第152話

離宮への帰り道。隊長さんから声を掛けられる。ここから質問に見せかけたお説教?タイムだ。




「姫様。どうしてあんな事を?」




「あんな事って?」




「見習いを姫様の所で使う事です」




「おかしい?さっきも言ったけどあの子にはつらい事だと思うけど? 仲間たちと離れることになるしね。周囲は知らない人ばかりでいたたまれないと思うわ」




「確かに始めはそうでしょう。しかし慣れていけば離宮での生活は悪い事ではありません。厨房で仕事をするより条件そのものは良くなるのですよ? もう一つ、離宮で働くのは宰相閣下の許可が必要です。離宮で働くという事は、宰相閣下の信用を得られたという事になります。実態は違っても周囲はそうは思いません。誤解を招きます」




「そう」




私は隊長さんの話を聞いて少し早まったかもしれないと思い始めていた。しかし、あの状況では他の解決方法を思いつくことが出来なかったし、正確に言うと他の方法を考えていなかったとも言う。




もう一つの理由はある。見習い君はまだ子供だ。成人にも達していない。そんな子供が大きな罰を受ければ料理長の言う通り、あの子の未来はなくなるだろう。自業自得と言われればそれまでだが、私はあの子の未来をつぶしたいとは思わなかった。チャンスをあげたかったのだ。甘いとは思う。しかし、子供の小さな嫉妬で、この先の長い人生を無くしてしまうのは気の毒だと思ったのだ。あの子が大人なら対処も変わっただろうが、あんな小さな子供では。チャンスを作ってあげるのは大人の役割ではないだろうか?




私は正直に胸の内を吐露する。隊長さんは呆れていた。




「姫様の役割ですか?いつもは子供だと主張されていますが?」




「別に私が大人だというわけではないわ。チャンスを上げるのは大事だという話よ。たとえ話」




痛いところを突かれた私は、誤魔化すように半眼になりつつ隊長さんを見上げる。小さなため息を吐いた隊長さんは諦めてくれたようだ。これからどうするのですか?と聞いてきた。




「どうもしないわよ。これまでと変わらないわ」




「離宮で働く人間は宰相閣下の許可が必要と、申し上げましたが?」




「離宮の配属よ? 私が決めてもダメなの? それに見習い君は厨房にいたから身元は分かっていると思うけど? それでも?」




「姫様」




今度は筆頭だ。呆れたようなため息が混ざっていたが、そこは知らない振りをして筆頭さんを見上げる。話の続きを促すと事情を説明してくれるようだ。




「姫様。お忘れではないと思いますが姫様は異国の方です。離宮の配属と言っても多少問題があります。もう一つは離宮内は問題が無いように宰相閣下が内部の者を厳選しております。危険性が無いようにとの配慮からです。言い換えれば、離宮内の者は宰相閣下が陛下に対する忠誠が厚いと思うものを選んでいるのです。ご理解いただけるでしょうか?」




「なるほど。よくわかったわ」




離宮に勤めるものは宰相閣下の息がかかった人物ばかりで、陛下の嫁発言から私に危害が加えられないように気を配ってくれていて。ついでに私が何かをやらかしたときはそれを理由に嫁候補から外したい、と考えているのがよくわかった。以前からその傾向があるんだろうと、想像していたけど間違いない事が確認出来て良かった。




私はウンウン頷きながら。筆頭さんの話を聞いている。




どうするか考えていたが、ハタッと気が付いた。




あれ? これチャンスじゃない? 宰相の許可を得ないで使用人を増やしたわけだし、宰相の息がかかっていない人間を増やすのは宰相からしたら気分のいいものじゃない。しかも隊長さんからダメ出しされたのを強引に引き入れれば、話の分からない人間ってなるよね? これが成人した侍女とか侍従なら反逆を疑われるけど、厨房の見習いで料理長が入れた人間ならその可能性も少ないし。宰相からしたらやらかした部類に入るはず。




これって大きなチャンスだ。そんなつもりはなかったけど、殿下の嫁にはふさわしくない、って流れになる気がする。いいかも。




私は大きなチャンスに気がつくと、足を止めて二人を見る。




「二人とも。心配してくれているのは分かったわ。でも、私は予定を変える気はありません。あの子は離宮に勤めてもらいます」




「姫様。今、お話しをさせていただいたと思いますが?」




筆頭さんの冷たい声がする。周囲の温度が下がった気がした。寒い。




だが、負けるわけにはいかない。今気が付いたが私のスローライフがかかっている。何が何でも嫁候補から外れたいのだ。




お腹にグッと力を入れて筆頭さんを見上げる。




「今も話たと思うけど。小さな嫉妬であの子のこの先長い人生を不意にするのはあんまりだわ」




「姫様。王宮に勤める以上は理由は関係ありません。子供や見習いと言っても、自分のしたことには責任を取らなければならないのです」




「その意見については否定はしないわ。でも、下の責任は上も取らなくちゃいけないわね?この場合は料理長かしら?料理長にも責任を取れと?」




「宰相閣下がその判断をされます。閣下が必要と言われるのなら。必要でしょう」




「筆頭。上に判断を委ねるのも大事な事ではあるけど、少しは自分で考えるのも大事な事ではない? その場合の影響は考えないの?」




筆頭さんに自分で考えるように促すが彼女は顔色一つ変えなかった。




「それは私の判断する事ではありません。指示された役目を問題なく務めることが私の役目ですので」




さすが宰相閣下の部下だ。いろんな意味で職務に忠実だし、頑固だわ。




私はそれ以上の説得は諦め、歩き出す。何せ離宮までの道のりは長いのだ。この長い道のりを歩けば疲れようというもの、ついでに厨房の料理も冷めるはずだ。




違う事に意識を向けて考えを整理する事にした。




どこから説得していくか。悩みどころだわ。なんでこんな問題ばっかり起きるんだろう。


やっぱり陛下が悪いわ、全部。これが終わったらのんびりしてやる。絶対に。




心に誓いながら歩き続ける。

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