第37話 理不尽

  ◇ ◇ ◇


 数日後


 あれから休みの日になっていたから、任務完了をしてから初めて学校に来る日となった。


 莉鳥と綺亜は学校自体を休んでいる。まあ、それも無理はない。あんなことがあったわけだし。



 そして、学年主任の先生が教室に入ってきた。


「あれ、先生は?」


 クラスの男子がそう言った。


「先生は、お亡くなりになりました」


 学年主任の先生は、隠すことも無くそう言った。


「詳しいことはわかりませんが、事故のようです」


 それは嘘。自殺として処理されているらしいから、少なくとも事故ではない。


「本当?」

「信じられないとは思うけど、真実よ」


 教室の中が静寂に包まれる。


 その静寂を破ったのは休み時間を告げるチャイムだった。


「俺……さ、先生のこと、自殺って聞いたんだけど……」


 チャイムが鳴った時、クラスの男子の一人がそう言った。その男子は、先生と親戚のような関係にある。だから、本当の事を知っているのだと思う。先生たちの嘘も、これで意味が無くなってしまった。


「俺……さ、卒業式の前の日、朝吹と多田と石吾が、先生と中学別棟に向かったの見たんだ」


 今度は別の男子がそう言った。


「あの日、すごくカッコいい人が門の前にいて……朝吹さんが『お兄ちゃん』って呼んでるのを見たの」


 今度は女子だった。仲があまり良くない子がそう言った。


 みんながその日怪しかったこと、いつもと違ったこと、そういうのを口々に言って行った。ほとんどが関係なさそうだったけど、所々関係のある情報が出てくる。


「朝吹、その男と何か怪しい事話してたろ……? 演技がどうのこうの……とか」


 そこまで聞かれているとは思ってなかった。


「……先生を殺したのは、朝吹なんじゃないのか?」

「は……?」


 何を言うと思えば……


「自殺に見せかけて殺して……多田と石吾には圧力をかけて……その男と協力してさ……!」


 勝手な推理はやめたほうがいい。それが真実とは限らないわけだし。


「そんなわけないでしょ。変な言いがかりはやめて」


 なんとなくそう言い返しておく。でも、どうやってもこの状況を打開する方法が見当たらない。


 誰か、助けてくれないかなぁ……この状況。


 みんなが私に向ける視線はとても鋭くて冷たい。


 どうしたらいいの……?


「私立のくせにこの有様か。そりゃ自殺もしたくなるわなぁ……」


 そんな声が聞こえた。それは、お兄ちゃんの声だった。その後ろには、悠月くんもいる。


 助けに来てくれた……


 私は素直にそう思った。


「お前か、殺したのは」


 クラスメイトたちはお兄ちゃんに怒りをぶつける。


「そんなに惜しいか。虐める対象が居なくなって」


 お兄ちゃんはそう言う。


 そう、このクラスでは、先生の事を虐めていたと言ってもいい。私は直接の関与はしてはいないものの、呪人と必要以上の接触を避けるために止めもしなかった。


 人間道徳以上に、魔術師が呪人を助ける必要は無いから今回は正当化させてもらうけど、クラスメイトからすれば、相手がいなくなったのはマイナス要素なのだろう。


山次やまじさとるくん?」


 お兄ちゃんはそのうちの一人を睨み、煽るように名前を言った。何で名前を知っているのかはわからない。


「何で……俺の名前を……」

「君が知る権利は無い」


 お兄ちゃんはきっぱりとそう言った。


「何をしたんだ……!」


 山次はそう言った。


「多田と石吾も休んでるし……!」


 山次はそう続ける。


「彼女たちには転校を勧めた。この学校が怖くて嫌なら転校という手がある……ってな。幸い、どちらも成績は悪くないし、この学校に収まっているのが勿体ないくらいだ。どうせ彼女たちがいたら同じような理不尽な理由で次の標的にしてただろう? 危険は予知したら避けないと……ね?」


 お兄ちゃんはそう言った。もうお兄ちゃんの雰囲気にみんな吞まれているようだった。


「ブラコンの妹がいるくせに、その妹は守らないのか……!!」


 山次は言い返すようにそう言う。


「ブラコン……? 何か勘違いしているようだが……」

「は?」

「俺たちは一緒に暮らしてすらいない。久しぶりの再会となれば、君たちが聞いた会話もわからなくないだろう?」

「っ……無駄にイケメンなのが腹立つ……!!」

「理不尽だな」


 山次はお兄ちゃんに何も返す言葉がなかった。


「殴らせろ!」


 山次はムキになってそう言った。


「むしゃくしゃして殴るのは底辺の最低の人間がやることだが……やれるものならやってみろ」


 お兄ちゃんはそう煽る。


 すると、山次はお兄ちゃんに殴り掛かった。

 だが、お兄ちゃんはそんな素人の拳に当たるわけも無く、全てを無駄のない動きでかわしていった。


 その間に悠月くんが私のことを教室の外に連れ出してくれた。


 教室の前には、何人もの先生が集まっていて、争いに関わっていないクラスメイトたちもそこに避難していた。

 先生たちは止めるにも止めに入れないような状況で、見ていることしかできないようだった。悠月くんがそういう風にさせたのかもしれないけど。


 周りの状況を気配で確認して、お兄ちゃんは山次の拳を一つ片手で止め、軽く押し返した。

 すると、山次は大きく後ろにバランスを崩し、尻餅をつくように転んだ。


「虐めると、いつかこういう目に遭うからな。今のうちに辞めといた方がいい」


 お兄ちゃんはそう言い、教室を出て行った。


 先生たちは山次の怪我の状態を確認すると共に、今後の対応について考えていた。今の話は全部聞いていたみたいだった。


 このままクラス会議にでもなりそうだけど、私はそんなことも気にせずにお兄ちゃんの後を追った。



 私はどう話しかけていいのかもわからないまま、校舎の昇降口まで来てしまっていた。


「お兄ちゃん……」

「気にしなくていい。ああいう人間は、ずっとそうだから」

「うん……」


 そんなにダメージは追っていない。考えてみると、そんなに酷いことも言われていない気がする。


「任務も終わったことだし、転校もできると思うよ。元々、そういう目的だろ?」

「う、うん」


 確かにそうかも。でも、私の中でどうしたいか、今は決まっていた。


「……お兄ちゃん」

「ん?」

「私、東京行きたい」

「え?」

「お兄ちゃんのこと、知りたい。強さって何か、知りたい」


 私はお兄ちゃんの本当の実力を知らない。評判としてしか知らない。だから、お兄ちゃんの強さを知りたい。それで、私も強くなりたい。すごくそう思った。


「……悠太さんに相談。学校には行くこと」

「自分は行ってないくせに?」

「来年から学園だ」

「そうだった」


 ここで言う学園とは魔術師の学校である魔術学園のこと。お兄ちゃんは来年からそこに通う。

 お兄ちゃんはまともに学校に通ったことはないらしいが、魔術学園には結構顔を出していた。そこの生徒っていうわけじゃないのに。


  ◇ ◇ ◇


 四月


「大阪の、向日葵学院から転校してきました。朝吹悠香です。よろしくお願いします」


 私は教室の教卓の前に立って、そう自己紹介した。


 私は東京の公立中に転校した。今更私立に行く理由も無いし、私立に転入するのはかなり難しいと思っている。だから、ここに転校した。

 公立であれば、最悪いくら登校しなくても卒業はできる。だから、お兄ちゃんの任務についていくこともできると思う。そういうことも考えてのことだった。


「制服、可愛いね」

「あ、ありがとう」


 制服はすぐに用意できるものでもなかったから、大阪の時と同じものを着ている。だから可愛いと言われるのは当然みたいなものだった。


 ◇ ◇ ◇


「ただいまー」


 私は、東京にある朝吹の家に住むことになっていた。先月までお兄ちゃんが住んでいたところ。今お兄ちゃんは学園の寮に住んでいるけど。


「おかえり、悠香」


 お兄ちゃんは結構こうやって家に帰ってくる。寮よりこっちの方が使い勝手がいいらしい。


「今日は何かあるの?」

「ああ、今日はちゃんと仕事がある」

「そっか」

「来るか? 悠香も」

「うん! 行きたい!」

「わかった」


 お兄ちゃんと一緒にいられるようになった。これは本当に久しぶりのことだった。



  ◇ ◇ ◇



「ん……」


 悠香は病院のベッドの上で目を覚ました。

 そしてその脇には悠莉がいた。


「お、お兄ちゃん……」

「悠香……よかった」

「私……」

「右足の粉砕骨折と、腹部の臓器損傷。中々の怪我だな」

「そっか……」


 かなりの怪我だったが、悠莉の術式もあって、そこまで酷いものではなかった。


「夢……見たの。莉鳥と綺亜の」

「そうか」

「お兄ちゃんが帰ってきた、あの日の」

「そっか」

「あの日、私、何もできなかった」

「……」

「あの日よりも強くなったよね……私」

「ああ。もちろんだ」


 悠香は絶対あの日よりも強くなっている。

 基礎があったものの、一年でここまで強くなるのは、かなりの成長だった。

 悠莉もそれは感じていた。


 魔力というものは、年齢に応じて上がって行くもの。大人になれば止まってしまうが、中学生と高校生では、魔力量が確実に違う。強くならないはずはなかった。


 でもそれ以上に悠香は強くなった。技術面で……というべきか。

 それも含めて、魔術師の強さだ。


「お兄ちゃんのおかげだね」

「……どういたしまして」

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