第174話

「姫様。本当に殿下をお断りされるのですか?」 


 管理番の心境からするとありえない選択肢なのかもしれない。陛下からの言いつけだ。それを断るのだから考えもしない事なのだろう。だが、私は気持ちよく過ごせない相手と時間を無駄にする気はない。


 管理番の言葉を肯定するために黙って頷く。それで十分だったのか管理番はそれ以上追及はしてこなかった。どちらかと言えば相手をどうするかで頭を悩ませ始める。




 「姫様の身分から考えれば、違う意味でも私では無理があります。やはり、それなりの方ではないと」


 「でも、私はこの国に知り合いなんていないわ。お願いできる人も限られてくるもの」


 「それは、そうですけど、ここはやはり隊長様にお願いしては?」


 「ええ。それはヤダ」


 「姫様?」


 本人を目の前に、私がキッパリと否定したので管理番が驚いている。そうよね、普通はこんなに否定しながら断らないと思うもの。


 私は申し訳なく思いながらも、隊長さんと言う選択が最初からない事を管理番に説明する。


 「だって、隊長さんは陛下の親戚なのよ? 下手に誤解されるような事をすると後々が面倒だわ。婚約者の方にも申し訳ないがないし」


 「そうですね。陛下の親戚と言う点は大きいですね。殿下をお断りした後ですし」


 「でしょう」


 管理番の同意がもらえたので私は大いに胸を張り頷く。私の横では隊長さんが不満顔だ。


 「姫様。前も言いましたが随分ですね。それと、私には婚約者はいませんよ」


 「そうなの?」


 隊長さんのぶっちゃけに私は驚く。間違いなく、国内の有力貴族ナンバーワンの隊長さんに婚約者がいないとは。どういう事なのだろう? 隊長さんに何か大きな問題があるのだろうか? 私にはそんな事はないが、性格が悪くて有名とか? 女性問題が多すぎて相手に嫌煙されているとか? もしかして、ご両親が意地悪とか?


 私は妄想が膨らんでいく。違う意味で興味が湧いてくる。俗物だし下世話で申し訳ないが、興味津々で隊長さんに理由を聞いてみる。


 「何で婚約者がいないの? 普通なら子供の頃に決まっているものじゃない?」


 「そんなに難しい理由ではありませんよ。殿下のお相手が決まっていないからです」


 「あ、そう言うこと」


 その一言で納得ができた。国内のパワーバランスと他国との関係調整のためだろう。殿下が国内なら隊長さんは国外から。もしくはその逆。どちらかに片寄らないよう調整が必要なのだろう。ある意味、隊長さんはそれだけ有力貴族の跡取りと言うことだ。


 なおさら隊長さんにお願いはできないな。


 私はパートナーの定義から考え直す。要は出席に付き添いができればOKなはず。だったら誰でも良くない?




 「ねぇ、要は出席に付き添ってもらえれば良いんでしょう? 誰でも良くない?」


 「そうですが、バランスと言うものがあります。誰でも良いですが、誰でも良いわけではありませんよ」


 「そうなの?」


 私は管理番の忠告に耳を傾ける。同じ忠告なのに管理番の言葉なら素直に聞けるのが不思議だ。まぁ、私だと誰でも良いわけではないのはわかっている。休む選択肢もないし、のっぴきならない状態だ。私は顔をしかめつつ考える。


 とにかく、どうにもならないけど、殿下のパートナーは断ったことは言わなければならない。陛下に話をすると面倒なので宰相に話をしよう。宰相なら私の味方になってくれるはず。その時にダメ元でも欠席の相談をしよう。後のことはその時の状況で考えよう。


 「隊長さん。どうであれ宰相には話をしないといけないわ。明日のお昼に離宮に招待したい、と伝えてもらえる?」


 「離宮に呼ばれるんですか?」


 「殿下のパートナーを断るのよ。事前に噂が出回ったら面倒だわ。それに陛下へは宰相に話してもらわないといけないもの。その件も頼まないと。だから来てもらいたいの」


 「承知しました」




 「呼び出して悪いわね」


 「ええ。私も暇なわけではないですし。姫様のお相手をすることが仕事では何のですが。今回は耳に挟んでいる事もあるので。散策中に殿下と会われたとか?」


 「知っているなら話が早いわね。そう言うことだから、デビューは休みたいと思っているけど、できるかしら?」


 「流石にそれは」


 翌日のお昼に宰相が離宮に来てくれた。呼び出したことに文句を言われつつも、殿下との話を聞いていたらしい。離宮にはすんなりと足を運んでくれていた。私のサボり発言は華麗にスルーして、どうするのか聞いてきた。聞かれて手詰まりだった私は苦肉の策を思いつく。


 「休むのは無理なようね。他にお願いできる人もいないし、悪いけど、宰相にお願いできないかしら?」


 「私ですか?」


 慌てたのか予想外で驚きすぎたのか宰相が椅子ごと身を引く。この場にはもちろん筆頭さんと隊長さんも同席している。二人とも目を向いていた。私も自分で言っていて驚いているが、今思いついたのだから仕方がない。


 「なぜ私に?」


 「「姫様?」」


 私は3人の驚きに今思いついたことを隠しつつ、当然のように理由を述べる。


 「だってそうでしょう? 殿下とは話が合わない。隊長さんは余計な誤解を招く。管理番は先約があって難しい。商人は身分的にお願いできないんでしょう? 欠席はできないようだし。私の知り合いでお願いできるのは宰相しかいないわ。他に方法がある? あるなら教えてもらいたいわ?」


 私はその場にいる人間を見回す。全員無言だ。


 「私の知り合いは後は陛下しか思いつかないけど、流石にお願いはできないわよ?」


 「姫様」


 宰相は絞り出すように私の名前を呼ぶ。焦り具合が感じられた。


 「お願いする立場だもの無理は言えないわ。でも、お願いできないなら、欠席か、前代未聞だろうけど、一人で出るわ」


 どうする?と答えを迫る。


 宰相は唸りながら答えを決められないようだ。悩んでいた。

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