第6話 あれがない埃まみれの町

 宿の中もやはり埃っぽい。

 三人はくしゃみを我慢しながら部屋にたどり着いた。


「これ、土埃ですよね。馬車が走るたびにすごい砂煙が上がってましたし」

「乾季だから? でもアンヴィルはロレンヌ川から水を引いていて、豊かな穀倉地帯が広がってるって聞いてたんだけど」


 外を覗いていたリディアがテラスから外に出た。


 くしゅん。


 慌てて部屋に戻り窓を閉める。


「取り敢えず、私は部屋を何とかしますね。

掃除が終わったらお湯をもらって身支度いたしましょう。

掃除の後じゃないと、手を洗っても意味がなさそうです」


「荷物も出さない方が良さそうね。

セオ、領主様にこの手紙届けてきてくれる? 

明日伺いたいって書いておいたの」


「承知しました。帰り道、少し町の様子を見てまいります」


 セオが出かけた後、手持ち無沙汰になったリディアは、

「ねえ、マーサ。宿の人と少しお喋りしてきて良い?」


「お一人でですか? 少し休まれては?」

「ずっと馬車の中だったし、お尻がちょっぴり痛くなっただけでもう大丈夫」


「外には出ないで下さいね。ドアは開けたままにしておきますから、何かあったら大声で叫んでくださいな」

「分かったわ。少しお喋りしたら戻って来るわね」


 リディアがパタパタと元気良く飛び出して行く。


(16歳ですから、もう少しお淑やかになって欲しいですねぇ)


 マーサは、ベッドからシーツと毛布を剥がしテラスで叩く。テーブルや椅子などの気になる所を、持っていたタオルで拭いた。


 隣のセオの部屋でも同じ様に、簡単な掃除をしていた。



 暫くしてセオが宿に帰って来ると、カウンターに座って亭主と楽しそうに笑っているリディアの姿があった。


「おかえりなさい。領主様はいらっしゃったかしら」

「はい、明日のお昼前にお会いになるそうです」

「今ね、ガンツさんから色々お話を聞かせて頂いてたの」


「マーサは?」

「お部屋のお掃除中」

「埃っぽくて、すまないねえ。

あれでも毎日掃除はしてるんだが、あっという間に砂まみれになっちまう」


「セオ、良かったら隣に座って話を聞かせて? 町の様子はどうだった?」


 セオは、リディアから一つ間を開けて腰掛けた。


「馬車から見た通り、人が全くいませんでした。

店を覗いてみましたがどこも閑古鳥が鳴いてました」


「そりゃそうさ。

一応店を開けちゃいるが、みんな領主にスト何とかってのをやってるからな」


「ストライキよ」

「そう、それそれ。ストラッキだよ」


 リディアが教えると、亭主が嬉しそうに繰り返した。


「何でまた」


「なんで、ストライキを?」


「領主様が頑固だから、ですって」

「?」


「領主様は好い人なんだがよ、これだ! って思ったら周りが何にも見えなくなんだよな。

しかも、頭ん中には農業のことしかねえ。

農家にとっちゃありがたい話かもしんねえが、領内にゃ農家以外にもいっぱい人はいるっての。

今回ばっかりは、みんな腹に据えかねたんでストラッキって訳よ」


「領主様がね、水の大半を堰き止めてしまったの」


「はあ?」


「勿論、生活出来る程度には水はある。

でも川の水を今までの1/4くれえにしちまった。

んで、井戸の利用にも制限をつけたんだ。

飲み食いする分は減らせねえから、洗濯やら掃除やら風呂やら、そう言うとこを削るしかねえだろ?」


「今夜のお風呂は、諦めなくちゃ駄目みたい。マーサが気絶しないと良いけど」


 マーサの様子を想像してくすくす笑うリディアと、青くなるセオ。


「今度、井戸に見張りを立てるって言い出しやがってよ」


「でも、店は開けてるんですよね」


「店閉めてっと、農家の奴らが代官に文句を言いに行くんだよ。買い物ができねえって。

んで、代官がやって来て煩く騒ぐ。

だから取り敢えず開けてる。

農家の奴らが来ても“ご覧の通り、売りもんはないです” ってなるわけだ」


 亭主が嬉しそうに笑って話している。


「まあ、どっちか勝つか根比ってとこかな」


「生活に支障はないんですか?」

「まあ、あんまり長くなったらヤバいけど、このまま農家だけ贔屓が続くんなら、よその街に逃げ出すしかねえだろうな」


「領主様のとこには、お野菜以外何も届いてないんですって」


「そろそろ、塩だの何だの無くなって困ってるらしいぜ」


 亭主がケラケラと笑う。


「ここでは、3年前から輪作をはじめたそうなの。

休耕田を作らなくて良くなったせいで、農業は加速して好調。

だから、農地を一気に広げることにしたんですよね」


「そう。んで、新しい畑の為に水を確保するって言い出したんだが、訳わかんねえだろ?」


「ロレンヌ川からの水量が、減ったわけではないんですね」


「そんな話は、聞いた事ねぇな。

今の代官は、俺達とまともに話なんかしねえからよ。

んでも、ロレンヌ川を見に行った奴の話では、いつもと変わんなかったって言うから、渇水ってわけじゃなさそうだ」


「今のお話だと、代官は最近来た人なんですか?」


「おう、前の代官はかなりの爺さんだったから、去年王都から孫が帰って来て後を継いだんだ」


「何となく読めて来ましたね」

「ね」


 マーサが2階から降りて来た。


「お嬢様、簡単にですが掃除が終わりました。ご亭主、お湯を頂けますか?」


「バケツに一杯くらいしか出せないんだが、それで何とかしてくれ」


「・・はあ?」


 超綺麗好きのマーサ、大ピンチ。


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