第10話 オークリーでデート?

 ロレンヌ川の様子を確かめたかったリディア達だが川沿いには道がなく、アンヴィルからオークリーへの移動には山越えの陸路を使わざるを得なかった。


 途中の山ではナラやクヌギの落葉広葉樹が緑豊かに生い茂り、キラキラと輝く木漏れ日と優しく吹く風の騒めきが初夏の暑さを和らげていた。



 二つ目の目的地、オークリーにあるダーリントン侯爵のマナーハウス近くまでやってきた。


 町には多くの人が行き交い行商人や花売りの呼び声が聞こえて来る。

 店には様々な商品が並び買い物客と店員の楽しげなやり取りが見受けられた。


 大通りは広く石で舗装されていてとても走りやすい。


「凄い賑わってるわ。セオ、後で覗きに行っても良い?」

「リディア様、観光に来たのではありませんよ」

「そう、勿論よ。でもちょっとだけ、ね?」


 可愛く首を傾げておねだりするリディア。



 リディアとセオの掛け合いを横で見ていたマーサが、


「お嬢様、その手を使うのは禁止ですよ。私は責任持ちませんからね。セオ、気合と忍耐です」


「?」

 キョトンとしているリディアと、顔を引き攣らせているセオ。

 馬車は大通りをゆっくりと走って行った。



 大通りを暫く走り大きな公園の前にある二階建ての大きな宿屋を見つけたリディア一行は、一先ず部屋で休憩を取り今後の予定を確認する事にした。



 部屋に入る前不安そうにしていたマーサだが、

「良かったです。今日はお部屋も清潔ですしちゃんとお湯も頼めました」


 今日一番の笑顔を見せていた。



 ダーリントン侯爵への手紙を届けに行ったセオが暗い顔で帰ってきた。


「どうしたの? 何かあった?」


「侯爵様は急な用件でご不在でした。

放牧地の奥で大規模な崖崩れが起きて、侯爵様ご自身が調査に向かわれたそうです」


「まあ、大変だわ。被害があまり出てないと良いわね」


「これからどうしますか? 時間が余ってしまいました」


 にっこり笑うリディア。


「じゃあ、今日は町を見て回って明日は港町に行きましょう」



「「・・やっぱり」」



 宿から徒歩で出かけたリディアとセオは公園の脇を通り過ぎ、馬車で通り抜けた道を戻って行く。

 マーサは慣れない馬車で疲れたからと、宿で休憩している。



 リディアが鼻をヒクヒクさせて指を刺した。

「良い匂いがするわ。多分あっちの方ね」


 駆け出そうとするリディアをセオが引き止めた。

「リディア様、人混みは危険です。俺の側から離れないで下さい」


 リディアは仕方なくゆっくり歩き始めたが、何か見つける度にあちこちふらついている。


「リディア様、本当に迷子になりますって。大人しくして下さい」


 セオが眉間に皺を寄せ顳顬をピクピクさせると、

「では、こうしましょう。ね?」



 リディアはセオの手を捕まえた。


 リディアに突然手を繋がれたセオは顔を真っ赤にして狼狽えている。


「うっ」


 普段饒舌なセオが口籠った。


「これで迷子にならないし、安全でしょ? この匂いはあそこのお店だわ」


 リディアは手を引きながら歩き出し、セオが赤い顔のままでついて行く。



 良い匂いの正体は屋台で売っている豚の串焼きだった。


「よお、お二人さんデートかい? いーねー」

「おじさん、串焼き2本ね」

「毎度ありー」


 

 リディアが熱々の串焼きを受け取り、セオが機械仕掛けのようなギクシャクとした動作でお金を払う。


「兄ちゃん、可愛い彼女だねえ。ほら、こいつはオマケだ。体力つけて頑張んなよ」


「なっ!」


 思わずリディアの手をぎゅっと握りしめてしまう。


「痛い、セオ?」

「すっすみません。大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫。どうしたの?」

「何でもありません、行きましょう」

「おじさん、ありがとう。またね」


「おう、頑張れよ」

「ええ、頑張るわ」


 歩きながら、串焼きを美味しそうに頬張るリディア。


「リディア様・・リディア様は、何を頑張るんですか?」


「えっ? 分からないわ。

だって、応援されてたのはセオでしょう?

頑張ってね、ファイト」


「・・はぁ」



 串焼きを食べ終わった2人はいくつかの店を冷やかした後、マーサや店の従業員へのお土産を買って宿に帰った。



「マーサただいま。疲れは取れた?」


 出迎えに出てきたマーサが手を繋いだ2人を見て絶句している。


「?」

 首を傾げるリディアと青ざめるセオ。


「こっこれはだな、迷子防止であちこちウロウロ、だからその」


「そうか、もう手を離して良いのよね。マーサすっごく楽しかったのよ。

はい、これはセオからのお土産。私からはこれね」


 二つの包みをマーサに手渡した。


 妙にテンションの低いマーサが、

「セオ、口止め料込みですか?」




 夜は宿で夕食を取った。


 リディアは屋台で買い食いしたとは思えない食欲を見せ元気いっぱいだが、セオはあまり食欲がないようで皿の中を突き回しながらぼーっとしている。


「セオ、お腹空いてないの?」


「お嬢様、セオの事は放っておいても大丈夫ですよ。昔から幸せ一杯、胸一杯って言いますからね」



 領主への連絡を済ませたリディア達は、翌日の昼過ぎ馬車でオークリーの街から港町カルムにやって来た。


「随分と騒がしいのね。港町ってどこもこんな感じなのかしら?」


 馬車の窓からリディアが外を眺めていると、セオがカーテンを閉めてしまった。


「騒がしいと言うより物々しい? 絶対にカーテンは開けないで下さい」



 宿屋らしき店を見つけてセオが話を聞きに行ったが、いつまで待っても帰ってこない。

 心配になったリディアが馬車から降りようとした時馬車のドアが開いた。


「リディア様、帰りましょう。港で抗争が起きてます」



 リディア、2回目のピンチ。


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