第32話 三種全種
「やっと面白くなりましたね。さすがです。毒系術式だけではないという所。術式からして香月家と血縁関係があるのですか? だとしたら、毒系術式の方が珍しいですか」
「そこまでわかってるなら、わざわざ聞かなくてもいいと思いますけど」
「そうですか」
桜愛にとって、香月家との繋がりは、あまり良くはない繋がりだった。使わない手はないと、術式は使っているものの、香月家の人々との仲はあまり良くない。
本当は触れてほしくないことだった。
「まあ、そろそろ決着をつけますか。長々と戦っていてもあれですし」
「……そうですね」
二人はそう言い合い、一気に術式を仕掛けていった。
「……
「……地形操作」
同時に二つの術式が発動された。
竜翼の背後にさっきと同じ三つの球体が浮かび上がる。
だが、今度は一つだけではなく、三つ全てが桜愛に向かって行った。
桜愛は術式よりも、竜翼本体を狙って攻撃をしていった。術式を防いでも、相手には何も危害が無い。それなら、本体を狙った方がいいと桜愛は考えた。
そもそも、竜翼のさっきまでとは変化した術式を防げるかどうかわからない。
竜翼の術式でできた三つの龍は蛇行しながら向かってくる。
竜翼は相変わらず桜愛の術式を避ける。さっきまでの傷も回復しているから当たり前のことだが。
桜愛は竜翼の術式を剣で切り裂いて破った。
この術式はお互いに防ぎ合う形となった。
「さすがですね……でも、面白くないですね」
竜翼は急に声のトーンを下げてそう言った。
「面白くないですか。まあ、どうでもいいです。あなたの感想だなんて」
桜愛もそう返す。
段々と二人の話の内容が平穏でなくなってきているような雰囲気になった。
「……
竜翼は問答無用で術式を放つ。
桜愛は何か対応しないとと考える。
地形操作や風起はもう効かないだろう。元々避けられているし、もう攻略され尽くした。
まだ出していなくて使えそうな術式は、あと二つ。そのうち一つは現実的じゃない。もう一つだって、避けられればもう終わり。
どちらを選んだとしても、見える結末は同じか。
そして桜愛はその考えついた術式を発動させた。
「……天変地異」
桜愛がそう呟くと、二人の上空を覆うように黒い雲が現れた。
それによって、暴風が吹き荒れ、数多くの雷が近距離で降り注ぎ、すごい量の雨が一気に降り始めた。
竜翼の術式によって現れた三頭の龍は、雷の間を縫うように桜愛に迫った。
一方、桜愛の術式によって現れた雷は、竜翼を徹底的に狙っていた。
大きな音と共に、お互いの術式がお互いに当たった。
「っ……」
どちらの術式も消え去り、煙も無くなった時、桜愛も竜翼も地面に倒れ、動かなくなっていた。
二人とも生きているものの、意識を失っていた。
どちらも怪我を追っているが、竜翼はすぐに回復が始まっている。桜愛の身体からは、血がどんどんと流れ出ている。このままだと、桜愛は死ぬ。竜翼は意識を取り戻し、逃走を図るだろう。
竜翼が目を覚ますのが先か、桜愛が目を覚ますのが先か、誰かが助けに来るのが先か、それによって状況が一気に変わる。
数分後。
最初に目を覚ましたのは、やはり竜翼だった。
「ん……気……失ってたか……」
竜翼はそう呟いた。
桜愛の術式によって負った傷は既に回復しきっていて、竜翼は軽々と立ち上がった。
「おっ……」
竜翼は未だ目を覚まさない桜愛を見つけ、笑みを浮かべていた。
この状況は、竜翼が確実に勝てる状況。竜翼は自信に満ちあふれていた。
そして竜翼はレイピアを片手に、ゆっくりと桜愛の方へ歩みを進めていく。
桜愛まであと数歩となったところで、木々の影から、黒い何かが竜翼と桜愛の間に飛び出してきた。
竜翼は距離を取るように後ろに下がったところで止まった。
飛び出してきた何かは、黒い四足獣で、体が魔力で構成されているようだった。つまり、魔獣だった。
その黒い四足獣は、悠莉の魔獣である『クロ』。
ネーミングセンスはさておき、その実力は確かだ。
竜翼は、クロから感じる魔力から、相当な強さだと予測していた。
「何なんだ、お前」
竜翼はそう言い放った。
さっきまでとは人格が変わったように、感じる人柄が変わっていた。
「魔獣のくせに、周りに魔獣使いなんていない。どういう術式なんだ、お前は」
竜翼がそう聞くが、クロは動じずにずっと竜翼のことを睨んでいる。
そんな時間が、かなり長く流れる。
竜翼はそう簡単に攻撃できないし、クロは襲ってこないと攻撃はしない。
互いの駆け引きの結果、約数分に
そんな時間を破ったのは、耐えきれなくなった竜翼だった。
「
心なしか、さっきよりも焦っているように見える。それもそうだろう。クロの威圧に圧倒され、何もできないようにされてしまっていたのだから。
竜翼の背後には、三つの球体が浮かび上がる。
クロはそれでも落ち着いてその場から動かない。
そして三つの龍がクロや桜愛に向かって行った。
その少し前に、桜愛は目を覚ました。
タイミングが悪かった。今まさに術式が桜愛に向かって放たれているところだった。
クロが前にいたとしても、クロがあの術式を防げるとは思えない。
桜愛は意識を取り戻したばかりだが、死を覚悟した。
そしてその術式が寸前まで迫った時、誰かが龍を破壊した。
それと同時に、竜翼は急にとても大きな魔力を感じた。
龍の残像が消え去った時、そこにいたのは『最強』だった。
「悠莉……くん……」
桜愛はそう呟いた。
「待たせたな。よく耐えた。……桜愛」
悠莉はそう言い、竜翼のことを睨んだ。
「まあよくも格下相手に。君の中で最強の術式だろ、それ」
「だったら何だよ」
桜愛は竜翼の言葉遣いを聞いて、さっきとの豹変ぐあいに少し驚いた。でも、やっぱりそうかとすぐに納得した。
「俺が来たってことは、どうなるかわかってるよね?」
「もちろんだ」
「じゃあ、来いよ」
「おう」
そして竜翼は悠莉に乗せられるまま、術式を発動させた。
「
竜翼の背後に三つの球体が浮かび上がり、そこから龍が飛び出し、悠莉に向かって行った。
悠莉が右手を前に出すと、悠莉の身体と同じくらいの大きさの、青白い球体が発生した。その球体には、電気が纏われているようだった。
「……
悠莉がそう呟くと、球体が一気に竜翼の方に向かって行き、三頭の龍を一瞬で飲み込み、竜翼も一瞬で飲み込んで行った。
術式が消え去った時、竜翼はまだ消えずにそこにいた。
「まだ……生きてる……?」
桜愛はそう呟いた。
「いや。そんなに時間経ってない呪人だと思う」
「そっか……それもあったね」
桜愛はなんとなく納得した。
「クロ、凛空の方見てきてほしい」
「ガウッ」
悠莉は桜愛の返答を無視し、クロに指示を出した。
クロはその指示に従い、様子を見に行った。
その姿を桜愛がじーっと見つめていると、悠莉が桜愛の前にしゃがんだ。
「桜愛、怪我大丈夫か?」
「え……」
よく見てみると、地面には血が染み込んでいた。
「わかんないけど……」
「そこまで大きく破けてなくてよかった。一応、止めとくね」
悠莉はそう言うと、桜愛の腹部に手を当てた。すると、腹部から出ていた血が止まった。
「すご……」
「歩けるか? まず立てるか?」
悠莉はそう言いながら立ち上がり、桜愛に手を差し伸べた。
「た、多分……」
桜愛は悠莉の手を掴んで立ち上がる。
「……大丈夫みたい」
桜愛はニコッと笑って悠莉にそう言った。
「じゃあ、とりあえず救護所まで連れていく」
悠莉はそう言って桜愛の前に背を向けてしゃがんだ。
「乗れ」
「えっ……?」
「早く」
「……わかった」
そして悠莉が桜愛を背負う形になり、悠莉はさっきと同じように塀の上を通ってフィールドを出て、建物に桜愛を連れて行った。
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