母は強し。



 ワクワクが止まらない。胸がドキドキしてたまらない。

 お兄ちゃんたちが帰ってきて、村にお客さんまで来て。そしてそれによって巻き起こるであろうハプニングを想像するだけで、楽しみでどうしようもなくウキウキする。



「その節は命を救っていただき……ありがとうございました!」


「う、うむ……」



 パパがしどろもどろで、チラチラとママを気にしながらもその〝お客さん〟に返事する。

 ママはママでその様子をニコニコと、笑顔で一歩引いた位置で見守っている。


 いや怖いんだけどママ。目が笑ってないんですけど。


 街に行って冒険者の登録試験を受けたというお兄ちゃんだったけど、試験では一度も戦うことなく合格だって言われちゃったらしいの。

 戦わずに済んだなら楽ちんで良いじゃないのって思うんだけど、お兄ちゃんとしては釈然としないみたい。パパ以外の相手と腕試しもしたかったみたいだしね。


 で、試験の時にお兄ちゃんの相手役だった人こそが、この〝お客さん〟。【涼風すずかぜ】のカナデさんって人らしいんだけど、女性なのに上級の冒険者さんなんだって。



「あの頃と……わたしの記憶と寸分違わぬ麗しいそのお姿……! やはり常人を超越した強者なだけあります!」


「あー、いや、そのだな? カナデ殿……といったか」


「〝殿〟だなんて他人行儀な! わたしのことはどうぞ、カナデと呼び捨てで呼んでください!」


「そ、そうか……」



 おお~、パパが困ってる困ってる!


 駆け出し冒険者の頃に、パパにピンチを救われたと話すカナデさん。だけどどうやらパパは、この女性ひとのことをあんまり憶えてないみたい。まあそりゃそうだよねー。パパくらい強い人なら、助けた人なんてたくさん居すぎて憶えてられないよね。

 頭を一生懸命捻って思い出そうとしてるみたいだけど…………パパ、それより後ろのママを気にした方が良いんじゃないかなぁ~?


 このカナデさんという女性、なんとパパが死んでいると思い込んでたみたい。

 冒険者ギルドでお兄ちゃんが晴れて冒険者になった後で、その勘違いを正したんだって。そしたら是非挨拶と、助けられたことのお礼を……ってなって、街に行った他のみんなに同行して、ここまで来たらしい。


 黒くて真っ直ぐな髪を長く伸ばして、女性にしては背が高い綺麗な人だ。見たことない服を着て、パパのお気に入りの武器――〝カタナ〟と同じ剣を腰に差している。

 ほっぺを赤くして、キラキラした目でパパを見て……ああー。これってやっぱり、パパに助けられた時に一目惚れしちゃった感じ?



「――――そうしてわたしを襲っていたマッドグリズリーを一撃のもとに斬り伏せ、わたしの傷まで治療してくれたじゃないですか!」


「う、うぅむ……」


「去り際なんて、優し気な微笑を浮かべながら『達者でな、無理をするでないぞ(キリッ)』って……! あの日からわたしはその背中に追い付こうと、隣りに並び立とうと血の滲むような努力を重ねてきたんです! そうしてあなたと同格の上級冒険者にまでなったんですよ!」


「そ、そうなのか……っ」



 怒涛のアピールが物凄い。パパとの距離をどんどん詰めて、どこがとは言わないけどすっごく大きな二つのモノが当たっちゃいそうなほど近くで、パパに思い出してもらおうと説明するカナデさん。


 あたしはその様子を苦笑いして見てるお兄ちゃんの隣りに移動して、小声で声を掛けた。



「(ねえねえお兄ちゃん、カナデさんにママのことは言ってないの?)」


「(いや……伝えたんだけどさ、あの人あんまり人の話聞いてくれないんだよ。思い込みも激しいみたいで、父様は母様に出て行かれて、男手一つで僕を育てたことになっちゃってるんだよね)」



 なにそれおもしろ!! え、ママがパパとお兄ちゃんを捨てたって思ってるの!?

 ええ、なになに!? それであわよくば自分がってこと!?


 なにこれぇ~どうなっちゃうのぉ~!? この後の展開がすっごく楽しみなんだけどぉ~!!



「――――コホンっ」



 胸がドキドキ高鳴って、ワクワクが止まらないあたし。そして困った顔のお兄ちゃん。そんなあたし達の様子に気付かずにアピールしまくるカナデさんに、相手をしあぐねているパパ。


 そんなとっても可笑しな空間に――――ひとつの咳払いが響いた。

 その発生源はもちろん……



「旦那様? そろそろわたくしにも、そのお方をご紹介くださいませんか?」



 威圧感の込められた咳払いで、凍り付いたようにシンとした我が家の庭先。そしてあくまで笑顔は崩さずに、穏やかにパパに紹介を迫るママ。

 そんなママを一瞥して、興味をそそられたのか目を細めるカナデさんの姿に、あたしのワクワクは最高潮! さあ、どうなる……!?



「あら、もしかしてフォーレス様に雇われた方ですか? そうですよね、男性だけでは子育てに家事にと、色々と大変だものね。冒険者稼業ではなかなか家に居られないし」


「なっ……!?」



 ぎゃー! 誰よ氷魔法使った人は!? 一気に温度が下がった気がするぅ!?

 ママの笑顔は固まるし、パパは絶句してるし、お兄ちゃんは顔を真っ青にしてるし!! これが村のおばちゃんたちが言ってた〝修羅場〟ってやつ!?



「……フォーレス?」


「う、うむ!? ジーンよ、どうした!!?」



 顔こそ笑顔を保ってるけど、これママ怒ってるね? よく怒られるからあたしはママに詳しいんだ。

 どうするのかなぁ、どうなるのかなぁ!?



「まあ! 雇われ人の分際でご主人様を呼び捨てにするだなんて!? フォーレス様! このような礼儀も知らない女なんて即刻解雇するべきだわ! そしたらわたしが家のことを何もかも――「少し静かにしてください」――ッ!?」



 あ、ママがキレた。そりゃねぇ、あんな言い方されたらさすがに温厚なママだってガマンできないよねぇ。

 ていうかパパ? パパがちゃんとしないからこんなことになってるんだけどぉ? そんな身体を小さくして目を逸らして……ってまあ、ママ怖いもんね。無理もないかも。



「先ほどから伺っていれば、随分と愉快な思い違いをされているようですね? 他人の家に突然押し掛けておいて、身勝手な妄言を喚き散らさないでいただきたいのですが」


「なんですって……?」


「フォーレス、貴方も貴方です。のならそうハッキリと言えば良いでしょうに。『数多救った、己の力量をわきまえない冒険者の一人に過ぎない』と、そうしっかりお伝えして差し上げてはどうですか」


「ぐぬっ……! す、すまない……」



 おおー! 盛り上がってきたぁー!!

 ママの言葉には毒と皮肉が大増量中だし、その皮肉にカナデさんは顔を真っ赤にして怒り心頭みたい。パパは逆に顔色を悪くして言葉も無い様子だね!


 そしてママがさらにパパへと詰め寄ろうとした、その時。



「ちょっと待ちなさいよ。『力量を弁えない冒険者』って一体誰のことかしら……?」



 きたぁーーーーッ!!

 カナデさんがママに食って掛かったよ! 本格的な修羅場だよぉ!!



「あらあら。察しどころか耳まで悪いのでしょうか。妄想癖に難聴までお持ちだなんて、さぞや苦労なさっているのですね……お労しいことです」


「な、なんですってぇ!?」


「ま、待て待てジーン!? 落ち着くのだ!? カナデもそう熱くならず、まずは落ち着いて話を――――」


「「あなた(貴方)は黙ってて(ください)!!」」


「ぐぬぅ!?」



 あ、二人の剣幕にパパが黙らされちゃった。せっかく頑張って割って入ったのにね。

 すっごいションボリしちゃってるけど、パパ大丈夫?



「そうまで言われちゃ黙っていられないわ。決闘よ!!」


「望むところです。受けて立ちましょう」


「認めないわそんなの! わたしが勝ったらフォーレス様の傍から消えてちょうだい!」


「では、わたくしからも同様の条件を提示しましょう。わたくしが勝利したら、金輪際近寄らないでくださいね?」


「きぃーーーーッ!!」



 まさかの決闘騒ぎになっちゃったよ……! まあ、面白いからあたしは全然いいんだけどね!

 パパは……ありゃぁ、膝を抱えていじけちゃってるね。お兄ちゃん、慰めたりすると余計気にしちゃうんじゃない?


 さておき、さすがに村の中で戦うワケにはいかないから、あたし達は村の外へと移動したのだった。





 そんなこんなで村の外の拓けた草原に移動したあたし達なんだけど。



「あなた……武器はどうしたのよ? まさか素手で上級冒険者のわたしと戦うつもり?」


「必要性を感じませんね。愛用の戦槌メイスなど使わずとも、貴女はわたくしに触れることも叶いませんよ」


「バカにして……ッ!!」



 激しく煽る、煽る……!!


 カタナを鞘から抜いて構えたカナデさんの正面に堂々と立って、手には武器も防具も持たないママが、微笑を浮かべたままで挑発する。

 綺麗な顔を引きつらせたカナデさんは、せっかくの美人が台無しなほどに怒った顔で、魔力と殺気を解き放った。



「パパぁ、あれ止めなくていいのぉ?」


「ソフィアよ、父は無力だ。私は今日この日ほど、女性を恐ろしいと思ったことは無い」


「父様……」



 なんか遠い目をしちゃってるパパに向けて、お兄ちゃんが凄く憐れんだ視線を送ってるけど。

 まあ家族相手はともかく、よその人にあんなに怒るママはあたしも初めて見たから、しょうがないだろうけどね。



「どうなっても知らないんだからね……!」


「ええどうぞ、お好きなように攻めてくださいな」


「この……ッ」



 重ねられた挑発に、ついにカナデさんがガマンの限界に達した。抜き身のカタナを上段に振りかぶって、鋭い踏み込みで一気に間合いを詰める。

 魔力で強化された身体能力で、凄まじい速度でそのカタナをママの頭目掛けて一閃する――――



「な……ッ!?」


「どうかしましたか?」



 振り抜かれた剣戟は身体にまで届かずに、ママが詠唱も無く張った光魔法の防壁によって甲高い金属音を鳴らし、弾かれていた。何が起こったのか理解できなかったのか、カナデさんは目を見開いて固まっている。



「本気を出してくださって構いませんよ? それとも、その程度の力量で並び立てるとでもお考えなのですか?」


「くっ……! この……ッ!?」



 さらに煽られて腹を立てたカナデさんが、立て続けにママに向かってカタナを振るう。縦に、横に、斜めに斬り下ろして斬り上げて、時にはフェイントからの突きを放つ。だけどそのどれもママには届かず、全部ママの防壁とぶつかっては弾かれている。



「なかなか良い連撃を放つものだ。腐っても上級冒険者といったところか」


「ですね。刀の扱いに相当熟練しているのが良く分かりますね、父様」


「うむ、いずれ其方そなたも扱うことがあるやもしれぬからな、観察し参考にすると良いやもしれぬな」


「はいっ」



 あたしの横では、そんな暢気なパパとお兄ちゃんの実況解説が始まっちゃった。

 っていうか二人とも、ママがピンチになるなんてこれっぽっちも思ってないみたいだね?



「ジーンの防壁を抜くには、単純に火力が足りぬな。あれでまだ神聖術を使ってもいないのだから、カナデにとっては悪夢でしかあるまい」


「母様が神聖術で結界まで張ったら、僕の戦略級魔法ですらまったく通じませんからね。父様の魔法ならどうですか?」


「私の魔法でも、よほど魔力を込めた殲滅級魔法で破壊できるかといったところだな。この世の中で彼女より防御に秀でた者を、私は見たことが無い」



 もしもーし、二人ともー? もうちょっと声抑えてあげてねー?

 ほら、二人の会話が聴こえちゃってカナデさん涙目になっちゃってるから。



「あなたはもう少し、人の話を聞く耳と思慮深さを持つべきですね。それと妻子持ちの男性に近付き過ぎない方がよろしいかと。あまり節操なく振る舞っては、はしたないですよ?」


「くぅぅ……ッ!? こ、このぉ~~~~~ッ!!」


「ほらほら、頑張ってくださいな。ここまで言われて、悔しくはないのですか?」


「うぅぅ~~~~~~~ッッ!!!」



 うわぁ~……! ママったら容赦ないねぇ……!!


 防壁を張ったまま煽り文句を口にして、さらにその状態でどんどんカナデさんに近付いて距離を詰め続けて……!

 カナデさんはあまりに悔し過ぎてたまらないのか、目に涙を溜めて唇を噛んで、それでも一生懸命にカタナを振り回している。


 だけど、それもとうとう――――



「あれは……心が折れるな」


「僕だったら既に刀を放り出してると思います」


「憐れな……」



 実況中のパパの呟きが聴こえてしまったのか、がむしゃらにカタナを振っていたカナデさんがついに動きを停めてしまった。そしてあたし達三人を一度見回して、それからもう一度ママを睨み付けて――――



「うわああああああああああんんッッ!!!」



 あちゃー、とうとう泣き出しちゃった。でもまあ、そりゃそうだよね。自分の攻撃が一切通用しないのに、そんな相手がどんどん近付いて来るんだもん。しかもその相手であるママは、攻撃すらしてこないんだから。戦士としても女性としても、プライドがズタボロだよね。



「さて、これに懲りたら、約束通りに今後一切旦那様には近付かないでくださいね? それとフォーレス?」


「うむっ!? な、なんだ、ジーンよ!?」



 トドメの一言をカナデさんに言い捨てて、ニッコリとした笑顔でパパに振り返るママ。だけどその目は、相変わらず笑ってはいなくて……



「あとで、お話があります」


「…………はい……」



 そう言って、あたし達を置いて颯爽と、ママは村へと帰っていったのだった。




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