第9話 告白の行方

「わぁ、俺初めて聞いた。これ告白っていうやつ?」

「領主様、お姉ちゃんの事が好きなの?」

「領主様苺色になったぁ」


「あっあっあの、いっ今のは」


 周りに子供達がいるのを忘れてフライングしてしまったメイナードは、まともに話せなくなってしまった。


 リディアは小声で、

「セオ、こういう時ってどうすれば良いの?」


「・・俺に聞かないでください。先に宿に帰らせていただきます」

 物凄い勢いでセオが走り出した。


「マーサ、セオに逃げられちゃった。私どうすれば良いの?」


「・・」

 マーサも絶句している。


 子供達はキラキラした目でメイナードとリディアを見比べている。



「子供達、おやつ貰ったらさっさとうちに帰んな」

「えー、お姉ちゃんのお返事まだ聞いてないー」

「馬鹿野郎、ガキが邪魔すんじゃねえよ。ほらほら、帰った帰った」


 近くにいた男が助け舟を出してくれた。



「助かりました。私はその、直ぐ周りが見えなくなってしまうというか。申し訳ありません」


 頭を下げるメイナードに、

「いえ、あの私こういう事は初めてで。なんてお返事したら良いのか分からなくて」


「いえ、あの。返事はしっしないで下さい。お会いしたばかりですし。

えっと、わっ私の気持ちを知っておいてもらうだけで」


 メイナードはガバッと立ち上がり、一目散に・・逃げ出した。



「マーサ、メイナード様もいなくなっちゃったわ」


 困惑しているリディアに、

「お返事しなくて済んで良かった? んでしょうか?」

 マーサも混乱していた。



 残っているお茶菓子を纏めて、リディアとマーサは宿に戻ってきた。



 部屋のドアを開けると普段より秘書らしい態度のセオが、直立不動の真顔で立っていた。


「リディア様、おかえりなさいませ」


 リディアは、

「ただいま」

 と返事をしたが、セオの不審な様子に首を傾げてしまった。


 マーサは先程逃げ出したセオに冷たい目を向けている。

 セオはマーサを見たが、“ふん” とそっぽを向かれてしまった。


 セオは目をうろうろと泳がせ、

「えーっ、先程は失礼致しました。その後如何なりましたでしょうか?」


 リディアが振り返り、

「マーサ? セオの口調がなんか変なんだけど」


 マーサは冷たい目をしたままでわざとの様にセオの頭の先から爪先までをジロジロと見つめ、

「逃げ出した罪悪感か、目の前で掻っ攫われそうになったショックでおかしくなったか、そのどちらかでは?」


「マーサの口調も変・・みんなおかしくなっちゃったわね、はぁ」


 リディアは盛大な溜息をついて、椅子に座った。



 静まりかえった部屋の中でリディアが呟いた。


「困った事になったわね。在地剰余の話・・しにくくなっちゃった」



「「はあ? そこ?」」


 セオとマーサが、仲良く叫んだ。


「在地剰余の話、どうしよう」


「リディア様? 伯爵の告白の方が先なんじゃないですか?」

 

「そっちは、お返事はいらないって仰ってたわ。マーサも聞いたでしょ?」


「・・そうは仰っておられましたが、放っておくわけにはいきませんでしょう?」


「だってまだ一回しかお会いしてないのよ。私の中のイメージは・・沢山走っても平気な人?」


「ぷっ」

 マーサが吹き出した。

「確かに、あの走りは見事でしたね」



 黙り込む3人。解決策が見当たらない。



 セオが漸く口を開いた。


「こう言うのはどうでしょうか。

私達は別のエリアからはじめて、ジョンバーグ伯爵が落ち着かれた頃を見計らってイーサンに対応して貰う」


「そうね、それが良さそう。メイナード様にお手紙を書くわ。

なんて書けば良いのか思いつかないけど」



 計画を開始した途端躓き前途多難なリディアだった。




 リディア一行はアンヴィルを出立逃げ出し次の目的地オークリーに向かうことにした。

 出立の時には宿の亭主や町の多くの人々が見送りに出てきてくれた。


「良かったら、これ食べてください」

「うちからはこれを」


「お姉ちゃん、領主様と結婚す「ありがとうございました。本当に助かりました」」


 リディア達は挨拶の一部分をスルーしつつ、沢山のお土産を貰い恐縮しながら馬車に乗り込んだ。


 リディアが馬車の中から手を振っている。


「すごく素敵な町だったわね。次に来れたらもっとゆっくりしたいわ」



 リディアが悩み抜いて書き上げた手紙は、馬車がアンヴィルを出発した後にジョンバーグ伯爵に届けてもらう事にした。




 アンヴィルの埃っぽい凸凹道を抜けて漸く馬車の中で飛び跳ねなくなったリディアが、

「逃亡者になった気分だわ」


「次からは気を付けて下さい。同じ事を繰り返したら俺がイーサンに叱られます」


「うーん、もうこんな事にはならないわ。もしそうなったらその時はセオに頼むわね」


「自覚症状なしか、堪忍してくれ」


 セオがぶつぶつ呟いているがリディアは全く気にしていない。

 次の目的地の資料をひたすら読んでいる。



「これから行くオークリーはダーリントン侯爵の領地ね。

羊毛が盛んだし元々在地剰余で悩んでるって仰ってた方だからすんなり話は纏まりそうだわ」


「ジョンバーグ伯爵との交渉が難航した時は、オークリーを起点にするのもありかと」


「そうすると、港の様子をしっかり調べなくちゃ。港町って初めて行くからすごく楽しみにしてるの」


「アンヴィルに行く前は変わり者の領主が楽しみでしたよね」


 セオとマーサが顔を見合わせた。



「「嫌な予感がする」」


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