第33話 禎雪
◇ ◇ ◇
熱に耐えながら、凛空が地面に仰向けになっていると、急に空が黒く染まって行った。
「な……何だ……?」
凛空は重い体を起こし、空を見上げた。
何とか立ち上がり、周囲を見回しても、何もない。当たり前のことだが。
でも、一つ、こっちに向かってくる、怪物のような魔力を感じた。
急にこんなことが起きるということは、何が起こってもおかしくない状況。
凛空はその方向を睨み、術式をいつでも発動させられるように準備をした。
数秒後、そこ方向の影から、一体の怪物が飛び出してきた。
凛空はその飛び出してきた怪物に、咄嗟に発動させた『火蹴』を怪物に上手く合わせて蹴り込んだ。
凛空はサッカーを少しやっていたことがある。そのおかげで、蹴るものに合わせて蹴るというのが、今咄嗟にできたのかもしれない。数年前に辞めてはいるが。
蹴ったことによって術式としての攻撃が入り、その反動で距離も取れた。
効率のいい戦いができているような気がした。そうでもしないと、熱に耐えられそうにないと感じていた。
「いったぁ……」
怪物はそんな声を上げた。
確かに飛び出してその勢いのまま蹴られて吹っ飛ばされればそんな声も上げるだろう。怪物の感覚はわからないが。
「キミ、もうちょっとさ、手加減してよぉ……!」
はぁ……?
この怪物は何を言ってるんだ。と凛空は呆れていた。
怪物相手に魔術師が手加減するなんて話、有り得ない。よっぽど身内だったりしたら別だけど、さすがに知らない怪物にそんなことはしない。
「黙ってないで、何か言ってよぉ!」
「……断る」
特に熱が出ている時に、最も絡みたくないタイプの奴だと凛空は感じる。
「もぉーっ、ボク怒ったよ?」
勝手に怒っておけ。凛空はそう怪物を見放した。
「ボクは
怪物はそう名乗った。確かにキャラには合っていない気がする。名前は、時にそうなることもあるのだろう。
「それで、キミは?」
「えっ」
「ボクだけ名前知られるなんてフェアじゃないよ?」
勝手に名乗ったくせに。と凛空はそう思った。
でも、変な感じで絡まれるのも嫌だから、凛空は答えることにはした。
「……風晴凛空だ」
凛空は短くそう名乗った。
「リク……? よろしくね、リク」
こんなに話しかけてくる怪物は初めてだった。でも、魔力はちゃんと怪物だった。
何が起きているのかはわからないが、とにかくこいつは倒さないといけない怪物だ。
今まで戦ってきた怪物よりも強い。でも、今の俺なら倒せるのかもしれない。
炎系術式の威力が上がっている今なら、格上であろうとも、倒せるかもしれない。
可能性は十分にあると思う。
凛空はそう考えた。
「……よろしくな」
凛空は牽制の意味も込めて、そう答えた。相手は気付いていないかもしれないが。
「そろそろ、怪物と魔術師っぽいことしよ?」
禎雪はそう言ってきた。やっとかよといったところだが、なんとなく気合を入れる時間ができたのはよかったのかもしれない。
「行くよ?」
そう言って禎雪は剣を生成し、一気に凛空に向かって行った。
その速さはかなりのもので、一瞬で姿が大きくなった。
凛空は火蹴を発動させ、なんとか対応しようとする。
禎雪の剣は固く鋭く、避けた時に鳴る空気を斬る音が、とても大きく響いた。
剣を振った後の隙に、火蹴を蹴り込む。一回に三連撃、それを繰り返すが、一回は避けられ、一回は剣で防がれる。残りの一回も、必ずは当たらない。
熱も苦しい中、三連撃でさえも苦しい。
ついに三連撃の途中で勢いが途切れてしまい、倒れるようによろけてしまう。
そこを狙うように、禎雪は剣を振りかざす。
凛空は根性で身体を動かし、後ろに手を付いて足を振り上げて回り、初撃をかわした。
そしてしゃがんだ状態から一気に斜め上にジャンプし、少し屈んだ状態だった禎雪を火蹴のまま踏みつけ、上に伸びていた木の枝を掴んで向こう側に移動した。
空中で身体を捻り、禎雪に背中を向けないようには気を付けていたが、どうしても一瞬は背中を向けてしまう。
禎雪はそんなところまで狙い、剣を振った。
こればかりは防ぐことができず、足の火蹴の炎が及ばないところを思いっきり切りつけられてしまう。
思いっきり斬られたわけじゃなくてよかったけど、痛いものは痛かった。こんなんで痛がってちゃダメなのはわかっているのだが。
「はぁ……はぁ……」
凛空は息を整え、痛みと熱に耐えながら立ち上がった。
「キミ、中々強い? もしかして。相性が悪いだけかも知れないけど」
禎雪は距離を保ったままそう聞いてきた。
「……知らねえよ。勝手に決めればいい」
凛空はそう答えた。
強いかどうか、自分で言える奴なんてほとんどいない。よっぽど強いか、よっぽど弱いか、よっぽどの勇気があるか、それくらいだと思う。
それにしても、相性が悪いとは、どういったことだろうか。
凛空の術式は炎。炎と相性がいい術式となると、何があるだろうか。
自然系か、氷か、確かに、禎雪の剣は水色のような、透明なような、そんな色をしていた。
仮にあの剣が氷なら、どうにかなるかもしれない。
凛空にそんな考えが浮かんだ。
やってみる価値はあった。
「だとしても、ボクは勝つよ?」
「勝手にしろ」
そして禎雪は剣を片手に向かって来る。
凛空は火蹴を発動させ、禎雪を十分に引き付ける。
熱のおかげで、走りたくないという気持ちがあった。どうせ近寄ってきてくれるなら、わざわざ行く必要もないと思う。
禎雪の剣をなんとかかわし、火蹴をぶつける。さっきと同じように三連撃。今度はきっちり三連撃決めた。
調子が良かったのでもう一撃入れようとしたが、その攻撃は剣で防がれてしまう。
俺は剣に足を掛けたまま、足に力を込めた。すると、火蹴の炎の勢いが増し、少しすると、靴が滑っていくような感覚がした。その数秒後、剣が真っ二つに割れた。
「えっ……」
禎雪はそんな声を上げた。
凛空だってまさか本当に火力で剣が割れるなんて思ってなかった。可能性は考えたが。
凛空は一旦禎雪と距離を取った。次の術式が何かわからない中、近距離でそれに当たるのは危ないような気がした。
「ボクの剣を壊すなんて……相当な火力だね」
禎雪はそう言った。
「ボクの剣は氷でできている。でも、そう簡単にこの氷は溶けない……はずだったんだけどね」
まあそうだろう。普通の氷であれば常温で溶ける。まず、凛空が威力を上げる前は溶けていなかった。耐熱性がもう普通じゃない。
そんなので溶けていては使い物にもならないが、さすが術式効果といったところだ。
「もしかして、キミ、
何を聞いて来ているのか全くわからない。
ネッタイってなんだよ。熱帯? 出身地の話か? どう見ても日本人だろうが。凛空はそんなわけのわからないことを内心思っていた。
「その様子だと、意味わかってない感じ?」
「何だよ」
「まあいいよ。ほんとかわかんないし」
何だったんだよ……
凛空はまだ禎雪に付き合う気があった。
「まあ、ボクはこんなもんじゃないし、術式は作り直せる。壊したって無駄だよ?」
「……わかってるさ、そんなこと」
「ふーん。わかってるんだ」
凛空はそんなに馬鹿じゃなかった。
「じゃあ、わかってるよね?」
禎雪はそう言って、剣とは別の術式を発動させた。近付いてくるような感じでもないから、発射系術式だと凛空は読んだ。
「……火生」
凛空は火生を発動させ、禎雪に向かって火の球を放った。
一方禎雪は、手を上に挙げ、「……吹雪」と呟いた。
すると、凛空たちの上に黒い雲が現れ、すごい量の雪が降り始めた。
火生は吹雪の中を真っ直ぐ進み、禎雪に進んで行った。
だが、禎雪は軌道を読み、見事にかわしていった。
雪のおかげで速度が遅くなっていたことが原因だと思うが、中々厳しい状況だ。
雪はやっぱ冷たくて、熱があるせいか、その雪がより冷たく感じていた。夏なのもあるかもしれないが。
「キミはこの吹雪に耐えられるかな?」
禎雪がそう言うと、吹雪の勢いがさらに強まった。
「っ……」
凛空は吹雪に耐えながらも、火生を禎雪に向けた何発も放った。
禎雪はそれを全てかわすが、積もった雪に足を取られかけていた。
凛空はそこを狙って、火生を放つ。
それは禎雪に命中し、禎雪は大きく後ろに吹っ飛ばされていった。
だが、禎雪はすぐに回復し、立ち上がった。
その時、大きな音が聞こえ、感じる魔力が増えた。凛空はそう感じた。
実際は、黒い膜が一気に無くなった感じだ。
「破られたんだ……まあ、しょうがないか」
禎雪はそう呟いた。
凛空は何が破られたのかさっぱり分かっていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます