人魔戦後歴二十年 世界の片翼が羽ばたいた日
「では、行ってきます!」
「ええ、気を付けて行ってらっしゃいね。良い報告を期待していますよ、セロ」
「存分に腕を
「お土産待ってるからね、お兄ちゃん!!」
まったく、ソフィアは……。
兄の晴れの日に掛ける言葉がお土産の催促だなんて、一体誰に似たのでしょうか。
月日は巡り、セロが十九歳、ソフィアが九歳となった春の日。今日この日は、越冬後の狩りの成果を街に卸しに行く日です。
剣の腕も、魔法の腕も。そしてもちろん狩りの腕も各段に上げたセロが初めて、村の若い世代の皆と一緒に、取引のために街へ行くことになったのです。
一応引率として、村長が付いては行きますが……取引の経験を積ませ次代を育てるために、あくまでも取引の主体は若い世代の子達が行います。多少の損も勘定の上で、若衆の教育のための恒例行事という扱いですね。
「登録試験でやり過ぎないと良いのですが……」
そんな若衆が、見送るわたくし達村民へと手を振る姿を眺めながら、溜息と共に懸念を漏らします。
セロは今回、街に行ったついでに冒険者として登録試験を受ける予定なのです。そんな心配を口にするわたくしの背には、セロの師であるダルタフォレスの大きな
「心配することはない。加減も含め、上手くやれると判断したからこそ登録を許可したのだ。私の見立てが信用ならないか?」
「そうは言いませんが……わたくしと貴方の子ですよ? 一般の方達とは、素養も実力も桁外れに違うでしょう?」
「そこは重ねて言い含めてある。私も冒険者として活動してきた身だ。世の普通というものも理解しておるし、セロには
「だけどお兄ちゃん、勢い余って試験場壊しちゃったりして!」
……ソフィア、母の不安を煽らないでください。
やはり心配です……! 今からでもこっそりと付いて行っては駄目でしょうか……?
「心配なのは理解できるがな、セロも良い大人だ。私と共にそれなり以上に経験も積んできた。もう少し信じてやってはどうだ?」
「……親バカが過ぎましたね。そうですね、わたくし達が信じてあげなければ……!」
本当に頼みますよ、セロ?
決してやり過ぎないように、会場も模擬戦のお相手も、ちゃんと無事に済ませてくださいね?
「ママ~、あたしそれよりもお腹空いちゃった~!」
「はいはい。朝食の支度をしますから、手を洗ってお皿の準備をお願いしますね」
天真爛漫で快活なソフィアに催促され、遠く見えなくなったセロ達をもう一度振り返ってから、家へと戻ります。
本当にこの子の奔放さときたら……。
恐らくはこの村の明るい気風で育ったがゆえでしょうが、もう少し女の子らしく、お淑やかに教育した方が良かったのではと。そう常々考えさせられます。
容姿はわたくしに、素直さはダルタフォレスに似たとは思いますが、この快活さや奔放さはどこから来たものなのか。同年代の子供達や噂好きの奥様方の影響も、多分に受けているように感じますね。
「ママ、早くぅ~!」
「はいはい、待っててくださいね」
「ソフィアよ、あまり母様を困らせるものでないぞ?」
「はいはい、分かっていますよパパ~」
わたくしの口調を真似て、そう
◇
「子供の頃とは、随分印象が違うなぁ……」
僕達の村から一日ほど歩き、それなりの規模の街へと着いて、狩猟品の売却を済ませてから。
村の日用品や食料品の買い出しは仲間達に任せて、僕は一人で冒険者ギルドに来ていた。
ギルドへは小さい頃……九歳くらいの頃にも母様と来たことがある。
あの時は母様に粉を掛けてきた冒険者達相手に立ち向かったけど、怖くて何もできなくて、凄く悔しかったのを良く憶えている。
あれから、もう十年。十九になった僕は、師匠でもある父様から許可を貰って、再び冒険者ギルドの門をくぐった。今度は父様のお迎えでもなく、好奇心盛りの物見遊山でもなく。僕自身が冒険者になるために……。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。ご用件をお伺いします」
受付のカウンター越しに、若くて綺麗なお姉さんが応対してくれる。
もちろん母様の方がずっと美人だけど、それでも年頃の女性とはあまり接してきてなかったせいか、やけに緊張してしまう。
「え、えっと……冒険者登録をしたいんですけど」
「ご登録ですね。それではこちらの用紙に、必要事項の記入をお願いします。代筆は必要ですか?」
「あ、読み書きは大丈夫です」
受付嬢さんから差し出された用紙に、借りたペンで記入していく。
名前や種族、年齢、出身地、特技など……。全て埋める必要はないとは言われたけど、別に隠して得があるわけじゃなさそうだったから、全部の項目を記入しといた。
種族だけは〝人間族〟って書いといたけど。ここで半人半魔だなんて真正直に書いたら大騒ぎだからね。
父様は魔族だけど、普通に人間族と申請して通ったみたいだから、きっと大丈夫だ。
「はい、セロ様ですね。お歳は十九歳……と。では試験の後ギルド証を発行しますので、試験料と登録料を頂戴します」
「お願いします」
「はい、確かに頂戴しました。半刻後に登録試験が行われますので、時間になりましたら裏手の訓練場へお越しください」
「分かりました。登録試験は試験官との模擬戦闘でしたよね?」
「はい、その通りです。武具はギルドの模擬剣などを無料で貸し出しますが、怪我の治療費は個人負担となりますので、ご注意くださいね」
怪我をしても文句は言うなよ、ってことか。
まあ木剣や模擬剣でも当たれば痛いし、怪我もするだろうしね。そのくらいの覚悟が無きゃ、冒険者なんてやってられないよね。
受付嬢さんにお礼を言ってから、僕は軽く食事を摂るために、一旦ギルドから出て行ったのだった。
受付してから、ちょうど半刻後。
ギルド裏の訓練場には、僕を含めて十数人の登録希望者が集まっていた。
僕よりも若く見える人も居れば、元々傭兵か何かだったのか、堂に入った雰囲気のある
模擬戦でまさか父様の宝剣を使うわけにもいかないので、僕は先に、並べられている貸し出し武具を眺めて回った。
「やっぱり長剣が良いかな、一番慣れてるし。槍や弓も一通り使えるけど……」
お世辞にも品質が良いとは言えない武具類を物色していると、ちょうど手に馴染みそうなひと振りの長剣が目に止まった。
試験に使うならコレかなと、そう思って手に取ろうとした、その時。
「良く集まってくれた、未来の冒険者諸君!!」
時間になったのだろうか、試験官と思しき人達が、ギルドの建物から裏手に位置する試験会場へと出てきた。
全部で五人。落ち着いた静かな雰囲気から察するに、新人を相手するのにも慣れているベテラン冒険者といった感じだ。
その中にひと際静かな佇まいの、線の細い女性が居た。
家族がまだ三人だった頃、旅の最中に聞いた異国の話を思い出す。
このクローネンディア王国から遠く離れた、遠い極東の島国に住む人達の民族衣装――〝着物〟って言ったかな?――を身に纏って、冷めるでも昂るでもない、清らかで静かな湖面のような様子で佇むその黒髪の女性。
つい気になってしまって、そんな彼女を眺めていたら……目が合ってしまった。
「あなた……その剣は……」
普通の人より優れた聴覚を持つ僕だから聴き取れるような呟き声で、そう言った女性は。
僕を見詰めた後、僕の帯剣へと目線を動かし、驚いた様子を見せた。しかし気にはなりはしたけど、それよりも大きな試験官の代表らしき男性の声で、意識がそちらに持っていかれる。
「今日ここに集まった試験官は、皆それぞれ中級以上の実力を持つ現役の冒険者だ。これから君たちと順に模擬戦闘を行い、君たちの現在の実力を見させてもらう。
「勝っても負けても問題は無い。ただし負ける、もしくは研鑽が必要と判断された者は、初級冒険者の下の見習いという位置から活動してもらうことになる。
「逆に勝ち続け、この五人で唯一の上級冒険者である彼女――〝【
あの女性……二つ名まで持っている上級冒険者だったのか。父様も【
そんな彼女と良い勝負ができれば、初級を飛ばして中級から始められるなんて。
これは是非とも、手合わせしてみたいな……!
「それでは、これより冒険者ギルド登録試験を開始する!! 名を呼ばれた者は順に――――」
「待って」
説明を終えた男の試験官が試験の開始を宣言した矢先。彼に紹介されていた当の本人――【涼風】のカナデさんが、僕らの前へと進み出て言葉を遮った。
そして僕達受験者を一頻り眺めてから、その視線はピタリと僕に止まり、剣を扱っているとは思えない白く嫋やかな指を、僕に向けて指し出した。
「彼には既に中級以上の力が備わっている。わたしとこれから手合わせをしたら、今日はもう帰っていいわ」
「「「なっ――――!?」」」
騒然となる試験会場。
それはそうだろう。まさか現役の上級冒険者が、手合わせの前からその実力を認め、しかも中級以上に推挙したんだから。
その当事者である僕は、なんとも居た堪れないんだけれど。うう……、同じ受験者達どころか、他の試験官達からの視線も痛い……!
「カナデ、いくらなんでもそれは――――」
「わたし以外が立ち合っても結果は同じ。彼の実力の一端も測れやしないわ。なら少しでも無駄は省きたいの。わたしだって暇じゃないんだから」
「おまえ……」
だ、大丈夫なのかな……? 先程まで説明していた男性は顔を引き攣らせてるし、他の試験官の人達も睨み付けてるけど……!?
「あなた、名前は?」
そんな鋭い視線もどこ吹く風といった様子で、淡々とした口調で僕の名を尋ねてくるカナデさん。
訊かれたからには答えないわけにもいかず、僕は少しの躊躇いの後、口を開く。
「せ、セロです……」
「そう、よろしくねセロ。ところでその腰の剣、【紫閃】が持っていた物に良く似ているのだけれど……」
「……上級冒険者、【紫閃】のフォーレスは僕の父です。この剣は、父であり師であるフォーレスから受け継ぎました」
「…………そういうこと……」
一瞬寂しそうに目を伏せたカナデさんだったけど、すぐに視線を上げてまた僕を見詰めてくる。
……あ、これもしかしなくてもこの
「わたしがまだ駆け出しの初級冒険者だった頃、彼に命を救われた事があるの。そうね、十年くらい前だったかしら。それからわたしは死に物狂いで鍛練を重ねてきたわ」
そう語りながら、自身の腰から自前であろう武器を抜き放つカナデさん。
いやこれ、完全に試験の流れ無視しちゃってるけど、大丈夫なのかな……?
だけど僕としても、武器を手に闘気をぶつけてくる人に対して無防備では居られない。彼女が抜いた反りの美しい剣――極東の戦士が持つ、〝刀〟って言ったっけ? 父様が好きで何本か持ってたなぁ――が醸し出す雰囲気も、僕の危機感を否応無く刺激してくる。
僕は先程選んだ模擬剣ではなく、父様から譲り受けた宝剣を鞘から抜いて中段に構えた。そうしてから、普段は周囲を威圧しないように抑えている魔力を段階的に解き放ち、臨戦態勢をとる。
「いつか恩を返そうと努力して……あわよくば一緒に冒険をと思っていたけれど、残念だわ……。だからせめてもの恩返しとして、彼の忘れ形見であるあなたの力をわたしが観てあげるわ」
「それはどうも。ただ勘違いしないでほしいんですけど、父は――――」
「皆まで言わなくていいわ。分かってるから」
何を分かってると言うんだろう。父様が死んだと思い切り勘違いしているのに。
しかし彼女が魔法の詠唱を始めてしまったことで、もはや会話の余地が無くなってしまった。
仕方がないので会話は諦めて、さらに魔力を練り上げて高め、彼女の動向を注視しながら、僕も魔法を構築していく。
相手は父様と同じ上級冒険者……しかも二つ名持ちだ。決して油断せず、最初から全力で戦うのみだ。
僕は抑えていた魔力を全て解放して、父様との立ち合いの時のように本気で戦うことを心に決めた――――
「あ、コレ無理」
「…………はい?」
――――というのに、カナデさんは急に構えを解いて、闘気どころか刀まで鞘に納めてしまった。
「無理。彼と戦ったらわたし死んじゃう。セロくん合格」
「「「は、はぁぁぁぁッ!!??」」」
試験会場に、僕を含めた全ての人が上げた声が響き渡る。呆気に取られた僕を尻目に、カナデさんはヒラヒラと手を振りながら。
「あ、でも一応冒険者としての心構えはちゃんと学んだ方が良いわ。実力は文句無しに上級以上だけど、そういう訳だからちゃんと中級から頑張りなさいね? さっ、それじゃギルドマスターに一緒に挨拶に行きましょう」
そう言って微笑を浮かべながら、僕を促して会場から去ろうとするカナデさん。
えっと…………なんだか良く分からないけど、登録試験に合格できたみたい……です……?
これ、父様や母様になんて話せば良いんだろう……?
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