第31話 竜翼

 術式との遭遇は、桜愛が一番遅かった。


 桜愛が遠くからその姿を確認した瞬間に、その術式は姿を消した。


「は……?」


 桜愛は何が起こったかわからなかった。それも当然のことか。


 そして、すぐに空が黒く染まって行った。


「どういうことなの……?」


 桜愛はさらに動揺する。


 ――落ち着け、私。


 こんなことで動揺するようじゃ、すぐに命を刈り取られる。周りに注意を配って、あらゆることに対応しろ……そうすれば、きっと大丈夫。


 桜愛はそう言い聞かせ、動揺を落ち着かせた。


 ちょうどその時、術式とは全く別物で、はるかに強いような怪物の気配を感じた。


 周りを見回すと、さっき術式がいた場所に、その怪物の姿があった。


 肌の色が人間っぽかったが、魔力は怪物。呪人だとすぐにわかった。なってどれくらいかはわからないが、怪物の中ではかなり強いことが魔力量からわかる。桜愛では勝てるかわからないくらいの強さだ。


 桜愛の魔術師としてのランクはギリギリB。限りなくAに近いBだ。

 つまりこの呪人は、魔術師からしたランク分けでAと分類される。その中でも、上の方に居そうな気もするくらいだ。


 厳しい戦いになりそうだが、この状況で倒せるのは桜愛だけ。

 桜愛は『やるしかない』と決意を固めた。


 桜愛は毒剣を片手に、その呪人に向かって行った。

 呪人は桜愛の気配にもちろん気づいていた。


 呪人はレイピアを生成し、一気に桜愛の方に突き出した。

 桜愛も毒剣を呪人に突き刺した。


 お互いに肩の辺りを貫き貫かれ、血が流れ出る。


 ほぼ同時に一気に引き抜き、距離を取った。


 桜愛は咄嗟に左肩を押さえた。


 骨には当たっていないようだが、肉は完全に貫かれている。もちろん、血管も傷ついている。


 それと同時に、桜愛は呪人の術式が何かわかっていた。


 呪人のレイピアには毒が仕込まれていて、桜愛の肩にはその毒が流し込まれていた。毒といっても、術式としての毒なので、毒系術式を扱う桜愛には耐性があるし、解毒も可能だった。


 症状も出ていないのに毒だとわかったのは、桜愛が毒系の術式を使う魔術師だからだろう。

 でも毒系魔術師でなければ、そのような症状が少なからず出ているだろうから、桜愛じゃなくても今回は気付いていただろうけど。


 相手が毒系術式を使う呪人なら、桜愛に対して毒系の術式は無効なのと同時に、当然桜愛の今の攻撃も無効のようなものだ。


 ただ、桜愛には香月家の術式がある。相手が毒系術式だけなら桜愛の方が有利になり、勝ち目が見えてくる。そうとは限らないが。


「奇遇ですね。同じ毒系の術式を使うだなんて。中々いないですよ」


 呪人は丁寧な言葉遣いでそう桜愛に呼びかけた。


「奇遇……ですね。でも、これじゃあ戦いになりませんね」

「そうですね」


 二人は丁寧な言葉の裏で、駆け引きのようなものをしているような雰囲気があった。


「あ、名乗り忘れていました。私、竜翼りょうすけと申します」


 ――リョウスケ……


 桜愛は心の中でそう呟いた。


「さあ名乗ってください。礼儀ですよ?」

「……っ」


 桜愛はできれば名乗りたくなかったが、こうなったら名乗るしかなくなってしまった。


「……愛野桜愛です。よろしくお願いしますね」


 桜愛はなんとか平常心を保っていたが、竜翼の鼻につく性格が気になって仕方なかった。


「よろしくお願いします。良い戦いをしましょう」


 竜翼がそう言い、レイピア片手に桜愛に迫って行った。


 毒系術式は効果が無い。でも、レイピアの物理的攻撃は、桜愛には効果がある。

 一方桜愛からの物理的攻撃は、怪物である竜翼には効果がほぼ無い。さっきの傷だって既に回復されて無いものとなっている。


 有利になるかどうかは、桜愛の剣の腕次第だった。


 桜愛の剣の腕に関しては、悠莉が仕込んだこともあるので、問題はないと思われる。十分に戦えるとは思うが、桜愛がレイピアに対してしっかりと対応できるかはわからない。


 どちらかと言えば、竜翼の腕次第なんていうこともある。


 そして竜翼は突き攻撃を何発も桜愛に仕掛けた。桜愛は少し苦しそうではあったが、なんとか防ぎ切り、お互いに後ろに下がった。


「さすが剣を扱うだけありますね」

「伊達に剣使ってないので」


 桜愛は冷静にそう返した。


「でも、体力が削られるばかりで面白くありませんね。この戦いは」

「そう……ですね」


 体力が削られていけば、桜愛の方が先に体力が尽きてしまうだろう。怪物の回復能力は、そこも(全てというわけにはいかないが)カバーできる。このままだと、桜愛は負けてしまう。


 でも、相手にとっては勝てる展開。なのにどうしようと言うのか。


「やはり術式の撃ち合い……それが面白いと思うのですが、どうでしょう?」


 お互いに毒系術式は効かない。なのにわざわざ言ってくるということは、毒系以外の術式も持っているということなの……? というか、そういうことだろう。


 ならこっちだって、別の術式はある。まだ勝ち目はあるし、体力の削り合いになるよりずっといい。


 相手の術式にもよるけど、六系家の術式がそこまで弱いとも思えない。


「……いいじゃないですか。その方が、面白い戦いになりますね」

「では。行かせていただきます」

「こちらこそ」


 そして竜翼は、レイピアをしまって別の術式を発動させた。


「……三種トライアングル


 竜翼がそう呟くと、竜翼の少し上の背後に、三つのぼんやりとした球体のようなものが、三角を描くかのように浮かび上がった。


 数秒後、そのうちの上にあった一つのみが残り、そこから一気に龍の形をした術式が、桜愛に向かって伸びてきていた。


 桜愛はその竜を後ろに跳んで避けようとするが、竜の勢いは全く衰えず、桜愛に迫る。


 桜愛は地面に屈んで右手を突き、その手を上に引き上げた。


「……地形操作」


 すると、そこから地面が盛り上がり、大きな岩のようなものが隆起した。


 急に飛び出してきた岩に竜は対応できず、岩にぶつかって消え去った。


 それと同時に複数個所が隆起し、竜翼の足元にも隆起が起きた。


 竜翼は跳んで避けるが、避けた先でも隆起が起きるという状況。それでも竜翼は上手くかわしていった。


 そこに畳み掛けるように、桜愛は次の術式を発動させる。


「……風起」


 桜愛がそう呟くと、桜愛にとっては追い風の向きで強い風が吹く。その風が鋭く変化し、竜翼に向かって行った。


 隆起の音や魔力の変化によって、竜翼は風起が発動されたことに気付かなかった。


 そして隆起をかわすために空中に出たところで、風起の影響を受けた。片腕が切り落とされ、背中から地面に落下していく。


 竜翼の落下地点に、さっきの岩のようなものが隆起する。


 その岩はさっきまでよりも鋭く尖っていて、落下してきた竜翼のことを貫いていった。


 岩は術式のため、少し時間が経つと消えてしまう。だから、そう長く竜翼を貫いてはいなかった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 竜翼は確実に消耗していた。この攻撃はかなり効いていたようだった。


 その時、爆発音のようなものが聞こえ、空が青く戻って行った。


「おっと……? 負けてしまったのか……単に破られてしまっただけなのか……」


 竜翼は起き上がりながらそう呟いた。


「これはあなたたちの術式なのね」

「まあ。そういうことになりますかね」


 こんな状況でも、丁寧な言葉遣いを乱さない。癖なのか、意識して抑えているのか……


「あなたたちの目的は何? 何でこんなことを?」

「何でですかね……」

「え?」

「それが、私たちもよくわからないのです」

「は?」


 何を言っているの……?


 桜愛は真っ先にそう思った。


 それもそうだろう。自分の意志で攻めてきていると考えていた。


 仲間が居たとしても、最強の魔術師がいるようなところに攻めて来るのだから、何かしらの意味や目的があるのだと桜愛は考えていた。


「上からの指示でね。あの人たちは、私たちが魔術師にペラペラ話すから、詳しいことは教えてくれないんですよ。理不尽ですけどね。まあ、わからなくもないです。今まで死んでいった人たちは、ペラペラと情報を話しましたから。そのおかげで、幹部の一人がバレてしまいましたし」


 そう言っている竜翼も、かなりペラペラと話しているようにも思える。


「話しすぎましたかね。これでご理解いただけましたか?」

「ま、まあ……」


 桜愛はなんとなくはわかっていた。理解もしていた。

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