第3話 お父様からの手紙と商人ギルド
リディアの新しい住まいは表通りから奥に向けて細長い古い木造のアパートメントで、寝室が3つと応接室兼用の広い居間があるが貴族令嬢の住まいとして見窄らしすぎるとセオ達からは顰蹙を買っている。
侍女のマーサが手紙を持ってきた。
「お父様からお手紙? やだ、私は遠い修道院に旅立ちましたって返事しといてくれる? 神の国を求めて巡礼の旅に出たとかでも良いわ」
「お返事なさらないと毎日届くようになるかもしれませんよ」
マーサの言葉にリディアは大きな溜息をついた。
「そうよね。開ける前にお祈りしようかしら」
「ぷっ」
開封前の手紙を睨みつけているリディアの顔を見てマーサが吹き出した。
「不信心なお嬢様には神様もそっぽ向かれてるかもしれませんね」
「ちょっと忙しかっただけよ。これからはちゃんと教会に行くわ。絶対」
リディアは手紙を読み、先程よりもっと大きな溜息をついた。
「ロバート様がミリアーナを連れてうちに泊まり込んでるんですって」
「里帰りではなさそうですね」
「商会の引き渡しをするようにって騒いでるそうよ」
「まだ誤解が解けてないんですか?」
「うーん、そうみたい。お父様がいくら話してもロバート様もミリアーナも納得しないから私が商会長だって言ってもいいかって」
マーサがうんうんと頷きながら、
「でも、王国一の商会の会長が16歳だなんて信じないですよね。商会設立の時は12歳でしたし」
「偶々って言うか、うっかりそうなっちゃったって言うか」
「旦那様も色々な意味で大変ですね」
「えーっと、“色々” のとこは気になるけど、取り敢えずお父様救出作戦を立てなきゃいけないってことよね」
リディアは渋々のように手紙を書き始めた。
「これを速達で出しておいてくれるかしら」
リディアが書き上がった手紙をマーサに手渡した。
「上手くいきそうですか?」
「公爵家の困窮具合によるのかも」
「公爵家はそんなに困ってらっしゃるのですか?」
「かなりの数の貴族って言うかほとんどの貴族が大なり小なり困窮してるって言ってもいいんじゃないかしら。
地代だけでのんびり過ごせる時代じゃなくなってるけど、今まで働いた事の無い人ばかりだから」
「貴族のお付き合いはお金がかかりますしね」
「本当に。お茶会に夜会でしょ、ドレスに高価なアクセサリー」
「旦那様達も以前は招待状が届く度に青くなっておられましたね」
「ええ、子供心にも貴族って大変だなぁって思ったわ。
代理人による婚姻協議の時妻の持参金に商会は含めなかったから、ロバート様が私と結婚しても商会は手に入らないしミリアーナは商会には全く関係ないのにね。
その時の書類をロバート様に確認してもらうようお願いしたの」
「ミリアーナ様のことは?」
「そっちの方が問題かも。ミリアーナには昔から言ってるけど理解してくれないのよね」
リディアは今日、3回目の溜息をついた。
夏が近づき空には大きな入道雲が出ている。
(珍しいわ。雨になるのかしら?)
城壁に囲まれているこの町エバンズは潮風から守られているので、台風の時にはかなり助かるが夏の暑さを凌ぐのが難しい。
窓辺で育てているシクラメンも最近少し元気がなくなっている。
リディアは朝の涼しい内に本店に出勤した。
店の前に植えたレモンタイムが紅紫色の小さな花を咲かせている。近くに寄って深呼吸すると少し厚みのある葉からレモンの清々しい香りがした。
(少しお店の中に飾ろうかしら。8月辺りまでもう暫く可憐な花を楽しめそう)
反対側に植えてあるサフランは旧約聖書に“芳香を放つハーブ” と書かれているほど有名で10月過ぎに薄紫色の花が開く。
(鎮静・鎮痛効果があるからお父様に送ってあげようかしら?)
と、真剣に眺めているとセオ達が出勤してきた。
「おはようございます。今日は暑くなりそうですね」
「珍しくひと雨来そうな雲行きだよな」
「こんな時期は少しばかり城壁が恨めしいです」
そんな事を言いながら皆手にした書類でパタパタと扇いでいる。
「レモンタイム、店に飾りますか?」
セオがリディアに聞いてきた。
「お客様は嫌がるかしら? 匂いって好き嫌いがあるでしょう?」
「いやー、レモンタイムの香りなら大丈夫でしょう」
「嫌いな人って聞いた事ないと思います」
「じゃあ、後で鋏を持ってくるわね」
店舗奥にある、応接室兼用の会議室に4人全員が集まるとイーサンが最初に口を開いた。
「川下に行くほど、商人ギルドと同職ギルドの対立がヤバそう」
「そんなに?」
「川上の方は市井参加なんて気にしてなかったり相変わらずギルドそのものが無かったりなんだけど、商業ギルドは結構強気だから今後はもっと揉めるかもな」
交渉事を担当しているイーサンはかなり心配そうにしている。
「ギルドのない領地については領主か代官にお願いするしかないですね。元々領主の在地剰余から始まった話ですから」
ルーカスが理路整然と話す。
「帰りの積荷に関しては同職ギルドにも声をかけるって言うのもありね」
「特殊な素材とかも物によったら手に入る可能性がありますし」
「その時は商人ギルドに早めに伝えた方が良いかもな」
「結構ピリピリしてるなら用心しないと面倒な事になりそうね」
「商人ギルドの長老や参審員はどんな感じでしたか?」
「もう興味津々。下手したらここまでついてきそうな勢い」
イーサンがうんざりした顔をしている。
「ヴェンナの支店に誰も来ない事を祈ろう」
「騒がれたら面倒だよな」
「一番騒ぎそうなのは都市商人ですね」
いつも通り前向きな思考のセオと危険察知能力に長けたイーサン、ルーカスは情報分析専門。
「みんなでやる分には構わないんだけど。利権がどうのって揉めるのが苦手なのよね」
リディアは商会設立時の商人ギルドの大騒ぎを思い出して青褪めた。
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