人魔戦後歴十六年 世界が祝福を受けた日
「――――女神メイジェルフォニアの
人界の……人間族の子供は十五歳になると、晴れて成人と見なされます。
その年には教会へと参拝し、同い歳の子らと共に祝福を授かる〝成人の儀〟が執り行われます。
ですがわたくし達の村には教会はありません。宣教師や巡礼の修行僧も滅多に立ち寄らない辺境なので、恐れ多いことですが毎年わたくしが神父様の代役を務め、村の大樹の下で子供達を祝福していました。そして、今年はそう――――
「それでは、今日この日より新たな歩みを踏み出す子らよ。一人ずつ進み出て、祈りと誓いの言葉を捧げなさい。
「はいっ」
今年はとうとう、わたくし達の息子のセロが成人を迎えたのです。
なんとも時の経つことの早いこと。わたくし
子供達の保護者として参列している父兄方と一緒に、夫である彼も感慨にふけっている様子です。
あらあら、そのように涙ぐんで。【凶乱の魔王】ともあろう人が、子供の前では形無しですね。そのようなお顔をしていては、抱いているソフィアに心配されてしまいますよ?
「この愛すべき
わたくし達の愛しい
セロが十五歳、ソフィアが五歳となった春の麗らかな日和に。新たな門出を迎える子供達が、大人の仲間入りを果たしたのでした。
成人を祝う宴は、今なお夜遅くまで続いていました。
豊穣を祝う秋の祭りと並んでこの日だけは、小さな子供達も夜更かしを許され、それぞれの親の見守る中で思い思いに宴を楽しんでいます。村の奥様方が持ち寄った数々のお料理に舌鼓を打ち、広場の中心では人が輪になって踊っていました。
わたくしの膝に抱かれた妹のソフィアも眠気に打ち勝とうと、ゆったりと舟を漕いでは起きてを繰り返しています。
「あの小さかったセロが、もう大人だとはな……。人の成長というものは、これほどまでに目まぐるしいものなのだな」
「旦那様、先ほどからそればかりではないですか。酔ってらっしゃるのですか?」
「茶化すな、我が愛しい妻よ。其方にも随分と苦労を掛けたと、そう思っている」
「苦労などと考えたことなど、一度もありませんよ。全てが新しい事で、驚きと喜びに満ち溢れていましたから」
普段よりも随分とお酒の入った様子のダルタフォレスが、狩人仲間達の輪から抜け出して、わたくしの隣りに腰を下ろしました。
喜びもひとしおといったそのダルタフォレスの雰囲気には、わたくしも大いに賛同します。本当に、子の大きくなることのなんと早いこと。
そのようなことを考えるほどには、少しは大人としての貫禄も付いてきたのでしょうか。わたくしももう三十四となり、世の中の親の気持ちというものをようやく理解ができた、と。そんな心持ちでした。
「む、我が家の姫はもう眠いようだな。どれ、私が家で寝かしてこよう」
「ありがとうございます。ソフィア、父様と一緒にお
「んぅ~、やぁ~! ママと一緒がいいのぉ~」
「くっ……!?」
あらあら、なんと可愛らしいのでしょうねこの子は。ですがソフィア、そのように言っては父様がショックを受けてしまいますよ? ほら、このように。
「それでは旦那様、セロに父と母は先に帰ると伝えてきてくださいますか? あまり遅くなり過ぎないようにとも。わたくしはそれまで待っていますから」
「……うむ。酒もほどほどにするようにとも伝えてこよう」
あの戦乱を巻き起こした魔王が、丸くなったものですね。コロコロと表情を変えるその様子からは、当時魔族をその圧倒的な力でもって支配していた彼とは、結び付けるのが難しいほどです。
人間族だからと見下すこともなく、屈託なく村人達の中へと溶け込んでいくダルタフォレスを見ていると、ついわたくしも感慨深くなります。
子の力とは本当に偉大ですね。セロやソフィアが居なければ……わたくしもダルタフォレスも、このように穏やかに暮らしてなどいられなかったでしょう。
――――子の力といえば。
この村をヒュージウルフの群れが襲った際に、セロが暴発させたあの力と被害については……わたくしとセロが群れを引き付け、そこへ間に合ったダルタフォレスが加勢し、一挙に焼き払ったのだと説明をしました。
彼の強さは村人達には周知の事実でしたし、本人も村の異変を感じて独り先行して帰還していたことも功を奏しました。皆それを信じて下さり、わたくし達の息子が起こした惨事は、なんとか秘匿することができたのです。
皆が必死に魔物から逃げ惑い、人の目が無かったことも幸いしました。
たった十一歳の子供が、魔物の群れ諸共に村の一部を焼き払ったなどと、一体誰が信じられるでしょう。おかげでセロの強大な力の暴走は知られることもなく、異端として畏怖されることも迫害されることもなく、あの日の訓戒を胸にこうして立派な大人へと成長できたのです。
「待たせたなジーン、ソフィア。さあ、家に帰って休もう」
「ええ、フォーレス。ソフィア、もうお家に帰りますからね」
「はぁ~い」
愛する
焚かれたかがり火の火の粉と共に、遅くまで夜空に舞い踊っていたのでした。
◇
セロが成人となった、明くる日の朝。
今日も今日とて、父と子の剣の手合わせが、変わることなく行われていました。
「はあッ!!」
幼い少年の頃とは比べ物にならない鋭い踏み込みから、気合と共に繰り出されるセロの剣。
師としてその剣を受けるダルタフォレスでしたが、傍から見ているわたくしの目にも明らかに、最初の頃よりも余裕が無くなっているのが分かります。
それだけでなく。
「【
「……【
剣だけでなく、今や戦闘中に激しく動きながらの魔法の行使まで円滑に、的確に行えるようにまで成長しているのです。
魔力暴走を起こしあわや大惨事となりかけたあの出来事から、セロはより一層真摯に訓練に取り組んできました。慢心を捨てさらに剣を振るい、魔力の制御に磨きを掛け……贔屓目なしに、実戦を知るわたくしやダルタフォレスほどとはまだ言えませんが、一端の騎士や冒険者を超えるほどの力を有していると断言できます。
扱える属性もやはりこれも血筋なのか、父であり師でもあるダルタフォレスと同じように、土水火風の基本となる四属性は当然のこと、それ以外の光や闇、氷など、全ての魔法に適性がありました。わたくしの素養も引き継いだため光属性や神聖術の才能もあり、攻守共に隙の無いその才能に戦慄するばかりです。
つまり……
「【
「くっ……!」
セロが放った光属性の魔法を、あわやといった様子でダルタフォレスが回避します。転移魔法まで使用したということは、つまりそれほど彼が本気を出しているということでしょう。魔族である彼では光魔法や神聖術への対抗手段は、闇魔法で相殺するか避けるかしかありませんからね。
転移によってセロの背後を取ったダルタフォレスが、訓練用の木剣を一閃させます。
死角から振るわれたそのひと振りは、セロの首筋でピタリと停められました。
「参りました……!」
「うむ。腕を上げたな、セロよ」
セロが降参したことにより、師弟の稽古が終了します。
旦那様? そのように言ってはいても、内心焦っていたのではないですか?
笑顔が引きつっていますよ?
親子揃ってタオルで汗を拭いながら、見学していたわたくしとソフィアの元へと歩み寄ってきます。
「二人とも、お疲れ様でした。セロも、もう一人前と言っても良いほどの戦士になりましたね」
「本当ですか!? 母様にそう言ってもらえるなら嬉しいです!」
「うむ。あとは実戦経験を積みさえすれば、もはやどこに出しても恥ずかしくない腕前にはなったであろう。良くぞ私の訓練に音を上げなかったな。それだけでも、父としても師としても、とても誇らしく思うぞ」
「父様……! ありがとうございます!」
訓練が終わればただの父と子。ダルタフォレスに頭を撫でられたセロは、はにかみながらもとても嬉しそうに顔を綻ばせました。
成人したとはいえ、まだ十五ですものね。そうでなくても、やはり他の奥様方が仰る通り、子はいつまでも子であるということが良く理解できる光景でした。
「さて、セロよ。其方も随分と腕を上げ、心身共に強く成長した。そろそろ私と共に狩りに赴き、実戦を重ねていこうと思う。異論はあるか?」
朝食を済ませ落ち着いた空気の中、ダルタフォレスがそう話を切り出しました。
わたくしとは既に話し合った末の提案なので、もちろんわたくしには否やはありません。あの魔力暴走を経てから、特に精神面での成長が著しく、母としても反対する理由もありませんからね。
「良いのですか!? ぜひ行きたいです!!」
喜色満面といった様子で。花が咲いたかのような笑顔で、セロが瞳を輝かせます。
やはり父親に認められるということは、息子にとってはよほど嬉しい事なのでしょうね。
「その意気や良し。であるならば、そろそろ其方にもしっかりとした武器を与えたいと思う。これを受け取るが良い」
「え、これは……っ!?」
師から弟子に――父から子に差し出されたそのひと振りの剣は、かつてよりダルタフォレスが愛用し続けていた宝剣でした。それこそ聖剣や魔剣といった伝説級の武器でもあり、魔力の浸透性も高く魔法の発動の補助具としても使える大業物です。金銭で手に入れようとするならば、恐らくは小国の国庫が傾くほどの値が付くでしょうね。
「もはやこれも、私には過ぎた物であるしな。それよりもこれからその腕を揮い研鑽を積む其方にこそ、ふさわしいであろう」
「……っ……!」
予想だにしていなかったのでしょう。
目の前に差し出された宝剣を凝視したまま、セロはあまりの驚きで固まってしまいました。
「セロ、心して受け取りなさい。それは父として、師としてあなたに与ける信頼でもあります。あなたが道を踏み外さず、己の誇りから目を背けないだろうと信じたからこそ、父様はそれをあなたに授けるのですよ」
偉大な父の愛剣を手にすることに恐れを抱いたのか。逡巡するセロに自信を持つよう、そして父の思いを代弁するように、わたくしもその背を押します。
やがて、その未だあどけない顔に覚悟の火を灯して。
セロは、恭しく両手で戴くようにして、父の宝剣を手にしました。
「父様や母様の信頼を損なわないよう、これからもより一層精進します。父様……ありがとうございます!」
「うむ。其方の益々の飛躍を、私や母様に見せてほしい。期待しているぞ」
「はい!!」
ただそれだけのやり取りであったというのに、つい先ほどまでとは見違えるほど精悍な顔付きとなったセロ。
これが、一人前になることかと。
親バカかもしれませんが、わたくしはそう思い、嬉しくなったものでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます