第100話

それぞれにフォークを伸ばした先は別だった。


陛下と隊長さんは出汁巻き卵。宰相は酢のものだった。


親戚は食べるものも似てくるのだろうか?




モグモグと口を動かし、飲み込んだらそのままぬる燗をチェイスする。


この呑み方一つで陛下は酒好きと見た。


宰相も陛下の真似をしている。宰相も陛下の仲間なのだろう。




「良いなこれは」


陛下がポツリと呟く。誰に聞かせるつもりもない呟きに聞こえた。これは本音なのだと思いたい。




私はその言葉に満足すると、次の準備に入る。




第二弾はもちろん、揚げ物や温かい料理だ。


これには隊長さんの期待が高い。唐揚げが楽しみなのだろう。


隊長さんには出す順番はあらかた伝えてあるので、わかっているはずだ。




軽く一礼してテーブルを離れる。


そのままキッチンへ戻り、揚げ物を始める。


隊長さんは、私がキッチンへ行くとその動きを目で追っていた。揚げ物の準備が始まったのが、わかったのだろう。口角が少し上がっている。


やはり、唐揚げが楽しみらしい。


いろんな意味でぶれないと思ってしまったのは内緒だ。




陛下の護衛騎士がキッチンの隅に控えている。前回、隊長さんが揚げ油に反応するという事があったので、今日は調理中に音がする事を隊長さんから話してもらっておく。動く様子はなかったが、立ち方を微妙に変えていた。


何かあったとき、すぐに動けるようにとの配慮だろう。これは仕方のないことだ。




聞いていても何があるかはわからないのだ。用心深くなるのは立場上当然と言うもの。


腰の物に手を置いていなければそれでOKだ。


動くことはないと思っていても、普段目にすることがない動作(剣の柄に手を置く)が怖いと思うのは許して欲しい。騎士さんたちが、動かないことを確認して料理を続けた。




最初に油に入れたのは、フライドポテトだ。


じゃがいもを先に揚げないと、唐揚げの匂いがついてしまう。


料理は匂いが大事だと思っている私は、匂いが移ることがどうしても気になってしまう。そのため匂いがつきにくい順番に揚げて行くのは、私の中ではお約束の調理順になっている。




揚げ油の音に反応したのは、陛下も宰相も同じだった。


料理の音に聞き慣れない、というのもあるのだろう。私の手元を見たそうに、腰を浮かしかけていたが、隊長さんが動かず平然としているのと、覗きは良くないと思っているのか、我慢している様子が伺えた。 




その気持ちを理解しながら気づかないふりをする私は、意地悪なのだろうか?




フライドポテトを揚げ、油を切っている間に唐揚げを油に泳がせる。


それと同時にピザも窯の中に入れた。




ここまで一緒に提供する予定でいる。


そうしないと私の座る時間がなくなってしまう、という理由があった。




唐揚げが揚がるのを待っている間に、フライドポテトに塩をふる。塩を回すためにポテトを空中に泳がせていると、小気味いいシャシャと音がする。ポテトが宙を舞う度に暴力的なまでの香ばしい匂いが充満していく、換気扇がないので空気の逃げ場がない。そのため広がって行くのも早いようだ。




その音と匂いに、陛下たちの視線と手は完全に止まっていた。いや、護衛騎士さん達も視線がフライドポテトに釘付けだ。




私は自分の方に、視線が集まっているのを感じていた。待たせすぎるのも良くないだろう。フライドポテトを先に隊長さんに取りに来てもらった。




アツアツが美味しいしね。 




「お願いします」


切れよく依頼する(気分は居酒屋の料理人だ)


隊長さんも余裕の笑みで受け取る。フライドポテトの美味しさを知っているので、楽しみなのだろう。




陛下たちの前に置き。得意そうに言う声が聞こえてきた。


「では、私から失礼します」




うっかりしそうだが、隊長さんは毒味も兼ねている。一番始めに食べるのは義務だ。


役得と思っている様子だが、表情を取り繕う位の気持ちは残っているのか、一応真面目な顔をしている。




隊長さんは試食と同じようにポテトを指で摘んだ。


熱いはずだがそこは気にならないのかそのまま口に入れる。試食の時に商人が、火傷をしそうになったことを忘れたのだろうか?




フーフーしなさい。フーフー、熱いわよ。


熱さで火傷しそうになって、私が何かしでかそうとした、と思われたらどうしてくれるのよ。






聞こえるはずもないので(フライドポテトに気を取られている)胸の内で叫んでおく。




「あつっ」




やっぱりか。わかってたはずなのに。




予想していたが、やはり間違いなかったようだ。


口から熱気を逃がしながら食べている。




隊長さんの悶絶を横目に、唐揚げが揚がっていくので、バットに入れそのまま油を切る。


油を切る間にピザを出す。


これはこのまま、テーブル行きで、みんなの目の前で切る予定だ。




普段目の前で調理を見ることのない人たちにとって、目の前で切り分けるだけでも珍しさが際立つだろう、と考えたのだ。



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