第40話 落ちこぼれと自惚れ屋
そんな凛空と遥、夏唯と莉乃明の一方で、こっちの二人には嫌な空気が流れていた。
「久しぶりだな。一年ぶりか? 落ちこぼれ」
「一年ぶり……かな? 自惚れ屋」
そう言葉を交わしたのは従兄妹でもある五宮久音と五宮翔音だった。
二人が『落ちこぼれ』『自惚れ屋』と呼び合う理由は、五宮家の環境にあった。
◇ ◇ ◇
僕の家――五宮家は、魔術師界の名家・六系家に名を連ねる家の一つだった。
今の当主は、僕のお父さんのお兄さん、僕から見れば伯父さんにあたる人だった。
お父さんは魔術師として伯父さんに劣っていた。だから当主になれなかった。
劣っているのレベルも、伯父さんがものすごい強いわけではなく、単純にお父さんが弱いだけ。六系家にしては才能が無さすぎる、そんなことも言われていた。
そして僕はその娘。
ただでさえそんな劣等魔術師の子供なのに、しかも女。
男女差別がいけないのはわかっている。でも、やはり身体能力には大きな差がある。
特に魔術師なんていうものは、生まれ持った才能に加えてその身体能力の高さが重要になる。
どんなに才能があっても、運動神経が悪ければ使い物にならない。そんなことが言われる魔術師の世界で、男女の身体能力の差は大きなものだった。
生まれ持った才能でカバーできる人もいる。でも僕の場合、六系家の基準で劣等と言われる才能で、ちゃんとした六系家の魔術師にはならない。
六系家の劣等魔術師。それはいつまでも変わらない。
実際、僕は六系家各家それぞれ伝わる術式を使えない。お父さんも使えるのか使えないのか微妙なところ。それが僕に遺伝した。これはもう、紛れもなく劣等魔術師。
この家に生まれたことを後悔するほどのことだった。
もし伯父さんの子供だったら、この家で生まれていなければ、魔術師とは関係のない家に生まれていたなら、考えればキリがない。
でも、もう変えられない。今はどうにか精一杯生きていくしかないと思った。苦しくても、辛くても、耐えなきゃいけない。それが今の僕だった。
僕には、そんな僕と対照的な
その名前は久音。彼には才能も、それなりの運動神経もあった。羨ましいけど、彼の事は嫌いだった。
「次の当主はお前しかいない。久音、絶対に死ぬなよ」
ある時、五宮家の当主が久音にそう言っているのを聞いてしまった。
「わかってる。あんな落ちこぼれに、譲るわけないだろ」
久音はそう返した。
同い年の従兄にそう言われる始末。
何としてでも早く家を出たかった。
でも今まで魔術師になるものだと育てられてきたので、今更普通の女の子にはなれない。
だから、久音とは違う学校に。魔術学園高校東京校に入学した。
◇ ◇ ◇
二人は家での環境のおかげで、こんな関係になってしまっていた。
「お前みたいな落ちこぼれがいても、『最強』がいるからいいよな。東京は」
「そっちにだって、六系家の優秀な魔術師がいるでしょ?」
「ついに自虐ネタか」
「別にいいでしょ」
口調などを考えると、そこまで険悪な感じではないように思える。でも、二人はどこからどう見ても仲が悪い。それは有名な話だった。
どこまで続くのか、そう思われた時、ちょうど十分が経ち、快音が声をかけた。
それによって、二人のいがみ合うような空気は断ち切られた。
「じゃあ、さっそくやりますか」
快音がそう言い、莉乃明、夏唯、凛空、悠香、遥の五人はスタート地点に並ぶように集まった。
「ねおー、準備できたー?」
快音は百メートル先にいる音緒にかなり大きな声でそう呼びかけた。
音緒は手を上げてそれに答える。
それを見て、快音はスタートの合図を出す。
五人はコースに分かれてスタートラインに並び、少し屈んでスタートの合図を待つ。
「よーい、ドン!」
快音が持っていた旗を上に挙げながらそう言い、それと同時に五人は一斉に走り出した。
直線コースの百メートル走。端から見るととても長く感じる。でも走ってみると、かなり短く感じる。時間的な問題なのかもしれないが。
そして、あっという間に第一レースが終わった。
着順は莉乃明、夏唯、悠香、遥、凛空。
僅差だったがなんとか音緒はタイムを取り、すぐにそのタイムを記録しておいた。
それから一分も経たないうちに、第二レースも同じようにスタートの合図が切られた。
出遅れなどもなく一斉にスタートしていったが、やはり抜け出したのは悠莉だった。
こちらもほぼ一斉にゴールしたが、なんとか音緒はタイムを取り切り、全て記録した。
着順は、悠莉、久音、翔音、聖響、剣都の順。
術式を使っていなくとも、やはり最強は最強だった。
快音もゴール地点に素早く移動し、その記録を確認した。
「よし、じゃあ、タイム発表しまーす」
快音がそう言い、全員の意識が快音の方を向いた。
「十位、風晴凛空。十二秒九〇」
どうやら最下位から発表していくようだが、凛空も遅いわけでは無かったから、本人は少し残念そうだった。
でも、これが魔術師の力というものだった。
それを凛空は見せつけられたような気がしていた。
「九位、早乙女剣都。十二秒〇七」
タイムだけ聞くと、そこまで凛空とは差がないように感じるが、タイムで競う競技の〇.八秒はかなりのもの。
ここだけでも、凛空との差を感じてしまっていた。
「八位、杠葉聖響。十一秒七九」
普通ならもう速い部類に入るかもしれないタイム。でもこれで八位だった。
「七位、中野遥。十一秒三三」
聖響と遥でも結構の差がある。ここも魔術師としてのレベルの差として捉えるべきところだった。
「六位、朝吹悠香。十一秒二三」
ここで悠香が来た。やはり男女の差はあるもので、悠香でさえも、六系家の他の魔術師に身体能力では勝てない。
「五位、五宮翔音。十秒九七」
ついに十秒台に入ってきた。女子でこれはかなりすごいのではないだろうか。
でも、男子には勝てない。決まっているかのようだった。
「四位、五宮久音。十秒七五」
久音と翔音の差はあまり無いように見える。
でも順位においては、かなりの差があるように見える。
何故か、もどかしい。
「三位、皐月夏唯。十秒六三
二位、皐月莉乃明。十秒五六」
この兄弟に関しては、二人揃って身体能力が高い。もう、陸上選手になっても通用するような実力があるように見える。
「一位、朝吹悠莉。九秒六七」
上には上がいた。
やはり最強は最強だった。
悠莉は日本記録よりも速いタイムで百メートルを走ったということになる。
まあ、公式の正式な記録ではないからなんとも言えないが、速いことに間違いはない。
「やばっ……」
凛空は思わずそう声を漏らした。
「お兄ちゃんは無意識で魔力を使う人だから……」
「えっ?」
「デマを流すな、悠香」
朝吹兄妹に挟まれて、凛空はどうしていいのかわからなくなっていた。
「俺は、持ってる魔力量が多いから勝手にバフがかかる。でも、魔力を使ってるわけではない」
「な、なるほど……」
だとすれば、そのバフがかなりのものだということになる。
それもそれでヤバい気もするが……
それはみんなそういうものだとでも理解しているのか。と凛空も理解しておいた。
「じゃあ、一旦休憩にしよう。次は学校対抗のリレーなんで、順番も決めといて」
快音がそう言い、一時解散となった。
でも、順番決めがあったから、解散という雰囲気ではなかった。
東京校と大阪校でかなり離れた陰になっている場所に集まり、それぞれ話し合いを始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます