第175話

焦っていても宰相は自分の立場を忘れていない。


 「姫様、私にも立場と言うものがあります。陛下に断りもなく出席は出来ませんし、殿下の事も報告をしなければなりません。普通の姫君が出席されるだけならこのような運びにはなりませんが、姫様の場合は違います。殿下の事を決定されたのは陛下です。それを断るという事は、殿下は命じられたことを無視する形になりますし、勝手に断った姫様は陛下の好意を無にする形になります。それはどなたにとっても良い結果は生まないでしょう。どうであれ、陛下の意向を確認する方が今後のためにも必要だと思われます」


 「言いたいことは分かるけど、もう時間がないのではないかしら? デビューは4日後よ?」


 「承知しております。この後決済のために、執務室に行く予定ですのでその時に確認いたします。場合によっては姫様にも来ていただくことになるかもしれませんので、ご承知おきください」


 「わかったわ。忙しい思いをさせてしまう事になってしまうけど、お願いするわ」


 「致し方ありません。殿下の件も関わっているので」


 宰相はそういうと席を立った。このまま陛下の所へ行くそうだ。


  


 そう言った宰相は席を立つ。その時に昼食の感想を言ってくれた。振舞われた食事に対して感想を言うのはマナーだが、どんな時でもマナーを忘れていない宰相は気遣いのできる人なのだろう。


 「姫様。御馳走様でした。親子丼とは美味しいのですね。始めて食べました」


 「宰相は忙しいから手早く食べられるものにしたのだけど、気に入ってもらえて嬉しいわ」


 「では、失礼いたします。急なお声掛けをするかもしれませんので、そのおつもりで。よろしくお願いいたします」


 宰相はそのまま離宮を出て行った。お昼時に離宮に来てもらったのだ。昼食を出すのはマナーと思い忙しい宰相には手早く食べられるように親子丼を用意した。胃の痛い思いをする可能性も考えて消化の良いうどんも考えたが麺料理は会話に向かないと思ったのだ。宰相にも好評だったみたいで安心するが、宰相の言葉で自分の立場がよろしくない事に気が付いた。私としては欠席の方向でお願いしたいデビューの話だが、私は面倒な事を言われて嫌な思いをするだけの気持ちだったけど、陛下の側から見ると好意を無にしたことになるんだと、気がつかなかった。国許に迷惑が掛からないと思いたい。変にこじれないと良いけど。陛下の機嫌次第でどうなるか。私だけで終わればいいけど。 自分の迂闊さを反省しつつ、大事にならないように祈っていた時に隊長さんと筆頭さんから謝罪される。


 「申し訳ありません。お側にいながら姫様のお立場に考えが及びませんでした」


 「面目ありません」


 「そうね。私も気が付いていなかったわ。二人とも私の側で物事を考えていてくれた証拠ね。そこはありがたいと思うわ。今後は反対の立場の考え方も必要という事をお互いの教訓にしましょう。失敗したら次は同じ過ちを繰り返さなければいいのよ。二人ともこれからもよろしくお願いするわ」


 今回の件は二人とも私の立場で、私の心境を考慮して対応に当たってくれていたことに改めて気が付いた。筆頭さんはデビューの時に私が困らないように考えてくれていたし、それは隊長さんも同様で、その上パートナー問題やダンスの練習まで付き合ってくれている。全員が一つの問題にあたって取り組んでいたら視野が狭くなっていたのだと思う。この件については今後の課題だ。


 二人の謝罪を受けいれつつ、私自信の教訓にしよう。




 「この話はここまでにしましょう。筆頭、陛下からの呼び出しがあるかもしれないわ、ある程度見苦しくない形で伺いたいわ。用意だけはしておきましょうか」


 「かしこまりました」


 私の切り替えに気が付いたのか筆頭さんはそのまま支度をしてくれることになった。隊長さんはこのまま護衛に付いてくるようだ。心なしか表情がすぐれない。さっきの事を気にしているみたいだ。隣に鬱々とされているのも嫌なので、声を掛けてみる。


 「隊長さん。気にしてる?」


 「まあ、失態ですので。今後は同じ失態は繰り返しません」


 「そうね。誰にでも失敗はあるし、間違えないと成長しないし。逆に早く気が付いて良かったかもよ? 今なら注意で済むもの。他の時なら注意じゃ済まない事もあるし。そう思うと運が良かったと思わない? 要は考え方よ」


 「そうですね。そう思う私は運がいいと思います」


 隊長さんは口元を綻ばせる。気分が浮上したようだ。私の考え方に同意してくれて嬉しくてニコニコとしてしまう。


 「姫様はいつもそんなに前向きなのですか?」


 「そうね。前向きと言うか、私の考え方の一つね。どんな事にも良い事が一つはある、と思っているの。その一つが見つけられたら嬉しくなるし、良かった、って思えるでしょう? さっきの件の良かったは今気が付いて良かった、になるわね」


 「そう仰いますが馬から落馬して怪我をしたら、良かった、とは思えないと思いますが?」


 「そんな事はないは、落馬しても怪我で済んだのでしょう? 命を落とさなくて良かったじゃない? 運の悪い人は亡くなることもあるわ。ね、けがで済んで良かったでしょう」


 私の発言に納得が出来たかは分からないが、隊長さんの気分が入れ替わって良かったと思うことにしよう。私はそう結論を出していると侍女さんがノックをして顔を出す。




 なんと陛下からの呼び出しだそうだ。早い、来るとは思っていたがこんなに早いとは。


 「宰相は優秀ね。こんなに早い呼び出しなんて。着替える暇もないわ」


 「仕方ありません。陛下は待たせる方が問題なので。行きましょうか?」


 「このまま? 流石にあんまりじゃない?」


 私は自分の服装を見下ろす。宰相が来る予定があったからいつもよりはマシな格好をしているが、陛下に面会する服装ではない。本当にこのまま行くのかと隊長さんを見たら、良い笑顔で促された。


 「陛下も時間がありませんので、早い方がよろしいかと。大丈夫ですよ。前回の時ほどではありません」


 またか? またこのまま?


 このまま陛下の所に行くのは決定事項らしい。


 

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