第151話

私は今回の件が始まった時から決めていた、その決着方法で場を収めることにする。


「では、まずはあなたから」


今回の発端になった子に話しかける。その子は引き締まった表情になっていた。自分で責任を取る覚悟があるようだ。


その覚悟を感じる表情に私は頷いて見せる。


「あなたには厨房を辞めてもらいます」


「はい」


納得できるのか、さしたる反発もなく唇を引き絞り頷いている。後ろの調理人たちはざわついていた。想定内か想定外か外野はひそひそ話している様だ。しかし、私の発言に慌てたのは料理長だ。


「姫様。そいつはまだ若いんです。まだ先があるんです」


「料理長。口を挟む許可は出していないが? この程度で済んでありがたいだろう? 本来ならこの程度では済まないぞ。わかっているだろう?」


隊長さんに諫められ、俯く。自分の立場と今回の件を思い出したようだ。しかし、ここで終わらせるつもりはない。


料理長は無視して見習い君だけに話しかける。


「これで終わりではないわ。あなたはいくつなのかしら」


「はい。15歳です」


「入ったばかり?」


「はい。見習いです」


「料理長が好きなのね? 憧れてるのかしら?」


「はい。自分をここに入れてくれたのは料理長です」


見習い君の言葉に料理長への尊敬を感じた。こんな下の子からも慕われるのなら、料理長は真面目で誠実なところがあるのだろう。


「では、あなたへのもう一つの罰よ。これがしっかりできれば今回の事は不問にします」


不問にする。その発言を聞いてざわついていた厨房内が静まり返った。私の言葉を聞き逃さないようにしている様だ。


「もう一つは、私の離宮で下働きをしてもらいます。主に私のキッチンの管理と下ごしらえを手伝ってもらうわ。良いわね?」


全員の視線が私に集まるのを感じた。驚いているのだろう。誰からも突っ込みがない。それを良い事に料理長にも罰発言をする。


「料理長、あなたにも罰があります」


「はい」


呆然としながら料理長が頷く。見習い君への罰の内容が意外過ぎて現実に帰ってきていないようだ。


「いえ、これは連帯責任なので、厨房の全員とします。明日は全員で私の好きな料理を作ってもらいます。加えて料理長はそのメニューを完全に覚える事。それが罰です。いいわね?」


「え?」


副料理長を始め全員がキョトンとして私を見る。これには筆頭さんも含まれる。しれッとしているのは隊長さんぐらいかもしれない。


「いいわね? 返事は?」


「姫様。それが罰ですか?」


「そうよ」


副料理長が確認する。静まり返っていた厨房内が再びざわつき始める。ひそひそ話が聞こえてくる。それでいいのか?嘘だろ。みたいな感じだ。




仕事を辞めるとか、極刑になるとか投獄されるとかいろいろ考えていたのだろう。それが予想外すぎて考えが追い付かないのかもしれない。


「問題があるかしら?」


「いいえ。務めさせていただきます」


副料理長が返事をする。厨房内を見回すと、思っていたよりも軽くすんでホッとしているのと、戸惑っている人と反応が分かれている様だ。


私はその様子を見ながら見習い君に話しかける。




「あなたが一番つらいでしょうね。料理長の指導も受けられず、仲間とも違う部署になる。教え合う同期もいない。その上、この国の料理の中央から離れる事にもなる。でも、それがあなたのしたことに対する罰よ。これを問題なく終わらせることが出来れば、今回の事は不問にできる。最後までかんばれるかしら?」


「はい。しっかり務めさせていただきます」


「料理長、期間は決めていないけど、終わればこちらに戻ることは問題ないわね?」


「はい。姫様の判断にお任せ致します」


「分かっているわね料理長。この子が戻って来るまであなたも辞めることは出来ないのよ。最後まで見届けるのがあなたの役目だわ」


「はい。最後まで責任を持ちます」


料理長もしっかり頷いてくれた。見習い君はキリッとした顔になっている。今回の過ちで一つ成長できたようだ。これが続くのか元に戻るのかはこの子次第だろう。


厨房の空気も穏やかになっている。その事に私も肩の力を抜く。これで今回の件は終わりだ。後は陛下からのミッションを終わらせれば全てが終わる。それを思えば明日で終了だろう。上手く全部が収まりそうだ。




時刻は昼過ぎ、料理人の皆さんは今から昼食に入るはずだ。その前にとんだ騒動で食事の準備は今からだろう。この騒ぎで用意はまだなはず。下手をしたら食べられない人も出てくるかもしれない。


そこを心配していた私は対策をしている。少しだが摘まめるものを用意していたのだ。




「料理長。今から食事の時間だろうけど、次の用意も考えると急ぐ人もいるだろうから、これを足しにしてくれる」


私は筆頭さんに合図をして多めに用意しておいたパンと大きめのクッキーを渡す。パンは私の自信作だ。今まで研究をして改良したものになる。こちらのパンよりも美味しいと自負しているものだ。


少しでもお腹の足しにしてほしい。


「口に合わないかも知れないけど、お腹がすくと辛いから」


「ありがとうございます」


「明日の時間も今ぐらいの予定だけど、問題は?」


「ありません。お待ちしています」


「わかったわ。では」


料理長も少しは安心したのだろう表情が穏やかになっている。


私は今日の予定をクリアしたので離宮に戻ることにした。




あ~、あ~、隊長さんと筆頭さんのお説教が待ってるだろうな。


厨房は丸く収まったけど、私の試練は今からだ。

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