第46話 杠葉聖響

 凛空が皐月家に行っている間、悠莉は神戸に来ていた。


 もちろん一人ではなく、大阪校一年の杠葉聖響と一緒に来ていた。


 なぜこうなったのか。

 それは、数日前に遡る。



 学校選終了後。


「悠莉、」


 悠莉は誰かに呼び止められた。


「どうした? 聖響」


 悠莉を呼び止めたのは杠葉聖響。悠莉とはちょっとした知り合いだった。


「俺……本当の両親……知りたい」


 聖響は悠莉にそう言った。


 聖響は自分の生みの親を知らない。でも、自分が魔力を持っているということは、親から何かしらの遺伝があったということ。聖響はそう考え、自分の親を知りたいと思った。


 自分がどんな理由で手放されたのか、その理由が残酷であっても――


「じゃあ、ちょっと調べてみるよ。何かわかったら連絡する」


 悠莉は聖響の意思を理解し、そう言った。


 悠莉は聖響の命の恩人だし、聖響を魔術師にしたのは悠莉だ。

 だから聖響は悠莉に相談したし、悠莉は動こうと決めた。



 それから悠莉は、聖響の育ての親の遺品を調べた。

 そこで見つけた資料を基に、関西のことについては悠月の方が詳しいと、悠月に調査を依頼した。


 悠月はすぐに調べ、その結果を悠莉に渡した。

 それが凛空と三人でたこ焼きを食べたあの時だ。あの時の封筒の中身がそれだ。



 そして今日、悠莉と聖響は神戸にやって来た。



「本当にいいのか? 何言われるかもわからない。どんな結果になるかわかんないぞ?」


 悠莉は聖響にそう言う。


 聖響は過去の記憶を思い出してしまった。前にも、同じことを言われた。意味は違うけど、同じ言葉だった。



  ◇  ◇  ◇



 ある日のこと。



 僕はまだ大きいランドセルを背負って、家に帰って来た。


 家のインターホンを押しても、何も返事がない。いつもなら、誰かしらいるはずなのに。それに、今日はお父さんの仕事が休みって聞いてたし……


 僕は家の門を開けて中に入り、ドアの前まで来てみた。


 家の敷地の外にいるより、まだ中にいる方がマシだと思った。


 少し寒くて、外で待っていられそうになかったから、ダメもとでドアを引いてみた。


 すると、鍵はかかっていなくて、ドアは簡単に開いた。


 ドアを開けると、中から変な臭いがして来た。何だか変で不気味な気配もするし……


 家の中に足を踏み入れると、床には血だまりができていて、妹の徠明らいあが倒れていた。


「徠明……!」


 徠明に駆け寄ると、徠明はもう息をしていなかった。


 顔を上げて、部屋の方を見てみると、そこにはお父さんとお母さんが倒れていた。


 そして、その奥には――


「か、怪物だ……」


 人の形をしているけど、肌の色が人間じゃないし、筋肉がすごくてなんか怖いし、破けているのか何なのかわかんないけど、その間から、痣のようなタトゥーのような何かが身体にあるのが見える。


 あと、表情から感じられるのは、明らかに狂気だ。


 怖い。


 それしか考えられなかった。

 僕は恐怖で完全に動けなくなっていた。


 怪物は僕にどんどん近付いてくる。


 僕……もう死ぬんだ……


 誰か助けて……


 誰か……!


 声にならない叫びなんて、誰にも届かない。


 ここで僕は死ぬんだと、もう諦めていた。


 誰か、見つけてくれるといいな……


 そんなことを考えながら。


 この歳で考えることじゃないと思うけど。


 怪物が僕の胸ぐらを掴み上げ、上に持ち上げた。


「うっ……」


 苦しい。でも、もう、しょうがない。


 その時、何かが閃光のように現れ、怪物が崩れ落ちて消えた。


 僕は床に落とされたけど、まだ生きていた。


「生き……てる……」


 僕は思わずそう呟いていた。


「君の家族、助けられなくてごめん」


 その『閃光』は、僕にそう言った。


 ほぼ同い年くらいにみえるのに、何をしたんだろう。

 何でここに来て、僕を助けてくれたんだろう。


「ここは危ないから、一旦離れよう」


『閃光』はそう言って、僕の手を引いて家を後にした。



 それから俺は、魔術師という存在を知った。『閃光』は魔術師で、あの怪物は魔術師の敵。だから助けに来れて、怪物を倒したらしい。

 そして、どうやら俺にもその才能があるらしい。


 両親も妹も死んで、隠していたものの中から、俺が養子だということもわかった。妹も同じく養子らしいけど、俺との血縁関係は無いらしい。


 俺には親戚のようなものはいない。二人は駆け落ちのように結婚し、縁も切れたに等しかった。どんな人かも、連絡先も知らない。

 俺がどんな風に養子になったかは知らないが、この先施設にでも入れられるのだろうと思っていた。


 でも、俺が連れて行かれたのはそこそこ大きなお屋敷だった。


 俺は魔術師の中での良家、六系家に属する桜花家に引き取られた。


 六つある六系家の中で、なぜ桜花家だったのかはわからないが、誰かに引き取ってもらえるに越したことはない。



  ◇ ◇ ◇



「……うん。大丈夫。どんな結果になっても、どんな過去があっても。もう、大丈夫」


 聖響からは、強い意志が感じられた。


 悠莉はその意志を感じ、聖響にあるものを手渡した。


「これは?」

「調べる時に、遺品の中にあった」


 悠莉が聖響に手渡したのは、ある手紙だった。


 宛先は書いておらず、送り主の名前は『お母さん』。不思議な手紙だった。


 聖響は封筒を開き、中の手紙を見る。


 中には、こう書いてあった。



  私の赤ちゃんへ

 この手紙を読んでいるということは、迎えに行くことができなかったということだと思います。そして、真実も知っていることでしょう。


 まず、謝らせてください。ごめんなさい。


 今、私は高校二年生です。同級生の彼氏との間に、あなたを授かりました。

 無理やりとか、そういうわけではないですが、高校生の段階では、とても育てられません。

 おろすにもおろせず、産むしかできませんでした。


 育てられるようになるまで、という期限付きの養子があるらしいので、それであなたを預けようと思っていますが、この手紙が読めるようになったころまで迎えに行けなかったのは申し訳ないです。


 何を今更。と思われていても構いません。


 今あなたが幸せなら、それでよかったと思います。

 でも、幸せじゃないなら、本当に申し訳ないと思っています。


 もし、私のことを知りたいと思った時のために、私のことを少し書きます。


 私は神白朱音(かじろあかね)と言います。

 住所は、兵庫県神戸市――


 本当にごめんなさい。


 さようなら



 聖響は手紙を読み終えて顔を上げる。



 この手紙は聖響の産みの母親が、養子に出すときに預けた手紙。どうやら聖響の育ての両親は、大人になったら養子を明かして、この手紙を渡そうと思っていたようだった。


 意識して探していなければ、見つかっていない手紙だ。



「ねえ、この苗字に見覚えあったりする? 魔術師で」


 聖響は悠莉にそう聞いた。


 悠莉は手紙に書いてあったその名前を見る。


「……見覚えは無いな。時期も被ってないから、魔術師じゃないとも言えないが」

「そっか」


 聖響はその両親のどちらかが魔術師かその家系じゃないかと思っている。でも、それが揺らぎ始めてきた。



 そして二人はある建物にやって来た。


「ここは?」

「養子縁組の法人。聖響の手続きがされた場所。本人なら、何かしらの情報が得られると思う」

「なるほど……」


 名前と実家の住所はわかっているから、できれば連絡先を知れればいいが、中々難しいだろう。


 その読み通り、未成年という理由で、ほとんど情報は貰えなかった。



「どうする? 実家にでも行ってみるか?」


 悠莉は聖響にそう聞いた。


「……うん。行ってみよう」


 聖響はここまで来て引き下がることはできなかった。


 そして二人は、その手紙に書いてあった住所に行くことにした。

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