第8話 うっかりな伯爵VS新人代官

「メイナード様、どうされましたか?」


「ジョージ、何故川を堰き止めた?」

「ああ、それにはちゃんと訳があります。

何の問題も起きていませんのでご心配なく」


「問題がないだと? 水がなかったら生活できないだろうが!」

「生活できる量の水は計算してあります。領民の戯言に拘う必要はありません」


「私はそんな許可は出してない」


「メイナード様にお時間を頂くほどの事ではないので私の裁量で御布令を出しました。

後ろの者達に何か言われたのでしたら私が「クビだ、さっさと荷物を纏めて出て行け!」」


「まっ、待ってください。

これはちゃんとした計算に基いた計画なのです。

ロレンヌ川の水量が激減した場合を想定して今から準備をしておこうと」


「何度も言わせるな、お前はクビだ。新しい代官は早急に探す」


「俺以上にここの領地を調べ尽くした者はおりません。きっと後悔します」


「後悔ならとっくにしている。堰は早急に壊す。

他には勝手な事をしてないだろうな」


 ジョージは丸眼鏡を外しハンカチで拭きながら、

「えっと、それは」

「ありそうだな。洗いざらい話してもらおうか」


「将来への備蓄と言いますか、危険予測と言いますか・・」


「御託はたくさんだ。もういい、後はこちらで調べる」


 伯爵はジョージを無視して屋敷に入って行った。


「どうします? 伯爵は暫くの間お忙しくなりそうね」


 リディアがセオに小声で聞いた。


「そうですね、サイラスさんは中に入られた方が良いと思いますが我々は出直してきた方が良さそうです」



 宿に戻ってきたリディア一行。


「何だかお腹が空いちゃったわ。マーサ達はどう?」


「思ったより早く帰って来てしまいましたね。何とかなるか聞いてみましょう」

 セオが亭主の元へ聞きに行った。



 食事は、少し待てば何とかなるらしい。

 リディア達は部屋で休憩する事にした。


「凄い迫力だったわ。本当に何もご存知なかったのね」

「宿の亭主が言っていた通り良いご領主様のようですね」

「だから皆さん逃げ出さずに耐えていらっしゃったんだわ」


 マーサが先ほどからソワソワしてしている。リディアは笑いながら、

「マーサ? 早く堰が壊されると良いわね」


 真っ赤な顔になったマーサが恥ずかしそうにしている。


「申し訳ありません。直さなきゃっていつも思うんですけど」


「誰にだって拘りの一つや二つはあるもの。気にしなくて良いと思うわ」


「その通りですよ。お陰でうちの店はいつもピカピカですし」



 バーン。派手な音を立ててドアが開いた。びっくりしたリディア達が固まっていると、

「お嬢、堰が壊れた。風呂に入れるぞ!」


 桶を抱えた亭主が立っていた。




 その後、町は大騒ぎになった。


 子供達は一列に並んで井戸へ水を汲みに行き、女達は大量の洗濯物を抱えて川に向かう。



 翌日男達は領主からの話を聞く為に広場に集められ、壇上に立った領主が頭を下げた。


「こんな事が起こっていたなんて全然気づいてなくて、今まで不便をかけて来た事本当に申し訳ない。

代官はクビにしたんだが他にも何かやらかしているらしいのでこれから調査する。

みんなも気づいている事があったら教えて欲しい」


「あの、領主様。街道の整備はどうなってるんで?」


 領民が顔を見合わせてうんうんと頷き合っている。


「土埃がすごいし隣町へ行くのにも不便だからって、街道の整備をしてもらえるって話だったと思うんすけど」


「一年も前の話だな直ぐに手配する。他にもあったらいつでも領主館に来て欲しい」



 その頃リディア達は話し合いの邪魔にならないよう部屋に篭っていた。

 目の前には新しく入れたばかりの紅茶と、宿の亭主や村人達が差し入れてくれたお茶菓子が山のように積まれている。


「セオ、マーサ。もっと頑張って食べて。私はもう無理、晩御飯はいらないわ」

「私もです。明日ドレスが入るか不安になって来ました」


 リディアとマーサがセオを見つめるとセオは苦笑いを浮かべた。


「無茶言わないでください。私もとうに限界超えてます」


「皆さんのご好意は有り難いのだけど食べ切れないわね。どうしよう」



 セオに布に包んだ大量のお茶菓子を持ってもらい宿屋を出ようとした時、領主が馬でやって来た。


「お話ししたくて来たんですがお出かけですか?」

「ちょっとその辺を散歩しようかなって」

「ご一緒しても良いですか?」

「はい、喜んで」


 メイナードジョンバーグ伯爵とリディア達は町の中央広場にやってきた。

 お昼を少し過ぎた時間だったせいか子供達が大勢走り回っている。


「あー、領主様だ」

「今日はおめかししてるぅ」

 メイナードが顔を赤くしておでこを叩いている。

「今日は畑に行かないの?」

「えっ、あーうん、後で行くかも。多分ね」

「分かった! デート?」

「ちっ違う、そんなんじゃなくて。その」


 本当に農業以外はからっきしのメイナード。子供達に揶揄われて狼狽えている。

 


「みんな、一緒におやつ食べない?」

 リディアが子供達に声をかけた。


「おやつ? 食べたーい」

「じゃあ、一回お家に帰って外でおやつを食べても良いか聞いてきてくれるかな?」

「「「はーい」」」


 元気良く走って行く子供達。


「おやつですか?」

 メイナードが不思議そうに聞いてきた。


「頂き物なんですが食べきれなくて、みんなにお裾分けしようかと。ところでお話がおありだとか?」


「あっ、はいその。えー」


 メイナードがオロオロしているうちに子供達が帰ってきた。


「食べて良いってー」


 セオがベンチの上に布を広げた。


「凄い、いっぱいある。食べて良いの?」

「はい、遠慮なく召し上がれ」


「お姉ちゃん、あたしこれが欲しい」

「良いわよ、はいどうぞ」


「わっ、私も欲しいです」

 真剣な顔のメイナード。


「どれでもお好きなのをどうぞ?」


「でっでは、リディア様を!」


 大勢の子供の前でうっかり大告白したメイナードだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る