第160話

「姫様。何をお考えかはわかりませんが離宮は使用人も厳選しております。入れたいです。はいそうですか。と言う訳には参りません。身辺調査もしておりませんし」


 「ええ、その話は隊長からも筆頭からも聞いているわ。二人からも反対されているわ」


 「そうでしたか。それでしたら、わたくしがお伝えしたいこともご理解いただけるのと思うのですが?」


 宰相は私に柔らかな微笑を見せながら、内容は『分かってるならグズグズ言わずにささっと離宮に帰れ』と言っていた。私はその副音声を聞き流し、滅多に使わない扇子を広げる。


 私は普段はこんなものを持ち歩かない、準備を言いつけられた筆頭さんは驚いていたほど持ち歩かない一品だ。その使わない扇子を広げ目元に当てる。私は表情を取り繕うのが上手ではないので小道具を使う。




 「分かっているわ。宰相。貴方としては自分の知らない人間を離宮に入れたくない。どんな人間か分からないし、誰の縁故かも分からない。危険因子でしかありませんからね。それでも私は必要だと考えているわ。本来なら貴方の許可は必要としないはず。それでも形を作るためにあなたに話をしているだけよ。わかるわね?」


 決定事項だと言外に匂わせる。不愉快な話にも宰相は柔らかい笑顔を崩さない。


 羨ましい鉄のメンタル。私にはできない。何を考えているんだろう。扇子の下でじれったさに歯噛みをしたい私には想像もできない。だが、ここで負けるわけにはいかない。私のミッションはなにも完遂されていはいないのだ。


 軽く扇子を動かし風を自分に送る。小細工が苦手な私は頭に血が上りやすいので、頭が茹で上がらないように冷やす作業が必要だ。


 「決定事項とは、また。ご自分のお立場をお忘れですか?」


 少し鼻で笑われたような気がする。怒りの副音声も聞こえる。『人質が調子に乗るとはおこがましい』これは私にもわかりやすい。言っている事は分かる。私も普段ならこんな事はしない。大人しくしているし、問題ないように順当な手順を踏む。揉め事は避けて通りたい主義だ。自分の立場もあるし。だが、国本に何かあっては困るのだ。だがここからが本番だ。立場の話をしてもらえたので話がスムーズに出来そうだ。私は姿勢を変えてゆったりと座る。姿勢を崩すことなく雰囲気だけ落ち着いて見せる。


 そして私は唐突に話題の転換を図る。




 「ええ。分かっているわ。宰相。そう言えば今、宮殿内では私の噂話があるみたいね」


 「ええ。ご存知ですか?」


 「詳しくはないけど、私と貴方には好ましくない内容だと耳にしているわ。貴方の意見はどうかしら? 私と同じだと思っているのだけど?」


 「姫様に取っては好ましくない噂ですか?」


 「ええ。好ましくないわ。噂だけしか耳にはしていないけど。貴方も同じだと考えていたけど? 違ったかしら?」


 「そうですか。好ましくない噂ですか」


 「ええ。何度でも言うわ。好ましくないと考えているわ。誰にとってもメリットのない噂よ。そうは思わない?」


 宰相が口を噤んで私を見る。気持ち程度だが口角があがって見えた。それと認めると同時に私も扇子をパチンと閉じて宰相を見つめ返した。




 「宰相。私は宮殿内の噂話は好ましくないの。その上で見習いを離宮に入れると決めたわ。貴方が


反対しても。私の決定事項として入れます。意味が分かるかしら?」


 しっかりと見据え、もう一度宰相に同じ話を繰り返す。宰相も柔らかい笑顔のままだが喜色の色が見える。


 私のサインに気が付いてもらえたようだ。良かった。


 「ええ。姫様。よくわかりました。姫様のご意思は固いようです。私が反対してもそうされるのなら私にはどうする事もできません。姫様の身分には勝てませんので。御命令に従うだけです」


 「ありがとう。理解してもらえて嬉しいわ」


 相互理解が出来たようなので嬉しさが出てしまった。ニッコリと宰相を見てしまう。その宰相は噴き出していた。


 「姫様。それでは台無しですよ」


 「仕方がないわ。私には苦手な分野だもの」


 宰相の軽口につい普段の話し方に戻っていた。唇が不満で尖ってしまうのは許してほしい。やはり腹芸は限界があるようだ。ここまで頑張ったのでもういいだろう。宰相も理解できたようだし。私のミッションは完遂だ。


 宰相に身分を振りかざし自分の我を押し通した我儘な姫。ろくでもないと姫だと、噂が立つ事だろう。貴族の間でよくない噂がたてば私の話など一気に地に落ちる。見習い君も無事に離宮に迎え入れられそうだし。始めは大変だろうがそこは頑張ってもらうしかない。


 「姫様。入れるのは決定事項で構いませんが、数日は時間を頂きます。身辺調査は欠かせませんので。安全は別問題です」


 「構わないわ。私の決定事項の上で安全調査をして問題があった。だから安全上許可が出来ない、と言うのであればどうしようもないわ。あ、でも、一度クレームはいれさせてもらうわよ?」


 「姫様。承知いたしましたが、それは口にしてはいけませんよ?」


 「ダメなの? もういいと思ったんだけど?」


 「姫様。壁に耳ありと申します」


 「そうね、気を付けるわ」


 私は迂闊な発言に注意する事を約束していた。


 いい感じで話が進んだのに最後はなんとも残念な感じになってしまった。




 ミッション完遂で良しとしよう。私は自分で自分を慰めた。


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