第2話 エートル王都

 「…あ、そうだ。フィル」

 忘れていたことがあった。忘れてはいけないことなんだけどな…フィルを僕以外の誰かと会わせるときは…いつもやらないといけないことがあった。異世界だからといって生命ぐらいは存在しているはずだろう。人間の僕が生きられているぐらいだから他の生命も生きられる環境のはずだ。酸素も十分あって大気も厚すぎず、薄すぎない。…生命が活動するにはうってつけの環境だ。

 「何?ご主人さま」

 「頭巾被っておいて。機械人形だと知られたら大変なことになるかもしれないから」

 僕達がいた世界でも機械人形は珍しい。珍しいというかおそらくフィル一人しかいない。物珍しさでマスコミに報道されて、全世界から頼りにされるのは嫌い。僕は僕のために研究したいだけ。発明したいだけ。だから僕がフィルという発明品であり、僕の相棒兼親友の正体を知られないように頭巾を被らせている。

 フィルは顔の見た目こそ人間だけど、頭にはフィルの頭脳を司る部分がある。そしてアンテナとか色々頭にあるため彼女の頭を見るだけですぐに人間ではないと気づかれてしまう。もしかしたらこの世界が機械人形だらけなのかもしれないけど今はそれが分からないから、安全策で…というか慎重に行動していく。

 「…分かった」

 頭巾をかぶれば頭部の機械は見えないから人間だと錯覚する。フィルは顔以外のすべての部分を隠している。タイツを履かせているから足もロクに見えない。顔は人間だけど体の殆どは機械。…そんな状態を見られたら混乱される。僕のためという理由もあるけどね。

・・・・・・・・・・

 「…ん?ここ…水に沈んでいる?」

 まるで水の都であるヴェネツィアだな…。あれほどまでに水に沈んでいるわけではないけど…だけど道に水が溜まっている。まるで大雨が過ぎ去った後のような状態だな…。

 「…水の成分」

 「酸性ではないと判明しているから解析しなくていい」

 「分かった。そもそもご主人さまが水に足を入れることが出来る時点で酸性じゃない」

 弱酸性の場合、話は違ってくるけどな。弱酸性の水は肌のケアとかに使われるとか聞くし…だけどこんなに長くつけたらいくら弱酸性とはいえど僕の足が溶けそうだけど…。でもまぁ、弱酸性のお風呂があると聞くし、問題ないかな。強酸性だったらやばそうだけど。やばそうじゃない。絶対にやばい。酸性雨が降った後になるぞ、それならこの光景は。

 「…動きにくいけど町…というより都か?ここに入っていこうか」

 「フィル、動きにくい」

 「耐えて」

 「分かった」

 なんだか片言になっているような気がする。…あぁ、消費電力を削減しているのかな。いつも少しだけ片言だけど、人間のように喋っていた。…流石にそろそろ電力がやばいのかな。やばくないとはいえ、この世界でフィルが適応出来る電力が確保出来るとは限らない。出来ると言ってもだいぶ時間がかかる。…これは…改造しないといけないのかな。メモリー部分は何も手は加えないけど。

 「…船あるのか?今めちゃくちゃ船がほしい」

 「分かる」

 「水棲の一族でも住んでいるのか?それだったら湖に住めばいいのに」

 「…」

 …低電力消費モードだから無理に喋らせたらだめだな…改造するにしても電力ではない別のなにかを動力源にする必要性があるなぁ。…それにいちいち充電していたら肝心な時に動いてもらわないと困る。…僕達がいた世界では実現することが出来ていない「永久機関」を作る必要性があるな。…発明できるだろうか。ま、頑張るしかないんだろうけどね。

 「…それにしても寂れ…」

 何か言おうとしたらいきなり路地裏から襟を掴まれて引っ張り出された。襟引っ張られるのこれで2回目なんだけど?絞首で死ぬってとても辛いらしいね。…死ぬ予定ではないんだけどなぁ!?

 「ご主人さま!?」

 フィルも後を追ってきた。僕を引っ張っている誰かは路地裏の奥に走っている。…え?これが俗に言う「誘拐」?身代金要求されるやつ?フィルに?…僕達お金持っていないんだけど。両親も小さい頃に死んでしまったし…そもそもフィルって身代金…いるか。

 「はぁ…はぁ…」

 絞首から解放されて僕は僕を引っ張っていた人物の方角を見た。…若い女性だった。だけど髪色が黒髪や茶髪など僕達がいた世界ではありふれた髪色ではなかった。…紫色の髪の毛で落ち着いた雰囲気を持つ女性。それなのにどうして僕の首を引っ張ったの…?

 「ご主人さま、離せ」

 低電力モードで片言になっているけど…確かに離してもらわないと困る。…行動次第では強引に離れないといけないかもな…。

 「は…離しますから…ちょっと待ってください…。あの…大通りには出ないでください。あと…この人に…近づかないでください」

 僕は離れてもいいと言う言葉を聞いた瞬間、フィルのところへ行った。大通りには出ない。この女性が言ったからというのもあるがなんだかヤバそうな気配を大通りから感じたというのもある。

 「…君は誰ですか?いきなり僕を引っ張るなんて」

 「…だ…大丈夫…なんですか?」

 …はい?質問に答えていないんだけど。しかも、大丈夫…って?何の心配…?もしかしてフィル…あ。

 「フィル、頭巾取れてる」

 「…ごめん」

 走ったときの風圧で頭巾が取れてしまったのか。再度頭巾を被るよう言う。…大丈夫なのかと言っていたのはフィルがいたからか。

 「…その子…機械族ですよね…?種族序列五位の…機械族…」

 どうやらこの世界にはフィルと似たような種族がいるみたいだ。同胞…ではないかも。構造が違う可能性だってあるからな。というか種族序列ってなんだ?強さの序列ならこの世界には機械族の他に多彩な種族がいるということになるけど…。

 「フィルは僕の相棒だから問題ないですよ。…機械族ではないと思いますけどね」

 「でも…体が機械じゃないですか」

 「構造が多分違いますよ。というか僕の質問に答えてくれませんか?」

 フィルに怯えて答えをはぐらかさないでくれるとありがたい。話が一向に進まないし、状況把握が遅れる。フィルに怯えるのはやめて僕の質問に答えてほしい。

 「…えっと…引っ張ったのは…魚人族と鉢合わせになるからです」

 魚人族?人魚とかそういう類か?それとも都市伝説という類か?…あ、だからこの都…道が水に沈んでいたのか。魚人族とか言うぐらいだから水棲の一族で水はその種族にとっては空気も同然なんだろう。むしろ水がないと生きていけないぐらいなのかな?…それは流石にないか。

 「ここって魚人族の都だったのか…」

 「あ、違います…。元々ここは人間族の都だったのですが…魚人族に侵略されて…こんな有様に…」

 …あ〜…魚人族に支配されているということ?植民地のようなものになっているのかな…この土地。人間族…それは僕と同じような種族ということか。そして機械族…本当に多彩な種族いるな。

 「…ご主人、モバイルバッテリー…ある?」

 「え?あ…今何%だ?」

 「60%」

 「まだ貯蔵電力あるじゃないか!?」

 なんでモバイルバッテリーあるって質問したの?貯蔵電力がもうないって思ってしまったんだけど!?心配して損した…。でもまぁ…モバイルバッテリーを持っているかどうかの確認をしたかっただけかもしれないけど…。…勘違いする言い方はやめてくれぇ…。

 「モバイルバッテリー満タンだから。ちゃんとバックにあるよ」

 いつも僕は小さなカバンをつけている。モバイルバッテリーというフィルの動力である電力を貯蔵するためのバッテリー。外に行くときはいつもつけている。…あれ?僕…部屋にいたはずなんだけど…あ、近くにカバンがあったから咄嗟に手を伸ばしたのかな?…よかったなぁ、持っていて。

 「…機械族…」

 「大丈夫。一応不用意に襲わないようにしていますから。というか君は誰ですか?僕は七瀬繋。この子は…」

 「フィル・ニュマン」

 「…あぁ…えっと…私はリーヴル・パラディです。…エートル大図書館の館長を務めています…。あの…すいません…失礼なことを…言ってしまい」

 …謝るのはいいけどいつまでもここで会話するわけにはいかないよな…。この世界の情報を集めたいし…というか知らないとだめだな。…音声言語は一致しているから文字が違くてもコミュニケーションは取れそうだな。言語を覚えるのにも時間はあまり消費しなさそうだ。…リーヴル…図書館の館長って言っているよな。…そこならこの世界の情報を効率よく集められそうだ。…そうなると僕が次に取る行動は。

 「リーヴルさん。僕達をエートル大図書館に連れて行ってくれませんか?」

 「え?…い…いいですけど…」

 「ありがとうございます」

 「こっち…です…」

 エートル大図書館…「エートル」…確かフランス語で「人類」という意味だったよな。ここは人類の都…というより支配下にあった土地だとされていたのだけど…まぁ、今は魚人族に…。…ということは「エートル」というのはこの土地の名前か?土地というより都の名前だな。

 「ご主人さま…看板」

 「…読めない」

 「それは…エートル王都と読みます。…というか文字が…読めないのですか?」

 そりゃあ異世界に来たばかりだもんなぁ…。異世界の文字が僕達のいた世界と同じというのはあんまりないと思うからな。…日本語って日本の色々な言語を参考にして…作った言語だもんな。日本もなければ他の国もない。…そんな状態で同じ文字なら笑える。

 「…すいませんね」

 「い…いえ、謝らなくてもいいんです…」

 …こりゃあ時間かかりそうだ。

 「ご主人さま」

 「どうした?」

 「図書館行って、どうする?」

 「情報収集。…終わったら行動を開始するぞ」

 「…分かった」

 さてやっと解析することができそうだ。

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