第41話 学校対抗リレー

「どうする? 順番」


 東京校の話を進めて行くのは一番年上の翔音のようだった。


「とりあえず悠莉はアンカーとして……」


 悠莉は強制的にアンカーにされる。だが、文句は言わない。悠莉にとって、これは当たり前のようなことだからだ。

 それに、悠莉はアンカーになることへの抵抗感が無い。


「年下から行こっか。一年の二人は?」

「私はどこでも。みんな行きたがらないだろうから、一番でもいいよ」


 悠香は自ら一走に名乗りを上げた。これは誰とも被らないだろうから、決定だろう。


「凛空は?」

「うーん……中盤だったらどこでもいいかなぁ……正直」

「そっか」


 大抵の人は、凛空のように思っているだろう。

 普通なら、一応細かい指定はするものだが……凛空は指定しなかった。


「じゃあ、夏唯は?」

「俺は真ん中で。三走かな?」

「うん」


 夏唯はあっさり指定していった。空いてるから、選んではいけないわけではないが……


「じゃあ僕は二番手行くよ。凛空は四番手ね」

「わかった」


 凛空は周りに合わせるために、無理してでもタメ口で話そうとしていた。


 そして、決まった東京校の順番は、悠香、翔音、夏唯、凛空、悠莉の順だった。



 休憩時間が終わり、両校の魔術師たちがなんとなく集まってきた。


「じゃあ、そろそろ始めるぞ」


 快音がそう言い、『なんとなく集まった』だったのが、『ちゃんと集まった』に変わった。


「一人百メートルで五対五。バトンはこれで行こう」


 快音の手には、赤と青の一般的なバトンが一本ずつ握られていた。


「順番はどうなった? まず、東京校」

「悠香、僕、夏唯、凛空、悠莉」

「大阪は?」

「剣都、久音、聖響、遥、莉乃明」

「そっか」


 快音はそれぞれの順番を翔音と莉乃明から聞き、第一走者の悠香と剣都にバトンを渡した。

 バトンの色は東京が赤、大阪が青だった。


 そして十人は一周二百メートルのメイン側とバック側にそれぞれ分かれた。


 スタートラインはバック側の真ん中に引かれた真っ直ぐな線。

 横並びでスタートし、各組でレーンが決まっていないタイプのリレー。審判もいないから、そういうルールになっている。


 悠香と剣都がスタートラインに並び、スタートの準備をした。


「じゃあ、行くぞ」

「うん」「おう」


 快音に向かって、二人は同時にそう答える。


「よーい、ドンっ!」


 それを聞いて、音緒がスタートの合図を出した。


 そのスタートの合図と同時に、二人は一斉に地面を蹴ってスタートした。


 まず前に出たのは、外側にいた悠香だった。


 剣都は悠香に差をつけられてしまうが、必死に後を追って行った。


 あっという間に半周終わり、バトンは悠香から翔音へ、剣都から久音へと繋がれていった。


 久音はコーナーのあたりで翔音に迫って行った。

 だが翔音も譲らない。

 そして、二人は並ぶようにしてバトンゾーンに入った。


 バトンは翔音から夏唯に、久音から聖響に、渡って行った。


 夏唯は一気に速度を上げ、聖響はそれに付いて行くことはできなかった。

 少しずつ差は広がって行き、ギリギリ追いつけるか追いつけないか位の差ができていた。


 先に夏唯がバトンを凛空に繋ぎ、数秒遅れて聖響が遥に繋いだ。


 遥は凛空との差を逆に少しずつ詰めて行った。

 遥の目には凛空しか見えていないように、どんどん加速していき、数センチのところまで迫っていた。


 凛空は遥の気配を感じ、その気配の大きさや速さに驚きながらも、なんとか追いつかれまいと力一杯走っていた。


 そんなレースが繰り広げられ、早くも最終走者。

 二校の差はほとんどない状態で、凛空から悠莉へ、遥から莉乃明へとバトンが渡された。


 悠莉は、一瞬前に出た莉乃明を横目に、一気に抜いて引き離し、どんどんと引き離して行った。


 メイン側のゴールラインを最初に駆け抜けたのは悠莉だった。

 その差はかなりのもので、悠莉の強さが窺える。


 もう少し手加減してもいいのではないかと思うが、悠莉にも負けられない理由がある。

 だから、手加減するようなことはできなかった。

 かと言って、これはまだ本気ではない。


「はぁ……はぁ……はぁ……速い……」


 莉乃明もゴールラインを超え、息が上がりながらもそう呟いた。


「お疲れ、莉乃明」


 悠莉は余裕そうに莉乃明にそう手を伸ばす。


 普通ならそれがウザイとも感じてしまうかもしれないが、莉乃明はそんなこと思わない。それが莉乃明の普通で、魔術師の普通だからだ。悠莉に勝とうだなんて、そもそもおかしな話なのだ。



 バック側にいた凛空は、悠莉のあの引き離し方は異常だと少し引いていた。

 それと共に、これが『最強』の力なのかと実感していた。まだ悠莉は本気ではないというのに。


 こんなことで実感しているようじゃ、本気を見た時に何を思うのだろうか。

 何も思わなくなるくらい圧倒される――のかもしれない。


「お疲れ、凛空くん」


 そんな凛空に遥は近付き、そう話しかけた。


「お疲れ、遥くん」


 凛空はそう返す。


「こんなに本気になったの……久しぶりかもしれない。こんなに、必死になったのは」

「そう……なの? それにしても、すごかった。すごすぎて、ちょっと怖かった。でも、それだけすごいってことだよ」

「あ、ありがとう。でも、みんなすごいよ、魔術師って」

「……そうだね」


 二人とも、魔術師の凄さを実感していた。自分たちもそのすごい魔術師だというのに。



 そんな二人の一方で、翔音と久音は力尽きたかのように地面に寝転がっていた。


 息を整え、起き上がると、二人は顔を見合わせた。


「……やっぱすごいや、翔音は」

「……そっちこそ」


 さっきとは打って変わった態度だ。


「なんか、いつもごめん……その……」

「わかってる。別に謝ることじゃない。しょうがないことでしょ? 久音」

「……でも、」

「いいって。久音が大変なのはわかってる」

「そうだけど……」


 二人は、表ではいがみ合って仲が悪い。でも実は、裏では意外と仲が良かったりもする。

 二人とも、大人の顔色を気にして生きてきたからこその表と裏だった。


「次期当主でしょ? しっかりしてよ」


 申し訳なさそうにする久音に翔音はそう言い放った。


「そうだけど……っていうか、翔音はいいの? お父さんが当主にならなくて」

「あんな奴が当主になったら五宮家は終わり。最初から諦めて、強くなろうともしてない。そんな人が当主だなんてありえない。父親ってだけでも嫌気が差すっていうのに」

「すごい執念……」

「でも、そもそも他が認めないよ。久音じゃなきゃ認めてもらえない」

「そう……なのかもな」


 六系家の当主が変わる時、他の六系家の当主たちの了承のようなものが必要になる。

 中々反対されることはないが、それは元々他の家が納得できるような人を当主にしているから。それに、そもそも他の家が納得できない当主は、その家でも納得はできないものだ。


 五宮家の場合、次期候補は久音で、それ以外にはいないと考えられている。


「ふう。そろそろ行った方がいいかも」

「そうだな」


 二人はすっと立ち上がり、二人以外の全員が集まり始めていたメイン側の方に歩いて行った。


 二人はもう既に、表の顔に変わっていた。

 これはもう癖なのかもしれないと思うくらいの早い切り替え。いや、『かもしれない』じゃなくて、それはもう癖か。

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