第150話

私は内心焦っていた。


調理をした人間が名乗り出てくると思ったら意外にも出てこなかった。料理長が職を辞するという形で収まりそうだ。形式上は平然としつつ内心は冷汗ダラダラだ。料理長と副料理長は言い訳もせず私の前で床を見つめたまま。この状態では私が悪者だ。




厨房側から見たら、いきなり乗り込んできた異国の姫が、自分たちの料理長をいじめている以外の何物にも見えないだろう。自分でも思っていない立場になってしまった。私はこの場の治め方を考えていた。計算とは違い予想外の方向性なので困っていたのだ。隊長さんも筆頭さんも私を見守る姿勢なので手助けは期待できない。


喋れることが無いので沈黙していたら、料理長は私が怒り心頭と思っているのか稲穂のように首を垂れる。仕方がない、もう少し脅して犯人に自首してもらおう。そう決断すると私は口を開く。


「では、料理長。今回の件の」


「待ってください。自分です。自分なんです」


泣きながら私の前に男の子が出てきた。男性、というよりは男の子という表現が相応しいと思う。その子をまじまじと眺めながら、密かに息をつく。


良かった。名乗り出てきた。


今まで出てこなかったから、怖くて出てこれなくなったかのかと心配になっていたのだ。




「あなたがしたことなの?」


「はい。そうです。自分が作って入れ替えていました」


男の子は震えながら私を見据えて話す。本来なら私を見ているのは問題行動なのだけど、その事は知らないようだ。隣にいた副料理長が何かを言いながら慌てて頭を押さえつけている。それには逆らわずにいた。


その様子を眺めていると料理長がその子をかばう様に言い募る。


「厨房から提供される料理はすべて私の責任です」


「それはそうだな。知らなかったでは済まされない」


隊長さんが追い詰めるように正論を吐く。筆頭さんも頷いている。




確かにその発言は間違っていない。上に立つものは下の責任を持たなければならない。間違いのないように監督する責任があるのだ。その事は私も同意見だ。今回の陛下の件があったとしても間違いは正さなければならない。


私は男の子の前に移動してその子に理由を確認をする。


「どうしてこんな事を?」


「じ、自分は」


「黙ってろ。厨房の事は俺の責任だ」


料理長の低い声が重々しく響く。その子は慌てて口を噤み黙り込んでもう一度俯いた。


「料理長、私はこの子に聞いているわ。返事をするのはあなたの役目ではない。理由は?」


もう一度返事を促す。料理長をチラチラと盗み見る。黙っていろと言われたせいか話しにくい様だ。仕方がないので、少し話しやすいように仕向ける。


「あなたが本当の事を話さないと、料理長は職を辞するだけで済むかしら?ねえ、どう思う?」


「そうですね。事は外交問題になりかねませんね。前回の事もありますし」


私の誘導に乗ってくれたのは隊長さんだ。それを聞いた子は息を詰め、慌てて話し出す。


「じ、自分は聞いてて」


「何を?」


「姫様が厨房に来るって。それで」


「私に来てほしくなくてあんな事をしたの?」


その子は大粒の涙をポロポロと零しながら頷いた。


「こんな事になるなんて思ってなくて。ごめんなさい」


ふう、と私は小さく息を吐く。周囲に聞こえないように注意が必要だ。隊長さんは呆れていた。こんなことをしでかした理由が思いもよらない事だったからだろう。


何せ小さな嫉妬だ。料理長の邪魔をするであろう私が許せなかったのだろう。嫌がらせをすれば私が厨房に来ないと考えたようだ。


私としては予想の範囲内だ。むしろ想定内?料理長は顔を青くしている。大人組はどんな大層な理由を考えていたのだろうか?


毒殺の可能性とか、私に対する貴族の嫌がらせで誰かに強要されていたとか、そんな事を考えていたのか。まあ、今の私の立場ならありえない事ではない。


でも、この子くらいの方が理由としては普通だと思う。




「申し訳ありません。監督が不十分でした。私の責任ですので。こいつは」


料理長はその子を庇っている。目をかけていた子なのかもしれない。副料理長はすいません、をひたすら繰り返していた。こんな時はすいませんは、使っちゃいけないんだけど、と思いながら三人を見る。




なかなかのカオス状態だ。料理長は自分の責任ですと言い、副料理長は顔を白くしてひたすら謝って、見習い君は顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。他の料理人たちは遠巻きに私たちを見ていた。


この場を修正することが出来るのは私だけだ。長引かせるのは得策ではないだろう。早々に決着をつけるつもりだ。男の子を見つめ脅しも兼ねて大げさに話を持ち掛ける。


「わかったわ。とりあえず。あなたには罰が必要だわ。こんな事をしたんだもの。覚悟はあるわね?」


「はい」


グシグシと泣いていたその子は袖で涙を拭う。自分で責任を取る覚悟はあるようだ。


「待ってください。自分の責任なので」


「料理長」


副料理長が発言を遮り袖を引いている。料理長を庇いたい様だ。その様子を見ると料理長は皆から慕われているのだろう。こんな人を辞めさせたら私への風当たりはひどい事になりそうだ。


「あなたの責任も勿論あるわ。でも、本人にも責任は取ってもらわないといけないでしょう?」


「そんな」


「待ってください。悪いのは自分なんです。料理長は何も知らないんです」


「そうでしょうね。でも責任者は知らないではいけないのよ。知らなくても下のしたことは上の責任になるの。覚えておきなさい。知らないでは済まないのよ」


私は男の子に微笑みかける。


その子は青かった顔が白くなった。

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