第83話
図書室に向かう長い廊下を歩く。
隊長さんは私の斜め後ろを歩いている。私に仕える立場なので、隣を歩くことはできない。
理解はしているが気分的には楽しくなかった。
そんな思いから、自然とため息が唇から零れていた。
「姫様。いかがなさいました?図書館までは遠いので、歩くのにお疲れですか?」
「大丈夫よ。いくらなんでもこれくらいで疲れたりはしないわ。」
隊長さんの気遣いが申し訳ない。
私の頭の中は筆頭侍女さんの、マナー講座をどうするかで一杯だ。
正直うんざりする。
私の立場上では、必要なことだと理解はしているが、もう少しなんとかならないだろうか?
うんざりしているせいか。自然と愚痴が零れてくる。
「わかっているの。私の立場では必要な事なのよ。でもね、今までと環境が違いすぎて、辛いのよ。歩き方がダメ。話し方がダメ。あれもダメ。これもダメ。うんざりするわ」
つまらない愚痴に、隊長さんは律儀に反応してくれた。
宥めるような口調になっている。
「気持ちはわからなくもないですね。筆頭殿は『厳しい』で有名なので。今の段階ではだいぶ甘い方だと思いますが、慣れない姫様では辛いと思います。」
「甘いの?あれで?」
隊長さんを振り返り、確認をする。隊長さんは頷いて肯定した。
「姫様はこれから学校や社交界のデビューを控えています。それに間に合わせるつもりなのでしょう。」
「学校はわりとすぐだからわかるけど、社交界のデビューはまだ先でしょう?それなのに?」
「そうなんですけどね。マナーは奥が深い。身につくには時間がかかる。が筆頭殿の口癖なので」
「マナーの先生なの?」
「はい。有名な方です。私の知っている方でも何人か断られた方を知っています。今回は陛下からの依頼なので、引き受けてくださったのでしょう。」
「今は筆頭侍女だけど、後々はマナーの先生になる予定って事ね。わかったわ。私はこの状況に慣れるしかないようね。」
「その方が宜しいかと」
そうなると私の趣味にも口出しをされるかもしれない、料理をすることに否定的な感じがしたし。
今朝も反応に困ってる様子だった。
『料理はダメ』って言いたいけど、キッチンは陛下からのプレゼント、文句は言えないと考えているのかも。本格的にマナーの授業が始まったら料理も禁止されそう。
「姫様?筆頭殿の事が心配ですか?」
黙り込んだ私を心配して隊長さんが隣に来て顔を覗き込んでくる。
「うん。心配は心配だけど、もっと心配なことがあるわ。料理を作るのを禁止されそうだと思わない?普通、貴族のお姫様は料理をしないわ。今朝も良い顔はしてなかったし」
「仰る通りですね。それは困りました」
隊長さんも苦い顔だ。私の指摘でその可能性に気がついたようだ。
今では隊長さんも、月に2回のランチ会に出席していて楽しみにしてくれている。その楽しみがなくなるのは頂けないのだろう。
因みに隊長さんはランチ会の時は仕事は休みで、離れに来て護衛の騎士さんは、キッチンから追い出している。
商人から『職権乱用』・『ずるい』とよく言われる程だ。
食べる量も仕事柄か多かったりする。
そのせいか隊長さんも困ることに同意してくれる。
私の日常は貴族の一般的な基準で行けばアウトだ。
どうするか。この日常を放棄する気はない。
『ご飯美味しくない』問題は私の生活の根幹に関わることだ
「ねえ、やっぱりこんな時は偉い人を、取り込むのが一番よね?」
私に取り込まれた一人である、隊長さんに問い掛ける。
「確かにそうですが、どうなさるつもりですか?」
「美味しいは『正義』よね?」
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