第42話 チーム戦の大阪
「はい。見ての通り、リレーは東京校の勝利です。……もう休憩室もできただろうから、次行ってもいいよな」
快音がそう言う。
誰も何も言わない――ということは、異論はないということだ。
快音はそう理解し、話を進めて行く。
「次は障害物競走……と言っても、ただのハードル走だが。今音緒が準備しにいっているが、何人か手伝ってくれるか? ……じゃあ、悠莉と久音」
「わかった」「な、何で俺が……別にいいけど」
悠莉と久音はそれぞれそう答える。
悠莉はそういう急な頼み事にはもう慣れているようで、すぐにそう答えた。
久音は表の顔として、ちょっとツンデレ気味になっている。一応本心ではない。
そして悠莉と久音の二人は、音緒がどこかから取り出してきて固めて置いておいたハードルのところに向かった。
「これ、並べるの大変だよな……術式使っていい?」
悠莉は音緒にそう聞いた。
「使ってもいいけど、壊さないでよね」
「ああ。それくらいはわかってる」
音緒の許可も出たところで、悠莉はそう言ってすこし考える。
「どうするの? 術式って言っても」
「久音、置く場所のここから一番遠いところに行ってくれ」
「わ、わかった」
「俺が術式……っていうか、魔力でハードル飛ばすから、受け取ってそこに置いて」
「なるほど。理解した。それで俺が動けばいいんだな」
「そう」
久音のわかりがよかったおかげで、悠莉の説明する手間が省けた。
「じゃあ私も手伝うよ」
音緒も同じく理解したようで、悠莉にそう言った。
悠莉はそれを受け入れ、さっそく三人はそれぞれの位置についた。
悠莉が手をハードルを挟んで久音の方に向ける。
すると、ハードルがかなりの速さで久音の方に飛んでいく。
「うおっ……意外と速いな……」
久音はそんな声を上げながらも、なんとか受け止めてハードルを置く。
悠莉はその間に同じことを音緒に向かって行う。
音緒もしっかりハードルを受け取り、その場に置いた。
それを何度も繰り返していき、数分の間にハードルを並べ終えた。
元々もっとかかる予定ではあったから、早く終わったことになる。つまり、早く帰れるということである。と悠莉は内心喜んでいた。
「ありがとう、二人とも」
準備が終わって戻ってきた悠莉と久音に、快音はそう声を掛けた。
「じゃあ、組み合わせは……一組目が莉乃明、凛空、久音、夏唯、翔音。二組目が悠莉、悠香、遥、聖響、剣都。それでいいよね?」
また誰も何も言わない。
さっきと同じように、何も異論はないと快音は勝手に理解し、話を進めて行く。
「じゃあ、準備してくれ」
そして全員がスタートの位置に移動して行った。
ハードルはごく一般的なものだが、何でここでハードル走なのか。普通、体育祭なんかでやるような競技ではない。それなのにやる理由は、魔術師の能力として重要な部分だからだ。
怪物を追いかける時、足場が悪いところを進んで行ったり、術式が飛んできたりと、何かしらの障害物があることがほとんど。
だから、障害物競走的なことをやろうとした。
だが、そんな都合のいい障害物は用意できないことから、ハードル走ということになった。これは随分前から変わっていないことだ。
全員の準備ができたところで、快音がスタートの合図を出す。
「よーい、ドン!」
その合図と同時に、一組目の五人が一斉にスタートした。
まず最初のスタートダッシュを決めたのは莉乃明だった。それを夏唯が僅差で追いかけて行く。
それとほぼ並ぶように久音と翔音が続く。
そこから流れるようにハードルを越えて行き、あっという間にゴールした。
ゴール順は、夏唯、莉乃明、久音がほぼ横並び。ほんの僅かに遅れて翔音、少し離されて凛空となった。
音緒は両手に持った二つのストップウォッチで上手く全員分のタイムを計っていた。
その後、音緒はそのタイムを書き留めて行った。
書き留め終わると、音緒は手を上げて快音に合図を出す。
それを見た快音は、二組目のスタートの準備をする。
二組目はもう準備ができている。快音はそれを確認して、スタートの合図を出す。
「よーい、ドン!」
その快音の合図と同時に、悠莉、悠香、遥、聖響、剣都の五人は一斉にスタートした。
やはり最初から悠莉がものすごく前に出る展開となった。
少し離れて悠香と遥。その少し後ろに聖響と剣都という展開になった。
こっちも一組目と同じように、流れるようにハードルを越えていくが、二組目の方がばらけている印象がある。
そして、こっちもあっという間にゴールした。
最初に悠莉がゴールし、そこから少し経って悠香と遥がほぼ同時にゴール。そこからほんの少し経って聖響と剣都がこちらもほぼ同時にゴールした。
音緒はもはや職人のようにタイムを取って行った。
快音は合流すると、音緒の取ったタイムの表を見た。
その間に、全員が自然と集まってきた。
「じゃあ……タイム発表するよ」
快音はそう言い、全員を集めた。もう集まってはいるのだが。
「一位は悠莉、13秒07。二位は夏唯、14秒82。三位は莉乃明、14秒89。四位は久音、14秒90。五位は翔音、15秒53。六位は悠香、15秒62。七位は遥、15秒63。八位は聖響、16秒38。九位は剣都、16秒39。十位は凛空、17秒67」
快音はそう一気に読み上げた。
悠莉は相変わらず異次元だった。とはいっても、他も年齢の割にはすごいのだが……
凛空は周りに圧倒されているが、凛空だってそれほど遅いわけではない。むしろそれが普通だ。
凛空はまだ魔力を使いこなせていないというか、魔力があると自覚してからそれほど日が経っていないため、悠莉のようにバフがあまりかかっていない。
それによって、普通の成績にとどまっているといったところだった。
「日本記録?」
莉乃明が悠莉にそう聞いた。
「……かもしれない」
悠莉はそう答えた。
日本記録ペースで行った悠莉もすごいが、日本記録を覚えている莉乃明もすごい。
正確にはおそらく日本記録にギリギリ届いていないくらいだと思うが。
そして少しの休憩を挟み、最後の競技、ドッジボールが始まった。
ここは大阪校が根性を見せたというか、時間制限に助けられたというかで、最後に東京は悠莉だけを残し、大阪は莉乃明と久音が残っていたため、大阪校の勝利となった。
さすがに『最強』がいるにしても、こういうチーム戦は勝てないことがわかった。
一人がすごく強いか、そこそこ強いが複数人だと、チーム戦で前者が負けるのは目に見えていた。
それに今回は、東京校の作戦ミスもあったのかもしれない。
どちらにせよ、東京校が負けたことは確かだった。
このメンバーでそういう結果になったのは驚きのことだが、チーム戦で大阪校が勝たないというのは珍しいことだ。
代々大阪校は、チーム戦が何かと強い。理由としては、『そこそこ強い』が複数人いるから。一部がすごく強い東京校とは相性がいい。
だから、このドッジボールではどちらが勝つか、どちらもわからなかった。そんな状況だからこそ、大阪校は根性を見せて本気で勝ちに来たということだった。他は戦わずとも結果がわかるような勝負だ。
「さすが。チーム戦の大阪」
「……まあな」
そう言葉を交わして悠莉と莉乃明は握手をした。
「お疲れ。一人であれはすごかった」
「お疲れ」
悠莉は続けて久音にも握手を求められ、そのまま握手をした。
悠莉は皮肉のような意味で『チーム戦の大阪』と言った。魔術師の現場で、そこまでチーム戦と呼べるような戦いをすることはない。特に悠莉は。
だから、悠莉にとって、チーム戦は負けたっていい戦いだった。
大阪校が代々勝ってきたという歴史を崩すことも無い。
わざと負けたと言ってもいいほどだ。
そんなこと、誰も知らないが。
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