人魔戦後歴十年 世界が守るべきものを得た日
「たぁーーーッ!!」
「よし、良い踏み込みだ。次はもう少し手首を締めて打ち込んでみよ」
「はいっ!」
強くなりたいというセロの願いを受けて、その翌日から毎朝、父であるダルタフォレスによる剣術の指南が始まりました。
最初は基礎を固めるため、素振りや型を教え込んでいたのですが……やはり血統による素養の高さでしょうか。基礎段階はすぐに身に付けたセロは、早々に対人の訓練へと移行して、その才能を伸び伸びと開花させつつありました。
「目先の仕草に惑わされてはならぬ。虚実を見極め、その都度最適な動きを導き出せるよう身体に染み込ませるのだ」
「はい!」
旦那様? 未だ九歳の子に
というかセロもセロで、普通の子供であれば耐えられそうにないような厳しい指導にもめげず、よくも毎日続くものです。
わたくしは基礎体力と自己防衛の訓練を終えてからは、神聖術を駆使してひたすらに実戦で鍛えていたので、正直他者に教えることには向いていません。剣術ともなれば完全に門外漢ですしね。
男の子ゆえか剣術に憧れるのも理解はできるのですが、この調子で成長しては将来どれほどの実力を身に付けるのか、空恐ろしいものを感じますね。……まあ、師が魔王であるダルタフォレスでは、仕方のないことかもしれませんが。
「よし、今日はこの辺りまでとしよう。今の
「本当ですか!?」
「ああ、それは師である私が保証しよう。だがくれぐれも調子に乗ってはならぬ。実戦は私が許可をするまではしてはならぬぞ?」
「はい、
「うむ。良い返事だ」
いえあの、ダルタフォレス……? 普通九歳の子供はゴブリンに圧勝しませんからね?
言葉遣いを改めさせ、訓練中は〝父〟ではなく〝師〟と仰がせて、少々厳し過ぎるのではと思っていましたが……予想の遥か上を行く鍛え方に不安ばかり大きくなってしまいます。
これとは別に魔法の訓練も行い、さらにはわたくしから神聖術の手解きまでしているこの現状に、やり過ぎな感が否めないのは、わたくしだけでしょうか……?
まあ、セロの熱意に負けて真剣に指導しまうわたくしも、
「旦那様、セロ、お疲れ様です。訓練が終わったのなら汗を流してきてくださいね。お食事にしましょう」
「はい、母様!」
「うむ」
日課の朝の剣術訓練を終えた二人に声を掛け、朝食の支度を整えます。
セロが妹を欲し、ダルタフォレスと再び褥を重ねてからだいぶ経った今ですが、わたくしのお腹は随分と大きくなってきました。そのため三年続いた旅を切り上げ、現在はセロを生んだあの村へと帰郷するため、ゆっくりと移動を繰り返しています。
なんだかんだとは言っても、わたくしもダルタフォレスも、そしてセロも。六年余りを過ごしたあの村が気に入っており、腰を据えるのであればやはりあそこが良いと、話し合って決めたからです。故郷を想うとはこういう気持ちなのかと、家族三人で温かな気持ちになりましたね。
都市や町村を渡り歩き、時には野営もこなしながら、わたくし達家族はゆっくりと、〝故郷〟へと帰っていきました。
◇
「ジーン!? ジーンじゃないか!! そっちはセロかい!? あれまぁ、こんなに大きくなっちまって!!」
「奥方様、随分と無沙汰をいたしました。厚かましくもまた頼らせていただきたく、帰って参りました」
「なんだい、水臭いじゃないのさ! あたしゃすっかり腰が弱くなっちまって、昼間の話し相手に困ってたんだからちょうどいいさね!! よく帰ってきてくれたねぇ。そのお腹は二人目だろ?」
「はい、セロに弟妹を求められたもので。やはり産んで育てるなら……慣れ親しんだこの村が良いと」
三年ぶりの再会となる村長夫人へとご挨拶に伺い、これまでの旅路と帰郷の
奥方様は腰を悪くしてしまい、長い時間起きていることが難しくなっているようでした。今は調子が良い時以外は床に入り、養生して過ごされているそうです。
「おやまぁ、泣けること言ってくれるじゃないのさ。こんな何にも無い田舎村を気に入ってくれて、あたしゃ嬉しいったらないよ。あんた達の家は定期的に手入れして、そのままにしてあるんだよ」
「そんな……帰るかも分からないというのに……。大変なお手数をお掛けしました」
「いいんだよそんなの。実際こうして帰ってきてくれたじゃないのさ。そうかい……冥途に行く前にまた新しい赤ん坊の誕生が見られるだなんて、こんなに嬉しい土産は無いねぇ。もう近そうなのかい?」
「そのような気弱を仰らないでくださいな。ええ、もう近々に、産気づくと思います」
「そうかいそうかい。こりゃあたしも気合い入れて、腰を治さないとねぇ……!」
お顔の
お年を召しただけとはいえ、たった三年という間にこうも変わってしまうものかと。寂しさと悲しさで、わたくしは少し胸が痛みました。
布団の掛けられた奥方様の脚に、安心したようにセロが抱き着いています。
思えば、わたくしも旦那様も両親が居ないせいで、セロにとっては村長夫妻が祖父母のような存在でしたね。久しぶりに会ったお婆ちゃんに甘えるように、膝に頭を乗せて優しく撫でられています。
「いつまでになるかは定かではありませんが、またご厄介になります」
「遠慮するんじゃないよ。あんたも旦那のフォーレスも、それにセロも。大事な村の仲間で、家族みたいなモンじゃないのさ。まあ……あたしの腰を治してくれりゃあ文句は無いさねっ」
「まあ……! それでは早速、腰を診てみましょうか?」
「おやおや嬉しいねぇ。手ぐすね引いてる村のみんなにゃ悪いが、しばらくあたしがジーンを独占させてもらおうかねぇ!」
かんらかんらと。竹を割ったように豪快に笑い声を上げながら、わたくし達家族を歓迎して下さる奥方様。
帰ってきたのだと、わたくしは心の底からそう実感し、胸の中が温もりで満たされたのでした。
――――そうして。
村に里帰りを果たしてからひと月も経たない、良く晴れた昼日中に。
「ほぎゃあ! ほぎゃあっ!!」
「産まれたか、ジーン!」
「母様、大丈夫!? 赤ちゃんは!?」
「はいはい、男どもはもうちょい落ち着きなさいな! ほぉら、かわいい女の子だよ!!」
「おお!」
「うわぁ……!!」
帰ってより再び村の癒し手として治療を行って過ごし、特に手厚く診させていただいた村長夫人に再び取り上げを手伝ってもらい……第二子となる、セロの妹が誕生しました。
二度目ということでわたくしもだいぶ心構えができていたのか、初産の時ほど苦しい思いはしないで済みましたが……それでもやはり出産というものの痛みや苦しさ、そして疲労は、随分とわたくしを
「母様、父様すごい! 僕に妹ができました!!」
「そうだな息子よ。だが少し静かにしよう。母様は疲れているのだからな」
「あっ……! 母様、ごめんなさい……!」
まあまあ、そんなことを言って。ですがダルタフォレス? 貴方こそだいぶ興奮なさっているじゃないですか。二人ともそのように不安気なお顔をしなくても、わたくしは大丈夫ですよ。
奥方様から娘を受け取り、抱いてあやす旦那様。そして父に抱かれる妹の顔を覗き込み、瞳を輝かせる息子。
タオルで汗を拭いながら、家族の温もりに満たされながら、わたくしはそんな二人を眺めます。
「ほらほら、いつまでも独占してないで! 頑張った嫁さんに抱かせておやりよ!」
「お、おお! そうだな、済まないジーン。其方に良く似た、とても見目の良い娘だぞ」
「母様、僕も! 僕にも抱っこさせてください!!」
なんとかベッドに身体を起こし、ダルタフォレスから産まれたばかりの娘を受け取ります。横抱きに抱え顔を覗き込むと、泣き喚いていた娘が目を開きました。
真紅の右眼と、金色の左眼。兄であるセロとは逆ですが、この子もわたくしとダルタフォレスの、それぞれの瞳の色を受け継いでいました。
瞳に映り込んだわたくしの顔……頬を、セロの時と同じくまた、涙が伝いました。
この子の名前は、そう――――
「ソフィア、わたくしの娘……。よく頑張って、わたくし達の元に産まれてきてくれましたね……」
「ソフィアか……良い名だな。セロよ、兄として
「はい父様! ソフィア、僕がお兄ちゃんだよ! よろしくね!!」
わたくしとダルタフォレスとセロ、たった三人の家族に、新たな一員が加わった日でした。
この子もまた兄であるセロと同じく、聖女と魔王の子供。わたくしと旦那様の素養を受け継ぎ、兄と同様に数奇な運命をその身に宿して、成長していくのでしょう。
一仕事終えたと言わんばかりに、快活な笑みを浮かべる村長夫人に労われ、そんな彼女を送り出してから。
四人となったわたくし達家族は、その日はずっとベッドに集まって、親子で語らっていたのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます