第30話

「忙しいのにごめんなさいね」


私は目の前の男性に素直に謝った。仕事として来てもらっているので謝る必要はないのだが、彼の手間を増やしたのは事実なので、謝罪するのはマナーだと思う。




「いえ、とんでもございません。私を呼んだのはどのようなご用件でしょうか?」




そう言いながら男性は跪き私に頭を垂れた。


人質としている私に随分と丁寧な事である。


まぁ、名目は『留学』なので、ある程度の礼儀は必要なのだろう。




目の前には一人の男性がいる。彼は王宮の仕入れを担当する人物。


『管理番』と呼ばれる仕事を行っている人である。




「教えて欲しいことがあって来てもらったの。」


「教えて欲しいこと、ですか? 私が?姫様に?」




不思議そうに彼は首を傾げた。表情が豊かでわかりやすく話しやすい。嬉しい誤算だ。


『管理番』というから気難しく、堅物な人を想像していたのである。




「そうなの、私が陛下からキッチンを頂いたのは知っているかしら?」


「はい、存じております。テーブルや椅子など工事に必要なものは、私の方で手配させていただきました。」


「そうなの?ありがとう。使いやすくて気に入っているのよ。じゃぁ、床の踏み台もあなたが手配してくれたのかしら?」


「いえ、踏み台は大工の発案です。姫様が使われるとのことで、身長を考えたら必要だろうと言われて… 資材の余裕もあったので作ってくれました。」


「そうだったの。大工の方たちにお礼を伝えたいわ。とても助かってるのよ」




自然と笑顔が出る。自分の事を考えて使いやすいようにしてもらえたのだ、嬉しくない筈がない。




「そう言って頂けると彼らも喜ぶでしょう。流し台を低くする案も出ましたが、長く使うとなると低すぎても良くないだろう、とのことでしたので。あの形になりました」


「そう、嬉しいわ。後々の事も考えてくれてたのね」




なるほど…、後々の事も考えてくれていたのは嬉しいけど、成長しても私は国に帰れないと言うことね。彼らが理解しているかはわからないけど、そう言う事例があったということはわかったわ。


うん、彼に来てもらってよかった。私は生活の質を維持できるよう、頑張る必要があるのは決定事項となった。


そのために本題に入るとしよう




「教えてほしいことがあるの。あなたは王宮の仕入れを担当しているのよね?食材も担当しているのでしょう?」


「はい、紙から果物まで、私の方で対応させて頂いてます」


「良かったわ。食材の事を教えてほしいの。料理をするのにどんなものがあるか知りたいの。お願いできるかしら?」


「食材、でございますか?」


「ええ、食材よ。いろいろなものがあるでしょう。私が使えるものがあるか知りたいの。お願いね」




管理番の笑顔が引き攣っていた。




「姫様がお求めのものはどのようなものでしょうか?」


「そうね、まずは調味料、それから発酵食品、旨味調味料もあると嬉しいわ。後は海藻や野菜なんかもいろいろ欲しいのだけど。まずはどんな物を置いているか知らないと頼めないと思って… 手当たり次第でいいわ、まずは教えてもらってその上で決めたいと思うの。思いつくものから教えてもらえるかしら?」




管理番は途方にくれた様な表情になった。




「姫様、私は確かに仕入れ担当ではありますが、料理人ではありません。仕入れるものの名前や形状は知っていても何に使うかはわからないのです。厨房の方からコレをいくつ仕入れてほしいと言われ、それが予算に合うか、在庫が増えすぎていないかを確認して、問題なければ発注を行います。姫様のご希望には私では沿いかねるかと…厨房の人間をお呼びください」


「そう、でも仕入先は分かるのよね?」 


「それはもちろん。魚屋、八百屋などが多岐にわたりますが、そこがわからなければ管理番は務まりません」


「なら大丈夫。そこさえわかっていれば私の方で対処できるわ」


「姫様」


「とりあえずは教えて頂戴。分からなかったら厨房にお願いすることにするわ。それでどうかしら?」


「そこまで仰られるのなら…」


「大丈夫よ。わからなかったからと言って、あなたの責任だとは思わないわ」


私が請け負うと管理番はあからさまにホッとした様子だった。


責任を問われると思っていたのだろうか…




私、そんなに怖い人間だと思われているのかしら?

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