第84話
「座ってちょうだい」
隊長さんに目の前の大人用の椅子をすすめる。
図書室の椅子と机は大きいので、私には専用の椅子と机が置いてある。
『仕事中です』と渋ったが『命令』して座ってもらった。
相談するのに立たれたままでは、私の首が痛い。
「隊長さん、教えてもらいたい事があるの」
「なんでしょうか?」
「陛下の好きな食べ物を教えてほしいの」
私は真剣さを瞳にこめて聴いている。今後の方針に関わることだ、ぜひ真面目に答えていただきたい。
「一応、理由をお聞きしても」
「簡単よ。私のキッチンを、料理する権利を、守るためよ」
「つまり、陛下を私のように味方にして、筆頭殿を説得してもらう。と言う計画ですか?」
「当たりよ。いくらなんでも、陛下が許可した事を、だめとは言わないでしょう?」
簡単過ぎる私の計画はあっさりばれていた。この話の流れでは誰でも思いつくことだろう。
単純だが効率の良い手段であることは間違いないはずで、この手法は廃れていない。
廃れていないと言うことは効果が高いと、私は判断している。
「いくら筆頭殿でも、言いにくいでしょうね。」
「でしょう?そして、説得するには好きなものが一番良いと思うの」
好きな物を食べて不機嫌になる人は少ないと思う。
「陛下の好きなもの」
「知らない?」
「なんでも食べますからね。もてなされる側なので、食べられない、という事が無いようにしている、と聞いたことがあります」
「そうなのね。だったら出さない物を、考える必要は無いわね。で、これが好き、とかはないの?」
「聞いたことがありませんね」
「なんで?」
「好きなものがわかると、それを持ってくる者が多くなるんですよ。ご機嫌取りに。だから聞いたことはないですね」
権力者に気に入られるために、努力を惜しまない人は沢山いるものだ。
「納得したわ。でも、困ったわね。何を作れば良いのかしら。薄味、濃い味、とかもわからない?」
「食べてるときに、楽しそうな顔をしているところを、見た事がありませんから」
「陛下。ご飯、楽しくないのかしら?」
「基本的に、食事も仕事の一貫ですからね。食事というよりは、ランチミーティング・使者との会食とかになるので、なんとも」
「そう。つまらないわね。私なら、嫌になるわ」
「私もそう思います。24時間、仕事をしているようなものですから」
陛下の楽しくない日常を聞いてしまった。物悲しい話である。
しかし困った。私の『陛下の好きなものを作って、キッチン使用許可をもらおう』、大作戦は最初から行き詰っている。
隊長さんと向かい合ったまま私は腕組みをして考える。隊長さんが微笑ましそうに見ていた。
「なに?何かいい案でもあるの?」
「いえ、姫様もやっぱり子供なんだな、と思いまして」
なんだそのコメントは、いつも言っているじゃん(後はお約束)
「姫様。陛下は食べ物は、そこ迄拘りは有りませんが、大人だけあってお酒は好きですよ。姫様の料理ならお酒と食べても美味しいのでは?」
隊長さんから良い案が出てきた。
「なるほど、おつまみね?それは思いつかなかったわ」
「おつまみ?」
「お酒と一緒に食べる軽食の事よ。良いわね。それなら陛下の説得材料になるわ。ご飯を食べて、そのまま少しお酒を楽しむ。うん。いいわ。」
私はご満悦になりテンションが上がる。
そのテンションのまま隊長さんとメニューの相談をする。食事中でもお酒を飲むのか、終わった後だけ呑むのかでは、食事の内容が変わってくる。
「そうですね。食事中でも呑みますよ。痛飲はしませんが、楽しむ位は呑みますね」
「陛下も?」
「はい。陛下は酔うほどは嗜みませんが、宰相閣下よりは呑みますね」
「宰相の基準がわからないけど、かなり嗜む感じね。だったら少し濃い目の味付けが良いかしら」
「どうでしょうか?姫様の料理は濃く感じたことはありませんが、物足りなくなった事も無いですよ」
それはね。隊長さん、あなたが沢山食べるからよ。あれで足りなかったら、ビックリだわ。
私は一つ思いついたことがあった。ラノベの話を思い出す。
「ねぇ、この国でも毒味ってするの?」
「ありますよ。仕事中はしませんが、私も家では毒味をされています」
そうだった。普段は忘れているが隊長さんは、凄いお家の人だった。
「じゃぁ、普段の料理は冷たいの?温かい料理は食べない?」
この質問に隊長さんが肩を揺らした。
「そうですね。私も姫様の温かい料理を、食べたときは感激しました。」
その言葉に勇気をもらった気がした。
「陛下も喜んでくださるかしら?」
「勿論です。温かい料理は何よりのものだと思います。美味しいのが前提ですが」
「私の料理は、美味しいと言ってもらえるかしら」
ここまで考えていて、大前提に不安を覚えてきた。いつも、皆が美味しいと沢山食べてくれるから、そのつもりでいたけど、陛下にも通用するかな?
王宮の料理よりは美味しい自信はあるが、陛下は生まれたときからこの料理を食べている。味が固定していると、新しい料理を受け入れにくい事もある。
「大丈夫ですよ。姫様。こう言ってはなんですが、私の家の料理は王宮に匹敵するものです。それを食べている私が、姫様の料理を美味しいと思うのですから、何も心配はいりませんよ」
「ありがとう。安心したわ」
「そこで、です。姫様。私からも提案があります」
「何かしら?私に出来る事?」
「姫様にしかできません」
先を促す。
「陛下の説得の時は、私も一緒に招待してください。説得に一役買いますよ」
ニヤリ、と笑う。悪役っぽい笑いだ。何気に似合っている。そして、隊長さんは自信有りげだ。
「姫様一人より、二人の方が良いと思います」
「そうね。同調してくれる人がいた方が安心よね。それなら説得も陛下と宰相の二人が良いかしら?二人が私の味方なら、筆頭侍女さんも反対しにくいわよね?」
「それは良い案ですね、私にお任せ下さい」
私はその言葉に安心したが、ある疑惑を確認する
「すごく嬉しいけど、安心するけど、一つ確認するわね。たんにお酒とご飯が食べたいだけじゃないわよね?」
「そんなことあるわけないじゃないですか。姫様のお役にたちたいだけですよ」
隊長さんは、私を真っ直ぐ見てはくれなかった
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