惑する事もあるだろう。その時は我々総会を頼って欲しい。君たちの力になれるよ協力をしていく。ただし、君たち自身で頑張らないといけない事も多くある。その時は協力はするが、できる限り自分の力で頑張って欲しいと思っている。君たちの学生生活が有意義なものになれるように、一緒に協力していこう」


 


 まっとうな挨拶だった。私は殿下の挨拶を聞きながら、意外に真面目な内容で驚いている。私の前では残念な感じだったが、【やればできる子】だったのだろうか。


 私は(鉄壁の)微笑を浮かべながら、皆さんと同じように拍手をしていた。殿下の挨拶だ、拍手もされるだろう。これで終わりと思っていたら、流石は親子。爆弾を投げる趣味は同じらしい。


 拍手が一息ついたとき、殿下からもう一度話があった。私にはありがたくない話だ。




 「諸君。噂では知っていると思うが今年から留学生が入って来る。今日が君たちデビューするのと同じように留学生もデビューとなる。せっかくなので、留学生からも一言、もらいたいと思う」


 殿下のその言葉に周囲がざわついた。今までこんな事はなかったのだろう。私も予定では聞いていない。私の背中をそっとさする隊長さんの手があった。その動きで分かる。私の代わりに何かを言う気なのだろう。牽制か、返り討ちか。どちらかは分からないが、それはこの場では好ましくないと思う。殿下の言い方では私を好意的に(本心は別にして)紹介しようとしている形だ。それを断ればどんなに転んでも良い事にはならないだろう。


 こういう時は社会人として生きてきたスキルが役に立つ。


 社会人であればスピーチを振られなんてごく普通の事だ。




 私は隊長さんに抑えるよう手で合図を送る。その様子に筆頭さん気が付いて頷く。二人は私を見守る体制になった。


 それも確認し、私は半歩前に出て軽い礼をする。これは全員に向けた形式的な礼だ。




 「皆様。始めまして。今回留学生として参りました。異国の地より来ましたので、生活習慣や言葉などすれ違う事が多々あるかと思います。その際は教えて頂けると嬉しく思います。国を出て学ぶ場を得られた事は幸いです。皆様と学びつつ、新しい事を身に着けたいと思っておりますし、新しい交流が出来れば嬉しく思います。皆様と良い学生生活を送りたいと思います」


 簡単なスピーチを行い、今度は略式ではない礼を取る。この違いは分かる人にはわかるだろう。貴族以外の方もいるので、よろしくとは言えない。代わりに正式な礼を取る事でよろしくと挨拶をした形だ。


 私の挨拶が終わると会場から拍手があった。ありがたい。挨拶の意味を分かってもらえたらしい。拍手に応える形で簡単な礼をもう一度取る。これで好意的に迎えてもらえたら嬉しい。留めにニッコリと微笑んでおいた。


 拍手が少し落ち着くと殿下の横にいた美少女(多分侯爵令嬢)が一歩前に出る。


 「丁寧なあいさつをありがとうございます。では皆様、交流を始めましょう。楽しいひと時と良い出会いと良い時間を過ごせますよう」


 彼女の開始の宣言でいよいよ一曲目が始まる。




 私は中央のその場に残り、ご夫君がパートナーとして一曲目が始まる。オーナーダンスは私だ。正式にはオーナーダンスではないのだろうけど、私は他の表現を知らないので仕方がない。


 正式にはなんというのだろうか?


 お門違いな事を思いつつご夫君と向かい合って礼をする。いつもなら2組か3組ほどで行われるらしいのだが、今回は私一人が身分が違うので一組にだったそうだ。なんという嫌がらせなのだろうか。本当は違うのかもしれないけど、私にとっては嫌がらせ以外の何物でもない。




 表面上はにこやかな微笑を浮かべつつ、音楽が始まった。私にとっては長い数分間の始まりだ。








 結論から言おう。ご夫君の足が頑丈で良かった。彼は音楽の間はいつも穏やかな笑みを浮かべ楽しそうに踊ってくれた。そのおかげであの時間を乗り切ることが出来たと言えるだろう。


 最後の礼がおわり、ホールの人が入れ替わる時、彼からお礼を言われた。


 それはそれは嬉しそうに言われたのだ。私がお礼を言わないといけないのに、どうして彼が礼を述べるのか?


 私はそのままご夫君を見上げてそのまま聞くと、諦めていた夢が叶えられたから、と教えてくれた。


 私は意味が分からず視線で先を促すが、ご夫君は首を横に振り、妻が知っているので、とそれ以上は口にはしなかった。本気で意味が分からず筆頭さんに聞くべきかと首を捻っていたら、止められた。


 「妻が自分から口にするときが来ると思うので、その時まで待っていただけたら嬉しいのですが」


 「わかったわ。こんなに協力していただけたのだもの、その時まで待つわ」


 「姫様。無事に終わって安心しましたわ」


 ご夫君の返事を聞く前に心配していたであろう筆頭さんが近くに来てくれた。本気で心配してくれていたのか安心した様子だ。満面の笑みだ。


 筆頭さんがいるのに隊長さんは? と思ったらご婦人の皆様に囲まれていて、それを突破しようと頑張ている様子だった。この様子では私のダンスに注目している人は少ないだろうと、別な意味で隊長さんは私の盾になってくれていたようだ。


 私が見ている事に気が付くと、ややきつい口調で辞去を述べ囲みをすり抜けてきた。




 私とは違う気味で大変そうだ。自然と苦笑いが出てしまっていた。


 人気ものは大変だね。

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