第123話
「姫様、どうして」
泣きそうな顔になっているのは管理番だ。隣の商人はちょっと顔が強張っているが、まだ自制心が働いているらしい。
管理番のどうして、にはいろいろな意味が込められているのだろう。泣きそうな管理番を見ながら、追い打ちは良くないな、と思い管理番を慰める。
「ごめんなさいね、ここに来るのに案内があった方が良いと思ったのよ」
「そうなんでしょうけど。分かってはいるんですが」
自分に気を使っての対応にクレームは良くない、と思ったのか管理番は口籠る。
三人組は私のLDKにいる。因みにこの三人組、離宮の始めてのお客様だ(ダンスの講師は先生なのでカウントしません)
慰めになるかはわからないが、そこを強調してみる。
「あなた達が初めてのお客様なの、前とは違うでしょう?反応が分からなかったから、隊長さんに迎えをお願いしたんだけど。嫌だった?」
「いえ、お気遣いありがとうございます。姫様が離宮に入られたのは聞いてはいましたが、自分で来るとなると、なかなか」
管理番の反応から、やはり来るのには尻込みしたらしい。無理もない、王宮の官吏とはいえ、個別の離宮に来るのは、王宮を歩くのとは別物なのだろう。今にも床に膝を着きそうな管理番を慰めつつ、商人にも声をかける。
「商人も来てくれてありがとう」
「いえ、私も声を掛けて頂いて嬉しく思っております。噂の離宮に入れて光栄です」
「噂の離宮?」
「おや、姫様はご存知ありませんか?」
「ええ、知らないわ。幽霊が出るとか?」
私は商人の後ろに立っている隊長さんを見る。こんな時は隊長さんだ。彼なら確実に知っているだろう。ジッと見て先を促す。私の視線に負けてくれたのか口を開いてくれた。
「この離宮は陛下のお声かがりで作られた離宮なんですよ」
質問の答えになっていて、答えになっていない返答に私は眉を潜めた。陛下が言い出して作った離宮が噂になるのだろうか?
いや、離宮の建造って噂になると思うけど、商人の言い方はその話とは違う気がする。
「それだけ?他には何があるの?」
「聞きたいですか?」
「聞かなくて済むなら聞きたくないけど、なんとなく嫌な予感がするし、聞いといた方が良い気がする」
「そうかもしれませんね。先日の話にも繋がりますが、この離宮は妃殿下のために作られた離宮なんです」
「どういう事?」
その話を聞いた瞬間に私は頭痛がするのを感じだ。嫌な予感がする。
確か妃殿下は亡くなられた、と聞いたことがあったけど。隊長さんの後を管理番が引き継ぐ。
「陛下が妃殿下のために作られたのですが、妃殿下は建設前に亡くなられたそうです」
「つまり、使われてはいないけど、この離宮は妃殿下のために陛下が作られた、という事?」
「ええ、そうです。とは言っても妃殿下には内密にしていましたので、作られている事すらご存知なかったはずですが。建設が始まる前に亡くなられましたし」
「亡くなられたのにそのまま建設したの?」
「下準備は終わっていたので中止には出来なかったようです。陛下が誰かが使う事があるだろう、とそのまま建設されました。まぁ、陛下の私財ですから使わなくても問題ありませんしね」
「この前の話に繋がることがよくわかったわ」
私はこめかみを揉みつつ、隊長さんの話をもう一度思い出していた。
あの話に追加して、陛下が妃殿下へのサプライズのために作った離宮。それを今までは使わず、私用に改装して使う許可を出した。なるほど、殿下の婚約者候補筆頭、と言われるはずだわ。納得した。これはかなり面倒な事になる。
私はこの間の隊長さんの話と繋ぎ合わせ、考えたくない現実と、向かい合わないといけない事に目眩がした。そして現状の再確認が出来た今、現実逃避は諦めた方が良さそうだ。
「隊長さん。この国の貴族の人達はなにか言っている?」
「そうですね。一言で纏めると、いろいろ、ですかね」
私はいろいろに隠されたものを感じた。そして、自分の立場の面倒くささに舌打ちが漏れそうになる。
行儀が悪いので我慢するが苛々は隠せない。
こうなると私はこの国の貴族にも外国勢にも注目される立場になるだろう。注意しろ、と言われるはずだ。
どうしようか?10歳の目標を定めたがあの目標で大丈夫だろうか?
自分の認識の甘さを今更ながらに自覚がした私は、考え込んでしまう。
「姫様?」
管理番が黙り込む私を心配して声をかけてくれた。なにかあると心配して声をかけてくれるのは管理番だ。
私はその声で現実に立ち戻る。お客様を放り出したままだった。
「ごめんなさい。せっかく来てくれたのに」
「いいえ、姫様が離宮に入られたので、城内はその噂で持ち切りです。考え込まれるのは無理がないかと」
「そうなんだ」
管理番からの駄目押しを聞きつつ、この件は管理番達が帰ってからゆっくり考えることに決める。
せっかく来てくれたんだから。今はお客さん達と楽しむことを優先しよう。
私は考えを切り替えると今日のランチのメニューと陛下のリクエストについて話を始めることにした。
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