第5話 アンビルへ
ルーカスが眼鏡をクイっとしながら、
「川下の港については私がやります。7艘分となると港の拡張工事が必要かもしれませんね。市参事会との折衝が必要だと思います」
イーサンは、
「中継地点の港の確認は商人ギルドと併せて俺が。運搬人と護衛は商人ギルドである程度見つけられるかな。
拡張工事が必要な箇所は纏めてルーカスに連絡する」
「2人とも仕事が多過ぎないかしら? 必要なら人を増やしてね」
「はい、徹夜の予定はないから」
イーサンがマーサを見ながらニヤリと笑った。
「業務開始予定はいつ頃を考えていますか?」
セオが聞いてきた。
「船と人の集まり具合によるかしら。
出来れば護衛船と輸送船が3台出来た辺りで始めたいわね。その前に何度も試運転して川の状況を確かめたいし」
「では、早くて10ヶ月後ですか?」
ルーカスが頭の中で資金繰りの計算を始めた。
「船頭と水夫以外に船曳人夫がいるし、曳船道の整備が必要になるはず。地図で見ただけだけど少なくとも4箇所は船を引き上げて螺馬に引かせる必要があるわ」
「そんなに早く人が集められるか?」
「水夫は移民が多いので報酬次第では何とかなるのではないかと思います。
時期が来たらあちこちで募集をかけましょう」
「船頭が難しそうですね。船団を組むとなると上下関係が出てきますから」
「その他にも急流や水底の詳しい調査がまだ不足気味か」
「そこは人集めと一緒にやろうと思うの。
現地で渡し守や漁師をしている人が一番詳しいでしょう?」
「漁師ギルドですね」
「ええ。大きな船が行き交う事で定置網や刺し網に不具合が出ないかも検証しなくちゃ」
「段々面白くなってきた」
「試運転が楽しみですね」
「もし積荷が集まらなかったら採算が取れなくなりますが、その時はどうしますか?」
「勿論、別の川でやるわ」
リディアはにっこり笑って余裕綽々の様子。
「可能性はいっぱい広がってるもの」
イーサンとルーカスが店舗二階の事務所に上がって行った。リディアとセオは2人で打ち合わせを続けた。
「まずどこから手を付けますか?」
「これがイーサンからの報告書なの。
で、まずは起点になる上流からはじめて少しずつ下がりながら情報を集めるわ」
「領主ですね。漁師は領主に雇われてる所もありますし」
「引き抜きしちゃ不味いわよね」
セオが苦笑いしている。
「揉め事にならない様に気を付けないと。
商会に付け入る隙を狙ってる輩は結構いますから」
「そうなのよね、気をつけるわ」
「新しい事業をはじめるなら結婚は当分先送りですか?」
「勿論よ。だってみんな商会か伯爵家の財産狙いだもの」
「リディア様に惹かれてる方もいらっしゃると思いますが」
「ないない。だってどの方も一度もお会いした事ない方だもの。
条件的に美味しそうって思っただけだわ」
「それはリディア様が貴族の集まりに参加されないからでは?」
「着飾って、ニコニコお喋り? 無理! 顔が引き攣っちゃう。
とんでもないヘマをやらかして笑われるだけだわ」
スペンサー商会は騾馬の販売の他に個別注文による輸入品等の売買を行なっている。
騾馬の納入後の空き時間に大市などで交易品を購入し販売したのが始まり。
特に、ガラス製品や宝石・絹織物・石鹸などが飛ぶ様に売れている。
顧客は騾馬の取引で知り合った貴族や豪商が殆どなので店舗に飛び込みでやって来る客は少ない。
店には店員を数名置いているが店員と呼ぶよりも事務員と言った方が正しいのかもしれない。
ルーカスが彼ら事務員を統括している。
伝書鳩は急ぎの仕事や緊急連絡用だが、2階にあるテラスには引っ切り無しに伝書鳩が飛んでくる。
気の短い貴族の要望に応えるにはこれが一番早い。
その次は商人専用の飛脚。単価は高いが自衛のために武装しているので確実に届く。
最後が郵便馬車。大量の書類などにはこの方法を使う。
会議の三日後リディア・マーサ・セオの三人は二頭立てのコーチで出発した。
行き先はロレンヌ川上流の村アンヴィルで領主はジョンバーグ伯爵。社交嫌いの農業オタクで有名な変わり者の領主だ。
「ジョンバーグ伯爵にお会いするのはすごく楽しみなの」
「変わり者だと有名ですよね」
「だから楽しみなの。そういう方の方が色んな話を聞かせて下さるんじゃないかしらって」
「そう言えば、リディア様に騾馬の事を教えて下さったライオネル様も変わり者で有名な方でしたね」
セオが懐かしそうに言った。
「お嬢様はそういう方とご縁があるのでしょうか?」
「将来の旦那様に不安が出てきますね」
「?」
マーサやセオの心配を他所にワクワクが止まらないリディア。
数日をかけてジョンバーグ伯爵領に到着した。
町の大通りに近い街道を走っているはずだが道は今までの中で一番と言っていいほどの悪路で、リディアとマーサは馬車の中で飛び跳ねている。
「ねえ、ここって」
リディアが話し始めたがセオが話を遮った。
「馬車が止まるまで話されない方が良いですよ。舌を噛んでしまうのがオチです」
こくこくと頷くリディア。
領主町らしきところに着き馬車が速度を落とした。
木造の個人商店が軒を連ねてそりまだ新しい店もある様だが、どことなく薄汚れた感じがする。
馬車の窓から外を覗いているがとにかく人が歩いておらず空いている店も開店休業状態に見えた。
「綺麗なお店が並んでるんだけど何だか随分と寂れて見えるわね」
「調べでは、農業改革がかなり順調で好景気だとなってたんですが」
「取り敢えず宿をとって先触れのお手紙を出しましょう」
町の中程に宿屋を見つけセオが中に入って行く。
「不思議な町ですね。割と新しそうな店が並ぶゴーストタウンって言う感じですかね」
評論家のようなコメントをするマーサ。
「何だか鼻がムズムズしない?」
リディアとマーサはハンカチで鼻を押さえた。
「空いてました。と言うか他に客はいないみたいで、泊まりたいと言うと亭主がビックリした顔をしてました」
「何だかワクワクしてきたわ」
すっかり冒険者気分のリディアだった。
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