第30話 言霊

「俺の後輩を、随分と可愛がってくれたみたいじゃねぇか」


 快音は強めの口調でそう言った。


「……まあな。遊ぶにはちょうどよかったよ」

「にしては相当疲れてるようだが」

「別に疲れてなんかない」

「へぇ……」


 世詠は確実に消耗していた。快音はそれを一瞬で見抜いていた。


「お前に俺の何がわかるんだ? 最強の魔術師……いや、最強の魔術師」

「最後のは余計だろ。それに、別に俺は君の事をわかったつもりはない。でも、今の君を見れば、誰もが疲れていると言うだろう」


 快音は挑発にも冷静に対応した。


「もういい」


 世詠はそう吐き捨てるように言い、術式を発動させた。


 発動させた術式は炎の術式。さっきの『炎線』のようだった。


 快音はそんなこと知らないが、術式を発動させて対抗する。


「……水生すいしょう


 快音は鳴宮家の術式、『水生』を発動させた。鳴宮家の術式の中では最弱だが、快音が使うとなれば、威力は十分だった。


 二つの見た目が同じような術式が、お互いに向かって行き、ぶつかり合い、打ち消し合った。


 世詠はこの術式にかなりの力を込めていたが、快音は余裕そうだった。元々の消耗もあるが、世詠では快音には敵わなそうだった。


「っ……」


 世詠は打ち破られたことに焦りを感じていた。冷静ではいられなかった。

 そして世詠は距離を半分ほど詰め、咳払いをした。


「飛べ!」


 世詠がそう言い放つと、快音は大きく仰け反り、バランスを崩した。でも、吹っ飛びはしなかった。


「ぐほっ、げほっ、ぐはっ……」


 世詠は反動で地面に膝をついて咳き込んだ。



 世詠が使ったのはいわゆる『言霊』のようなものだ。言葉に魔力を込めることによって、言葉にしたことが実際に起こる。


 この術式は、聖響が学校選で、悠莉が徠稀との戦闘で、それぞれ使ったのと同じ術式だ。


 だから、消費魔力が多く、リスクがある。特に格上相手に使う場合は、思うように効かないこともある上に、消費魔力量もかなり多くなる。


 今回はそのいい例だった。



「何で……」


 世詠はそう呟く。


 世詠は、快音が格上だと認めたくなかった。実力で、もう負けたくなかった。だから一番持っている魔力量が少ない夏向を襲うことを選び、特に朝吹を避けた。


「俺の方が強いからだよ」


 快音は息が上がることも無く、全くダメージを受けていないかのような状態で、世詠に現実を突きつけた。


 快音は悠莉が『言霊』を使うこともあって、『言霊』の術式の概要をよく知っていた。相手が自分より強ければ強いほど、大きな反動を受ける。そんな効果も知っていた。


「確かに悠莉には及ばない。『元』最強だ。でも、弱体化したわけじゃない。強いのが出てきただけだ。勘違いすんな」


 快音は続けてそう言い放った。


 世詠は動揺からなのか、焦ってそこから勢いよく逃走しようとした。だが、世詠の背後には悠莉の魔獣である白い狼の『シロ』がいる。


 ネーミングセンスはさておき、悠莉の魔獣なのだから、強いことは少し考えればわかることだ。でも世詠は、考えることを放棄し、逃走を図ろうとした。


 ――逃走するなら少しは状況を考えろよ。


 快音は思わずそう言いたくなったが、口には出さなかった。


 そして逃走しようとした世詠に、シロが軽く噛み付いた。

 たとえ『軽く』でも、強さ故に、軽くどころではないが。


 世詠は必死にシロを振り解こうとする。シロはそれに伴ってさらに強く噛み付いた。


「ズルいぞ……! 一対三だなんて!」


 世詠はムキになってそう言い放った。

 その言葉に、快音はため息をついた。


「さっきから、勝手に勘違いすんな。二人と一頭。うち一人は戦闘不能だ。この状況は、決して理不尽でも、一対一で起こりえないことでもない」

「は?」


 世詠は焦っているのか、喧嘩腰だ。


「仮に、自分で自分の身を守れる魔獣使いがいたとしよう。そいつを相手にした時、君は何もできないのか? 違うだろ?」


 快音は落ちつた様子でそう言う。


 そんな快音に世詠は言い返すような素振りを見せるが、声が出なかった。


 だが、快音には何を言おうとしたのかが何となく予想できていた。


「だったらやってみろよ。格下虐めじゃなくて、下剋上を」


 快音は挑発するようにそう言い放った。


 見事に挑発されたのか、世詠にはもう焦りなどはなかった。戦闘モードに切り替わっていた。


 世詠はシロを振り払い、もう一度咳払いをした。


「死ね……!」


 世詠は快音にそう言い放った。


 だが快音は単純に魔力をぶつけ、その威力を抑えた。


 快音は『言霊』の効果を知っている。でも対策を考えてもいないなんてことはないだろう。効果を知る理由は対策を立てるためだ。快音だって、それくらいは考えていた。


「……!?」


 その時、その場にいた全員が、とても大きな術式が作られるのを感じた。


 世詠は咄嗟に逃走を図ろうとしたが、シロが噛みつき、それは失敗した。


 夏向はほんの少しの意識の中でも、死を覚悟した。


 だが快音が夏向を掴み、倒れ込みながらその術式の範囲から脱出させた。


 でも少し荒手だったのか、夏向はさらに強い痛みを感じた。


「うっ……」


 夏向はそんな声を漏らした。


「夏向、ちょっと我慢してくれ」


 快音は夏向にそう呼びかける。


 その数秒後、さっきまで二人が戦っていた場所を、白い光線か球体のような何かが、轟音と共に一気に通過した。少し場所がズレていたら、確実に全員死んでいただろう。


「命貢……か……」


 快音はそう呟いた。


 すると、世詠が消えていることに気付いた。でもシロは変わらず立っていた。


「シロ、大丈夫か?」


 快音がそう呼びかけると、シロは『ガウッ』と鳴いて反応した。


「アイツは?」

「ガウ」


 狼なので、そう簡単に快音にはシロが言っていることがわからない。


「死んだのか?」


 快音がそう呼びかけると、シロは大きく頷いた。



 世詠は、シロに強く噛まれ、身動きが取れなくなり、命貢に巻き込まれた。シロは巻き込まれる寸前で世詠を突き飛ばすように離れ、術式から逃れていた。


 命貢の威力は凄まじく、世詠は誰も気付かないほど一瞬で消え去って行った。



「夏向、大丈夫……じゃないよな。安全なとこに移動しよう」


 快音はそう言い、夏向を抱え上げた。


 快音はシロを引き連れ、フィールドの出口の門に向かった。

 さすがに悠莉のように走りはしなかった。



「悠莉」


 門に向かうと、ちょうど悠莉が門から入ってくるところだった。


「夏向も怪我か……」


 悠莉はそう言うと、夏向の腹部に詰められているズボンの切れ端を取り除いた。


 そして悠莉はその腹部に手をかざした。それと同時に夏向は意識を失った。


「よくこんなことしようと思ったな……」


 悠莉はそう呟き、ズボンの切れ端を詰めるという思い付きを少し褒めた。夏向には聞こえていないが。


「こっちは……?」


 悠莉はそう呟きながら、胸部の方を見た。


「……やけどか。これは俺じゃないな……」


 そう言って悠莉は夏向から離れた。


「怪我人は音緒に任せてある」

「わかった」


 悠莉は快音に簡単に物事を伝えていく。


「俺は桜愛の方に行く」

「凛空は?」

「アイツなら大丈夫だろ。魔力量を考えても、桜愛の方が危ない。凛空の方には、キセキも行かせてる」

「そっか」


 悠莉は快音とすれ違い、フィールド内に入っていく。


「心配なら自分が行けばいい」

「言われなくても」


 快音は悠莉に向かって余裕そうに答えた。


「シロ、凛空の方で一応待機」

「ガウッ」


 悠莉の指示でシロはフィールド内に向かって行った。


 快音は建物へ、悠莉とシロはフィールド内へ、それぞれ向かって行った。



 快音が建物に入ると、そこには怪我を負った悠香と、どこかに電話をしている音緒、救護所的なものの準備をしている大阪校メンバーがいた。


「快音、そこに」


 音緒がそう指示し、快音は広げられた布の上に夏向を寝かせた。


「音緒、悠莉に血は止めてもらった。やけどがある。俺はもう一回フィールド行ってくる」

「わかった」


 快音もそこを音緒に任せ、フィールド内に戻って行った。

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