第36話 瞬殺
◇ ◇ ◇
そのお兄ちゃん当人は、学校校舎内に既に入ってきていた。
一回立ち去るふりをして、学校の裏に回り、裏の開いていた窓から侵入していた。
そして、美術室の扉の前で、どう鍵を開けようか考えていた。
悠莉は自分の魔力を完全に隠しているため、中にいる人たちには悠莉が外にいることは知らない。
「さて。どうしようか……」
そして悠莉は少し考え、何かを思いついたかのように術式を発動させた。
しゃがんだ悠莉の膝の上には、白い猫がいた。
「レイ、鍵開けられる?」
「にゃ」
レイは悠莉の魔獣の一匹で、白猫。
悠莉はレイを鍵穴と同じ高さまで持ち上げ、レイの爪で鍵をこじ開けた。
「ありがと」
「みゃ」
レイは短く鳴き、消え去っていった。
そして悠莉は、教室の扉を勢いよく開け、発動しかけていた悠香の術式と呪人の剣を弾き飛ばした。
「お兄ちゃん……」
「ここでやったらどうなるかわかってるだろ……! 少しは考えろ……!!」
「ごめんなさい……お兄ちゃん……」
悠莉が放った言葉に、悠香はそう答えるしかなかった。暴発させた(させかけた)のは自分なのだから。
「……遅くなって悪かった。大丈夫か」
「だい……じょうぶ」
「だったら逃げろ。そこの二人も」
「わ、わかった」
そして悠香は莉鳥と綺亜を連れて、その教室を出た。
悠莉はそれを確認し、左腕で呪人を吹っ飛ばした。
呪人は一気に教室の後ろまで吹っ飛ばされた。壁がしっかりしていなければ、もっと遠くまで飛ばされていただろう。
「何でお前がここに……ここは東京じゃないぞ……?」
息が上がりながらも、呪人は悠莉にそう言った。
「すまないな。妹に手出しはさせないよ」
悠莉はそう言って呪人に手を伸ばす。
「じゃあな」
悠莉が手を握ると、呪人は力が抜け、床に倒れ込んだ。呪人は死んだということだった。
「処理隊……来てんのかな……」
悠莉はポケットから携帯を取り出し、どこかに電話をかけた。
「……あ、……はい……お願いしまーっす」
電話を切った数十秒後、窓をノックする音がし、悠莉が窓を開けると三人の人物が窓から侵入してきた。
もちろん、不審者ではなく、悠莉が呼んだ人物たちだった。
「この件ってどうなってる?」
「警察には話を通してあります。自殺として処理される予定です」
「そうか」
悠莉はそのうちの一人とそんな会話を交わした。
その間に、残りの二人が呪いの死体を布で包み、運び出す準備をしていた。
魔術師の本部には、偵察調査部と事後処理部というのがある。どちらも、前線で戦う魔術師としては使い物にならなかったり、ひどいトラウマを持っていたりといった人たちが所属している。
偵察調査部は、任務を集めたり、怪物の強さのレベルなどの調査を行ったりする部隊。
事後処理部は、名の通り事後処理を行う。怪我した魔術師の搬送や、人が多い場所で死んだ呪人の回収などを行っている部隊。
その二つとは別に、任務を振り分けたり、警察と連携を取ったりするような部署もあるが、そこは魔術師の家系に生まれても魔力に恵まれなかったような人たちで構成される。
「じゃあ、僕たちはこれで」
「お疲れ様でーっす」
そして三人は死体を抱えて窓から出て行った。
悠莉は真逆の方向にある教室のドアから外に出た。
◇ ◇ ◇
私は莉鳥と綺亜を連れて、中学別棟の校舎を出た。
「大丈夫? 悠香」
「う、うん。ただの切り傷だから」
莉鳥はあんなことがあったのに、心配してくれている。そこまで心配するような傷じゃないけど、心配してもらえるのは嬉しいことだった。
「大丈夫なの……? 悠莉さん」
莉鳥は続けてそう聞いてきた。
「大丈夫だと思う。お兄ちゃん、身体能力は高いから」
「そ、そっか……」
莉鳥はあまり信じてはいないようだけど、魔術師のことは言えないからこう言うしかなかった。
綺亜はもう言葉も発せないくらいになっている。
今のは二人にとってかなりのダメージになったようだった。
「あ……お兄ちゃん……」
お兄ちゃんはさっきの呪人を片付けたのか、私たちに駆け寄ってきた。確かに呪人の気配も消えている。
「あ、あれって……」
莉鳥はお兄ちゃんにさっきの事について聞いた。私に聞かれていたら、どう答えていいのかわからなくなっていたと思う。
「霊だよ」
「霊……? 夜じゃないのに……?」
「夜だけに起こるっていうのは間違いだと思うよ。怖がらせるのに夜が最適だっただけで」
お兄ちゃんは莉鳥にそう答えた。
お兄ちゃんは全く疲れたような素振りは見せない。それによって莉鳥は安心しているようにも見える。
まあ、そもそもお兄ちゃんはあんなので疲れるような人ではないけど。
「まあ……心霊現象程度に思っておいてくれたらいい」
お兄ちゃんは莉鳥と綺亜に向かってそう言った。
◇ ◇ ◇
私は莉鳥と綺亜と別れて、家に帰る道を向かっていた。
「上手くいってよかった……」
二人になったことによって、思わずそんな声を漏らしてしまう。
「悠香、演技すごかったよ」
お兄ちゃんは、こんな何もしていない私でも、褒めてくれる。
「まあ……これくらいできなきゃ……ね?」
「魔術師は務まらない……か。演技で引っ掛けることも多いしな……」
私はとりあえずそう言っておく。何もしていない私がまともに認めるのは違う気がする。
でも、今日の任務は終わった。二年間かけた任務の終わりだった。
◇ ◇ ◇
今日の朝
私は朝吹家の現当主、朝吹
「お、おはようございます」
「おはよう。悠香」
「何ですか……? 朝早くに」
「すまないな。朝早くに呼び出してしまって。学校もあるのに」
「いえ、大丈夫です」
あんま大丈夫ではないけど、そう言っておくのが礼儀ってもの。
「それで、要件は……?」
「ああ。今日、悠莉が帰ってくる」
「お兄ちゃん……日本に居たんですね」
「数日前に帰国したらしい」
「そうですか」
何で連絡もくれないんだと普通なら思うところだけど、私にとって、私たちにとってはそれが普通のことだった。
「それで、今日こそ、実行に移そうと思う」
「そうですか」
私が今のこの学校に通うきっかけは、任務のためだった。
この学校には、元々呪いの情報があった。だが、学校という場所柄的に、すぐに討伐に向かうことは難しかった。しかも、私のような弱い魔術師では倒せそうにもないらしい。
だから、討伐の機会を窺うために、私と従兄弟の悠月くんがその学校に入った。
悠月くんは悠太さんの息子で、お兄ちゃんと同い年。だから悠月くんは転入ということになる。だから、かなり苦労したと思う。
でも私は普通に入学したから苦労はしなかった。
そこまでしてまでやりたかったこと、それを今日、やろうということみたいだった。
この地に、『最強の魔術師』と呼ばれるお兄ちゃんが来る。ならば、どんな行動を見せてもおかしくない。行動が無かったとしても、ここで討ち取る覚悟で指示をしたと思う。
最強の名家、朝吹家の人間を、そう簡単に無謀な任務に出すわけもない。だから、お兄ちゃんが帰ってきたこのタイミングで、指示をしたのだとわかった。
そもそも、この呪人は私よりも強い悠月くんでも、『わからない』という感想を持つほどの強さ。当主が出られない以上、お兄ちゃん以外にできる人はいなかった。
◇ ◇ ◇
「でも、私だけだったら、何もできなかった。ありがとう、お兄ちゃん」
私は今日の朝のことを振り返って、お兄ちゃんにそう言った。
「まあ……悠香も、ありがとう」
「え?」
お兄ちゃんは、何で『ありがとう』って言ってくるんだろう……?
「ほぼ一緒にいたことないのに、『お兄ちゃん』って呼んでくれて」
そ、そんなこと……?
「だって、お兄ちゃんはお兄ちゃんだもん」
「……ありがと」
お兄ちゃんはもう一回そう言った。
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