第17話 ヴェンナ
「商会長!」
ヴェンナの支店に着くと、事務員達が真っ青な顔で集まってきた。
ロバートは事務長の椅子に腰掛け踏ん反り返っているが、よく見ると少しばかり顔が引き攣っている。
ミリアーナの姿は見当たらない。
「これはこれはリディアじゃないか。久しぶりだね、ここには何をしにきたのかな?」
「お久しぶりですロバート様。
ここで何をされているのか存じませんが、お引き取りいただけますでしょうか」
「これからは私がここを、いや商会を管理運営する事になったのでね。
リディアこそ出て行ってもらおうか。ここに来られては迷惑だよ」
「どんな勘違いをされているのか存じませんが、ロバート様はここの運営に関わる資格はお持ちではありません。
勿論ミリアーナにもありませんわ」
「そんなはずはない。私はミリアーナの夫として商会に関わる権利を持っている」
リディアは商会設立に関わる資料をロバートの目の前に置いた。
「この商会は、ポーレット伯爵家とは契約上の繋がりしかありませんの。
伯爵家の地所と賃貸契約をしているだけですから。
その資料、よくお読みになってくださいませ」
リディアは、資料を読み耽るロバートを放置して事務員から話を聞いた。
ロバートは取引の遅延・事務処理の混乱だけでなく、商会の大口の取引先のいくつかから取引停止を言い渡されていた。
ミリアーナが壊したのは、商会の営業担当がムスリム商人と三ヶ月以上かけて交渉し漸く手に入れた、透明度が高く非常に珍しいタイプの琥珀を使ったネックレス。
その琥珀に傷がついていた。
納期は一ヶ月後。琥珀が直ぐに手に入っても間に合うかどうか分からない。
「申し訳ありません。
貴族の方に手を触れるわけにもいかず、返して頂こうとお声をかけ続けていたら床に投げつけてしまわれて」
まずはロバートをここから叩き出して、次にネックレスの問題に手をつけるしかない。
「ロバート様ご納得いただけましたか? 退席願います。
損害については調査の上正式にご連絡いたします」
「損害だと? なんで私が」
「商会はポーレット伯爵家とは関係ないと何度もお伝えしたはずです。
その上での暴挙、黙認するわけには参りません」
「ならば私はリディアと結婚してあげよう。
元々リディアが私の婚約者だったのだから、間違いを正せば良い」
「ミリアーナはどうなりますの?」
「勿論ポーレット伯爵家に帰れば良いだろ?」
「私と結婚しても商会は手にはありませんわ。
持参金に商会は入っておりませんもの」
「馬鹿な、リディアが商会長だと言うのなら結婚したら私の物になるはずだ」
リディアはもう一枚の書類をロバートに差し出した。
「以前ロバート様と婚約していた時に作成した書類ですわ。私の結婚と同時に商会長は私からセオ・ハーバートに代替わりします」
「リディア様!」
セオがびっくりして大声を上げた。
「それから当方は、返品・交換は受け付けておりませんの」
「しっしかし、ポーレット伯爵家は商会のお陰で持ち直して今ではかなりの資産家になっているではないか。
ポーレット伯爵も商会の代表なんだろう?
伯爵家の事業なんだから、私が関与してもおかしくないはずだ」
「お父様が商会の代表と言うのは単なる建前で、書類上は商会設立から私が商会長です。
ポーレット伯爵家は、商会に何の権利も持っておりませんし、ロバート様はポーレット伯爵家に婿入りされたわけでもありませんわ」
ロバートが連れてきた公爵家の者達や商会の事務員達が、固唾を飲んで成り行きを見守っている。
「ミリアーナと離婚すると言うのであれば、教会の公会議におかけください。
教会で、結婚相手を間違えたので返品・交換したいと仰ってみられては?」
「「ぷっ」」
事務所にいる男達から笑い声が漏れる。
「次期公爵である私を侮辱するのか!」
「とんでもございません。ロバート様が仰られたのですわ。
相手を間違えたと。
国王陛下にもその様にご報告なさるなら、どうぞお試しくださいませ」
ロバートが手に持っていた資料を机に叩きつけ出て行き、公爵家の者達も後に続いた。
事務所内に歓声が沸き起こった。
「やりました」
「ありがとうございます」
「さあ、みんな大変だと思うけど後始末をお願いね。
ロバート様がしでかした事は全部纏めて報告して頂戴。
それから、イーサンとルーカスを呼び戻して早急に事態改善に手を尽くしましょう」
「琥珀はどうしましょうか」
「今から直ぐ探しに行くわ。
見つかるかどうか分からないけど最善を尽くさなきゃ。
前回マッケンジー公爵のネックレスを作った細工師の予定を押さえておいて。
新しい琥珀が見つかっても見つからなくても、同等の手間賃を支払いますからって伝えて。
それから、イーサンが戻ってきたらマッケンジー公爵に連絡させて。
私達は準備が出来次第ベルンに向かいます」
リディア達は馬車でエバンズに戻り、ベルン行きの準備を整えることにした。
「帰ったら直ぐ買い物に行かなきゃ。必要なのはシャツとズボンと地味なマントかしら」
マーサが顔色を変え、セオが慌てて聞いてきた。
「リディア様、まさかと思いますが」
「そう、私用の着替えよ。馬車で行ってたら時間がかかりすぎるから馬で行きます。
そうなると男の振りをした方が良いでしょう?」
「マーサを置いていかれるつもりですか?」
「ええ、マーサに馬って言うわけにはいかないわ。
セオの弟って言うのが一番安全で早いと思うの。
兎に角少しでも時間を稼がなきゃ。
もっと近い場所もあるけど、ベルンが一番可能性が高いはずなの」
「しかし」
「男の格好なら一人でも大丈夫よ。
髪は一つに纏めるだけだし、マントをずっと羽織っておくから。
ちょっと暑苦しそうだけど頑張るわ」
「お嬢様、セオと2人で行かれると言うことですか?」
「勿論、セオは私と同室は嫌かしら?」
セオの理性、最大のピンチ。
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