第161話

 私は自分の大きな目標を終了することが出来たので、ご機嫌で離宮のキッチンに立っていた。執務室からの帰り道、筆頭さんが無表情ながら何か言いたげな様子が見られたいたが、気が付かない振りをする。ここで私から話を振ると災厄が降ってきそうなので自分から地雷を踏むような真似は私はしない。隊長さんからも感じていいたがそれもスルーした。




 そして私の今日の夕食は楽しみしていたコロッケだ。宰相とのミッションも無事に終え、食べたかったコロッケを食べるのだ。ご機嫌になろうというもの。


 私は鼻歌を歌う勢いでコロッケがメインの夕食の準備をする。ルンルンな私の様子を見ていた隊長さんは我慢が出来なかったのか私に爆弾を投げてきた。




 「姫様。なぜ宰相閣下にあのような事を?」


 「さっきの話?」


 私は付け合わせのサラダを用意しながら問い返していた。私は大満足の内容でも隊長さんとしては宰相との取引は納得いかないものなのだろう。終わった話を蒸し返されるのは、気分のいい話ではないが、これからの事を考えるとある程度、私の考えも理解してもらはないといけないのかもしれない。


 私はサラダを作っている手を止めて隊長さんの方へ向き直る。




 「私が宰相と取引をしたことが納得いかないの? それとも取引内容に不服があるの?」


 「私が不服を唱える立場ではありませんが、どちらかと言えば内容が納得できない、と言うところでしょうか?」


 隊長さんの話しぶりに不服申し立てと感じた私は、これを片付けないと気持ちよく夕食を食べられない事を理解した。取り敢えずは私の考えを話してみよう。文句があるならその後に聞こう。あの内容で理解してもらえると思っていたが、やはり人は話さないと理解しあえないものだと再認識する。


 「隊長さん。私が殿下の婚約者候補になりたくないと言っていたでしょう? 覚えてる?」


 「ええ。もちろんです。今年一年の目標にされていましたね」


 「そうよ。そのためには宰相に私が候補に相応しくない、と理解してもらうのが一番早いわ。この話を持ち出したのは陛下だし。それを思うと宰相には私の味方になってもらいたかったの。殿下の候補に相応しくないと宰相が周囲に話してくれれば、話してくれなかったとしても周囲がそう思うように誘導してくれれば、後は周りが勝手に思ってくれるわ。周囲の貴族たちも私が皇太子妃になるのは相応しくないって理解してくれる、そもそも望んでいないでしょう。さすがの陛下も貴族の反対が多ければ強引に話を進めるのは無理があるでしょう? だから、あの話になったのよ。分かってくれた?」


 「ええ、姫様が本気で候補から外れたいという気持ちがよくわかりました」


 「分かってくれてよかったわ」




 私は隊長さんにニッコリと笑いかけると夕食の準備を再開するが、隊長さんは動かず私の動きを見守っていた。まだ何か言いたい様だ。サラダの盛り付けをしながら首を傾げて見せると、苦笑しながら、もう一つ心配な事があると言い出した。視線で続きを促す。私の手は揚げ油の準備に入っていた。




 「姫様の話しぶりでは離宮の事はすべて自分の采配で、という事になります。閣下と今後話の相違が出ないと良いのですが」


 「なんの話?」


 隊長さんの話が理解できない私は本気で首を傾げた。


 そんな話をしたっけ?


 「してましたよ。離宮の事では閣下の許可は必要ない。形を作るために話しているだけ、って言われていましたが?」


 「ああ、あの話ね。はいはい。思い出した。そう言えば言ったかも」


 「姫様」


 隊長さんは私の軽い話し方にがっくりと肩を落とす。この様子だと隊長さんはあの話を心配してくれていたようだ。だが、隊長さんが心配するような事は何もないのだ。この話をした後に宰相はしっかりと決定権は自分にあると否定してくれていたのだから。隊長さんがその事に気が付いていない事の方にビックリだ。


 「あの後に宰相は決定権は自分にあるからねって、言っていたけど聞いていなかった?」


 「そんな話をされていましたか?」


 「したでしょう? 私が決定しても許可を出せないからねって、覚えてない?安全を確認する。安全でなければ許可は出来ないって、話をしたでしょう? 最終的には私が決めますって事よ。宣言してたじゃない? あの時に。聞いていたでしょう?」


 「最後の話はそうなるんですか」


 隊長さんは本気で気が付いていなかったのか、呟いていた。私はそれに追い打ちをかけることなく、そうなるんです、と心の中で呟いていた。これでこの話は決着だろうか。




 ホッとすると揚げ油は温まったようだ。厨房から運んできたコロッケを油の中に泳がせる。それと同時に隊長さんに筆頭さんにもこの話を流してもらうようにお願いした。話してくれるとは思うけど、自分の思い込みで齟齬が出ることの方が心配になった。隊長さんも快く了承してくれたのでお願いしよう。


 そうこうしているうちにコロッケは順調に揚がって行く。キッチンの中かに香ばしい匂いが漂う。食欲を掻き立てられる匂いだ。ちなみにコロッケは私一人分ではない。目の前にいるシェパードにも食べてもらおうと思っている。厨房から我慢していただろうから、最後に食べる権利ぐらいはあるだろう。一応希望は確認はするけど。


 いらないなんて言うはずもなかった。私は知っている。シャパードは厨房にいるときからコロッケを狙っていたのだ。




 「隊長さんもコロッケ食べる? 揚げたては美味しいよ」


 「勿論です。いただきます。ずっと気になっていたんです。美味しそうですよね」


 食い気味の返事が来た。多めにもらってきて正解だ。今夜のメニューは簡素化している。私にとってのコロッケは完全食だと思っているので、コロッケ、サラダ、スープだけだ。夜に食べ過ぎると明日が怖いので軽く済ませることにしている。成長期だから心配ないとは思うが用心に越したことは無いと思っているのだ。




 二人分の食事の用意をしていると、当然のように隊長さんも手伝ってくれるようになっていた。食事会の時は普通に手伝ってくれるから習慣になってっきているみたい。良い事だ。




 「いつも思いますが美味しいですね。姫様」


 「当然と言えば当然ね。今日は厨房が作ってくれたものだもの。さすがはプロよね。簡単な説明であっり作ってちゃうんだから」


 私はプロの技に感心しつつコロッケに舌鼓を打つ。




 当然と言えば当然だがコロッケは一つも残らなかった。


 余ったら明日コロケッケサンドを作ろうと思っていたが無理だった。我慢した後の食事は美味しいらしい。美味しいと言いながら食べられると少し残してとは言えない私がいた。


 ある意味予想を外さない。




 明日からはデビューに向けて練習あるのみ。


 学校に通うようになれば少しは生活も落ち着くはず。




 落ち着くと信じたい。


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