第34話 空間凍結

「雪風……!」


 禎雪がそう言うと、一気に術式の勢いが増した。別の術式なのかもしれない。


 凛空はその勢いに、思わず地面に手を付いてしまう。視界も悪くなって、何も見えない。


 魔力の動きから禎雪の動きを見なきゃいけなくなる。

 見えないものを見るとか、やったことはないけど、できなくはなさそう。

 今だって、どこに禎雪がいるかはわかる。十分に近付けば、その姿も見えるだろう。

 この際、視界不良はそこまで障害ではなかった。

 まあ、お互いにお互いの動きはわかってしまっているが。


 どちらが寒さに長く耐えられるかという耐久戦にはしたくない。凛空の体温が元々かなり上がっていたことから、急激に体温は下がって行っている気がする。今度は別の意味で頭痛がしている。もう長くは持たなさそうだ。


 一発で決める。それくらいの気持ちでやらないと、凛空に勝ち目はない。死ぬ。


「……やるしかない」


 凛空は目を閉じ、魔力を感じることに神経を集中させる。


 禎雪は、後ろに回り込んで、剣を持って向かってきている。後ろから刺されたりして襲われるようなことは避けたい。


 魔術師は一撃で死に至ることだってある。そのために魔力を感じて相手の動きを読む。


 十分に引き付け、相手に俺が気付いていないと勘違いさせて、返り討ちにする。それが今の作戦だった。


 そして、あと五歩くらいまで迫ったところで、凛空は振り返って『爆炎』を発動させ、禎雪に超近距離で放った。


 禎雪はそれを見ての行動なのか、短剣を思いっきり投げてきた。


 お互いに正面に立っていたため、お互いにお互いの攻撃が当たり、後ろに倒れ込んだ。禎雪は吹っ飛ばされていったような感じもした。


 剣が術式だったため消えてしまい、傷口から血が流れ出した。


 雪はまだ降っていて、変わらず吹雪だ。


 主にその二つのせいか、もうしばらく動けそうになかった。意識もぼんやりしてきた。


 禎雪の方は、魔力の塊が動いていないから、同じように今は動いてないだろう。

 でも、回復したら起き上がる。その時間はそう長くはないだろう。

 それまで意識を保って、痛みに耐えて、なんとか対抗しないと……


「うっ……」


 無理に動いたせいか、激しい痛みに襲われる。根性でどうにかできるとか、そういったものではないくらいだ。


 その時、再度、大きな音が聞こえた。雪雲のおかげで爆発があっても煙は見えないが、何かがあったのだろう。


 周辺の禎雪以外の魔力は、半分くらいは消えたような気がした。

 魔術師は、一緒にフィールドに入ったメンバーの魔力は感じる。あとは快音くん。


 魔力を感じるということは、生きているということか……。一安心というところだ。

 俺は何もまだ終わっていないが。


 そこから立ち上がるのに数分かかった。


 ただ、それと同じくらいに、禎雪も回復しきって立ち上がっていた。


「大変だね、魔術師は。傷は治らないし、いくらその術式が使えても、その状況に適応するかと言ったら……ね?」


 禎雪はもう全然元気っぽかった。凛空は悪化する一方だが。


「さて。決着つけよっか、リク」


 禎雪は笑顔でそう言ってきた。


 シンプルに怖い。


「行くよ?」


 凛空が何も言わないからか、禎雪はそう聞いてきた。

 だが、今の凛空に答える余裕はない。それぐらい苦しい。

 しかも、体温は低すぎるくらいだと思うから、もう術式の威力が上がる効果は期待できない。

 相当厳しい状況かもしれない。


「……空間凍結」


 禎雪は剣を生成し、その剣を地面に突き刺してそう呟いた。


 すると、そこから一気に広がる様に地面が凍りついていった。凛空の下の地面も凍っていき、足が凍って動けなくなった。


「っ……」


 さっき火蹴で剣を割れた。ここも、もしかしたら……?


 凛空は靴から足を抜き(ついでに靴下も脱げ)、裸足の状態で火蹴を発動した。


 裸足なことで、そこまで違いはないと思うが、魔力を術式に変えるのがいつもよりも上手くいっているような気がしていた。障害となるものがないからだった。


 火蹴で足に炎を纏わせているおかげで、氷の上でも足が凍ることはなかった。


 そして凛空は最後の力を振り絞り、禎雪に向かって行った。


 最初に右足の蹴りを当てようとするが、それは避けられてしまい、地面に張っていた氷に食い込む。氷の破片が足に食い込んできたが、ここは気にせず、禎雪を追う。


 禎雪は剣を放置したまま逃げていき、張っている氷は禎雪の行く範囲にどんどん広がっていく。


 凛空はさらに加速することができず、禎雪も加速はしないので一向に同じ距離を保って走っているような形になった。


 そして凛空は『爆炎』を発動させ、禎雪にぶつける。禎雪はそれを空中に高く跳び上がって避ける。凛空は空中にいて、そう簡単に動けないその状況を、ここぞとばかりに狙い、再度爆炎を発動させた。


 二回目の爆炎は禎雪も避けることができずにクリーンヒットし、禎雪はそのまま地面に落下していった。


 凛空は地面にぶつかるその瞬間を狙って、もう一度爆炎を発動させる。


 そしてそれも避けられることなく、しっかりと当たった。


 禎雪は爆炎に吹っ飛ばされ、かなりの距離飛ばされていった。


 でも、禎雪の身体は消えていかなかった。それでも、雪雲や地面の氷は消え去った。


 呪人に関しては、生きている年月によって消えるかどうかが決まる。つまり、どちらもある。

 術式が消えたということは、死んだ可能性が高い。禎雪にしてみれば、雪雲を解除するメリットがない。

 あと、魔力の反応も無くなっていた。


「終わっ……た……」


 凛空はそのまま地面に倒れ込んだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……あぁーっ……勝った……」


 凛空は思わずそう呟いた。


 それにしても熱い。空は青く戻っていて、夏の太陽が照り付けている。周辺の温度が高くなったせいで、冷たくなった身体との温度差が凄いことになっている。


 その時、凛空の近くに白い獣が近寄ってきて、その傍にしゃがんだ。

 白い獣は悠莉の魔獣で、凛空の身体を温めようとした行動だった。


 そして白いのの上に鳥が止まった。その鳥は凛空の事をじーっと見つめる。


 その数分後。今度は黒い獣が凛空に近寄り、白いのと同じ行動をした。


 そのころには、凛空の意識はもう薄れてきていて、それを視認はできなかった。


 凛空は黒いのの気配を感じた後、意識を失った。


  ◇ ◇ ◇


 凛空が意識を失った数秒後、悠莉の魔獣三匹は鳴き声に聞こえる会話をし、隼のキセキがシロの上から飛び去って行った。



 キセキは悠莉の元に来て、状況を伝えた。


 周りには鳴き声にしか聞こえないが、悠莉には聞こえているようだった。

 これは、魔獣使いと魔獣の友好関係によってなせる業だ。


 悠莉はキセキの報告を聞き、フィールド内に向かって行った。


  ◇ ◇ ◇


 結局、悠莉の予測通り、怪我人がかなり出た。


 怪我人は、伊桜夏向、愛野桜愛、朝吹悠香、風晴凛空の四人。

 その四人は重症だったが、無事に搬送され、幸い、命に別状はなかった。危なかったが。


  ◇ ◇ ◇


「お前たちが残るのか? お前たちが病院に行った方がいいと思うが……」


 本部の援軍により、怪我をした四人は搬送された。

 大阪校の面々も、すでに移動している。


 建物の中にいたのは、快音と悠莉と、東京大阪両校の校長ポジの二人の計四人だった。


「学園の統括担当なら、生徒の怪我の状態確認しとかないとダメなんじゃないの?」

「まあ……そうだな」

「俺たちでしばらく見とくから」

「ああ、頼んだ」


 悠莉がそう言い、如月歩武と若葉海亜の統括担当二人は建物を出て、搬送された病院に向かった。


「なんとか排除できたな」

「ああ」


 二人は揃って二階に向かった。


 二人はなんとか口実を作り、その場に残った。


 さっきのような大きな戦闘が起きた時、その周辺にいる怪物がその場に現れることがある。今のような、荒れ果てた地になっている場合、そこを住処にされる場合だってある。だから一定時間誰かが見ているということになった。


 でも今回は、戦闘の規模がかなり大きかったから、来るとしてもかなり強い怪物だけ。そんな怪物の場合、そう簡単には出てこない。


 今回は来ないと快音と悠莉の二人は予想していたが、他の二人が残ると言い張るので、何とかしてそれを辞めてもらおうとした。


 何故かというと、フィールドの外にあった建物やその周辺には全く被害がなかったこと、快音以外の大人の魔術師が誰も来なかったこと、なぜこの学校選という場面で襲ってきたのか、色々と怪しい点があった。


 快音と悠莉はそれを調べようとしていた。



「やっぱり……そうだよな……」

「ああ。来たな、アイツ……」


 二人は何かを確信し、そう言葉を交わした。

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