第169話

「姫様。今なんと?」


 私の前の隊長さんは頭が痛いと顔に書いて聞き返してくる。今日も今日とてダンスの練習中だ。




 デビューまで後7日ほど。前日は体調を整えるためにお休み。その前までは練習漬けの日々になるそうだ。中日では一日休養を取るらしい。でないと疲れが取れないからと言われた。スパルタな講師だが、体調の事は考慮してもらえるらしい。そこは助かっている。で、現在は練習中。その練習時間を使って隊長さんに昨日考えてた事を相談してみる。


 殿下に直接会って殿下の希望を聞きたいのだ。殿下からすれば拒否権はないのだろうが(そこは私も同じだが)話し合いぐらいはできると思いたい。 




 話し合いをするには橋渡しをしてくれる人が必要だ。あいにくこの国に知り合いは少ないし、こんな橋渡し役を引き受けてくれる人なんて目の前の人物しかいない。いつも面倒ごとを頼んで申し訳ないが、ここは引き受けてくれたら嬉しいと思っている。自分の都合ばかりで申し訳ないけど。




 「いつも面倒ごとばっかりお願いしてごめんね。でも、一度殿下に直接お会いしたいと思っているの。ご本人の気持ちを聞いておいた方が良いと思うのよ。それに当日いきなり会うのも何となくね。何を話していいのかも分からないし。ダメかな?」


 「ダメではないと思いますが。そんな希望を言われるとは思っていなかったので驚いております」


 「そうよね。私も昨日までは考えつかなったわ」


 「昨日思いついたんですね」


 「そうなの。良い案だと思わない?」


 クルクル回りながらポジティブに提案してみる。実際は違うが前向きな姿勢を示すことで了承を得たいと思っている。隊長さんが頷かなければこの話はなかったことになる。それは困るのだ。


 最悪、断られた時のための切り札は持っているが、なるべくなら使いたくはない、奥の手がないのだ、切り札を切ったら次の一手がない。それは困ってしまうので、このまま頷いて欲しいところだ。




 いつもなら軽く引き受けてくれる隊長さんだが、今日は渋っていた。私と殿下を合わせたくないような感じがある。殿下の中での私の印象は良くないのかもしれない。従兄だという隊長さんはその事も知っているのか、本人から聞いているのか。


 回りくどい事が面倒くさいので、直球勝負で聞いてみた。




 「隊長さん。殿下は私の事を知っているの? 何か悪い噂を聞いているのかしら?」


 「宰相閣下の時は慎重ですが、私の時は遠慮がないですね」


 「隊長さんだもの。私の話は聞いてくれるでしょう? ダメな時は理由を教えてくれるだろうし。慎重に話を進める理由がないわ。時間は無限ではないのよ。有効に使うべきだわ」


 隊長さんはフーと息を吐く。悩ましい顔をしながら本音を零した。


 「これを信頼と取るべきか、姫様の考え方と取るべきか悩ましいところですね」


 「信頼を取ってもらえたら嬉しいわ。他の人には頼めないもの」




 私の発言に隊長さんはもう一度息を吐きだした。そんなに私と殿下を会わせたくない理由があるのだろうか。まさか、デビュー前だから合わせられないと言うならダメだろう。そこも聞いてみよう。隊長さんは渋い顔のままだ。


 そんなにダメなのなら別な方法も考えた方が良いのかもしれない。




 「ごめんなさい。無理を言っているのね。この国の不文律ではダメなのね。不躾だったわ」


 「いえ。難しいのですが、できない事ではありません。仲介が必要なだけでして。それは私が行えば良いだけのですが。お二人の身分的に私でよいのか考えてしまいまして」


 「隊長さんでもダメなの?」


 私はなに言ってんのこの人? 私と殿下の両方を知っている人なんてそんなにいないし、仲介できるのなんて隊長さんしかいないでしょ。もしかして寝ぼけてる?


 私の疑問がまんまと表情に出ていたのか、隊長さんは苦笑いだ。そのまま休憩を促されてしまった。




 お茶が出てきたところで隊長さんからダメ出しが入る。


 「姫様。お忘れなようですが身分的には殿下も姫様も私よりは上です。そのお二人を私一人の独断で、一人の介添えで同時に合わせる事なんてできませんよ。いえ、できなくはありませんが、難しいと言ったところでしょうか」


 「なるほど。そういう理由か。忘れてた」




 そうだった。忘れてた。未婚の男女? だ。介添えなしで会うのは難しいんだった。さすがはお貴族様だ。初対面で会うときはいろいろマナーがあるんだった。これは困った。私の感覚ではちょっと会って、ちょこっと話が聞ければそれで良かったのに。何とかならないだろうか。このままデビューを迎えるのは回避したい。殿下の考えだけでも確認したい。パートナーがいたのか。居たとすればその人はどうしたのか。パートナーになるくらいだ、関係性は私よりも良好だったはずだ。そこを押しのけるのだ、いくら拒否権がなかったとしてもお詫びくらいは言っておきたいのが人情だろう。知り合いの少ないこの国で無駄な敵は増やしたくない、と言う気持ちもある。




 私がウンウンうなっていると、眉を下げた隊長さんが一言。


 「わかりました。姫様のお願いです。何とかしましょう」


 「できるの? 無理はしてほしくないわ。隊長さんにも立場があるし。そこに傷を作ってまでお願いする事ではないと思うし。半分以上は私の気持ちの問題だし」


 「姫様の事ですから。そう思われるでしょうね。そうなれば、この手の問題は私以外では難しいでしょう。何とかしてみましょう。上手くいったら私のお願いを一つ聞いてください」


 私の目の前に指を差し出し悪い顔を作って言ってくる。隊長さんからのお願いなんて何となく予想がつくので頷いておく。仮に予想と違っても私にできない事を言う人ではない。私のできる範囲のお願いなら躊躇う理由はないだろう。 それに私の罪悪感を減らそうとして言ってくれているだろうから、できることしたいと思う。




 「わかったわ。ありがとう。お願いするわ。でも、一つだけ約束して。無理はしない事。隊長さんの立場が悪くなるような事は絶対にしない事。それを破ったら上手くいっても隊長さんのお願いは聞かないからね。約束してくれる?」


 「承知しました。お任せください」


 隊長さんはからりと笑って請け負い、今日の練習は終了だと言ってそのまま部屋を出て行ってしまった。


 自分でお願いしたものの、本当に無理だけはしないで欲しいと思う。


 大丈夫かな。

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