第170話

今日は休養日、練習はお休みだ。その日を待っていたかのように隊長さんから散歩に誘われる。いつもの散歩は離宮内のマッピングだが今日は庭園に出るそうだ。




わざわざ外に出るくらいだ。先日のお願いが絡んでいるのは間違いないだろう。予想がつくので誘われるままに庭園のお散歩についていく。


 しかし、庭園までが遠かった。これは歩くよりも自転車が欲しいレベルだ。途中で歩き疲れた(練習で疲弊しているという理由もある)私を見かねて抱っこを申し出てくれたが、いつまでも子供ではない。もうすぐ学校に通う事だし頑張る事を伝える。




 テクテクと歩いていくと寒い季節なのに花が綺麗に咲いていた。私は園芸には詳しくはないので分からないが、綺麗なので見とれているとその先にあるガゼボに案内された。


 ガゼボは広くフルオープンではなかった。ガラスがあって風が入らないようになっている。私の感覚からすると小さな温室に見えてしまう。中は炭が置いてあり温かかった。


 説明はないがここで殿下と会う事になる様子。室内よりは外の方が外聞は悪くないだろうし、ガラスであれば介添えが一人でも問題はないのだろう。そのためこの庭園に連れてこられたと思われる。




 「隊長さん。ここで殿下に会うの?」


 「いいえ。会う予定はありませんよ」


 「違うの?」


 私はてきっりここで殿下と会うのだと思っていたら違っていたらしい。予想が外れてしまった。


 じゃあここに何しに来たんだろう?


 私が首をひねっていると、気分転換に違う場所もいいのでは? と言われてしまった。


 確かに違う場所でもいいけど、気分転換のためだけにここに私を連れてきたのだろうか?


 疑問は尽きないがそうこうしている間にお茶が運ばれてきた。目の前には隊長さんが座り本当にお茶タイムが始まってしまった。別に嫌ではないし、確かに気分転換になるのでそのままお菓子も楽しむ事にする。一杯目のお茶が飲み終わるころ人の話し声が聞こえてくる。声からして男性の様だ。


 私はそこで合点がいった。目の前の隊長さんを見ると何も言わずにお茶を飲んでいる。


 「そういう事なのね?」


 「何とかしますとお約束をしていましたので」


 私の確認に対して隊長さんはニッコリと笑っていた。




 そうしている間に声は近づいてきた、と思うと嬉しそうな男の子の声(男性ではない)がした。


 「従兄上あにうえ、珍しいですね。こんなことろで合えるなんて嬉しいです」


 嬉しそうな声とともに男の子が隊長さんに飛びつかんばかりに近づいていく。まるで子犬の様だ。だがそれを聞いた瞬間隊長さんの目が冷たく光っていた。私はその様子を観察しながら殿下と思われる男の子と、侍従であろう男性を見る。その更に後ろには護衛であろう近衛騎士さんがいた。


 隊長さんを従兄上あにうえと呼んでいたので、私はその瞬間に立ち上がる。殿下と思われる人物が座っていないのに私が着席しているわけにはいかないのだ。


 隊長さんも同時に立ち上がっていた。そして私と話すときとは別人のような冷たい声で殿下らしい少年に注意をしている。


  「殿下。ここには私だけではありませんが」


  その一言で十分らしい、殿下は肩を落とし私の方を見る。隊長さんに言われて私を認識したらしい。その様子で周囲への観察力がない事を理解した。




 本当にこの子が、あの、陛下の、息子なのだろうか? 


 信じられない思いでマジマジと見つめてしまった。挨拶も済ませていないのにジロジロ見るのは失礼だし、隊長さんが殿下と呼んだので、不敬罪にもなるかもしれない。そこは理解していだがこの観察力のない少年が、陛下の子供とは信じられない思いで注視してしまっていた。


 そうして見ていると男の子が私に堂々と言い放つ。


 「ジロジロみて無礼だな。お前、俺を誰だと思っている?」


 「申し訳ありませんが、紹介もなければ、挨拶もありません。推測だけで挨拶は出来ませんので。どなた様でしょう?」


 間違いなく初対面だ、挨拶もなしにいきなり喧嘩を売られるとさすがに気分が悪い。


 あんまりこんなもの言いは良くないのだが、あまりの不躾さにカチンと来てしまった。


 今まで私の周囲には分別ある大人しかいなかったので、久しぶりにこんな対応されると脊髄反射で大人げない対応をしてしまっている。


 この少年の事を隊長さんが殿下と呼んでいたので、誰かは分かっているのだが正式な紹介がない事を言い訳にしている。私もまだまだ子供だな、と思いつつ理詰めで言い返す。だが、相手も不躾さでは負けていなかったようだ。鼻白んで言い返す。


 「この宮殿にいて俺を知らないなんて世間知らずだな」


 「そうかもしれませんね。世間知らずな私は会える方は限定されるので、その中にはあなた様は入っていないようです。で、どちら様でしょうか?」


 「なんだと」


 語気も荒く私の方へ詰め寄ろうとした。そこへ隊長さんからの待ったがかかる。


 「殿下。お茶を楽しんでいたところへ許可もなく入ってきたのです。先にいた方へ挨拶をするのは当然ではありませんか? それともこの方がいることに気が付いていなかったのですか?」


 「それは」


 隊長さんからの注意に少年の眉が下がる。注意されると思っていなかったのか、視線が動揺で揺れていた。


 殿下が注意されているが、私も間違いなく後から説教コース間違いなしの案件だ。自分でも久々にやらかしたと反省しなければならない。


 綺麗な庭園のガゼボの中で子供が二人、注意されている。外から見るとなかなかシュールな絵面に見えるだろう。


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