第29話 世詠

  ◇ ◇ ◇


 夏向がさっき分かれたあたりまで来ると、急に空が黒く染まっていった。


「な……なんだこれ……」


 夏向はそう呟いた。


 夏向は、何かおかしいことが起きているのかもしれないと悟った。さっきのも勘違いではないかもしれないとも思った。だからどうってこともないが。


 とりあえずどうにか誰かと合流しようと夏向は魔力が感じる方向に向かおうとした。


 だがその時、妙に強い魔力を、背後から感じた。夏向はそれが怪物だとすぐにわかった。


 夏向の背後にあるのは、このフィールドの出入り口の門。おそらくその上に怪物がいる。


「……桜花」


 夏向は術式を発動させながら振り返り、一気に術式を発動させた。


 怪物はそれを華麗にかわし、軽やかに地面に着地した。


 怪物に性別は無いと思うが、その怪物は確実に男だった。適度な筋肉がついていて、戦いには向いた身体。肌の色も、ちゃんと人間っぽい。でも、感じる魔力は魔術師ではない。なら、呪人か……?


 魔力には、個人単位での違いがあり、個人個人を大きく捉えた場合でも、魔術師と怪物で違いがある。経験によってその辺は感じ分けられる。

 そこから夏向は、この敵が呪人と予測した。


 なぜ予測をしたのかというと、敵の中には、稀に闇落ちした魔術師がいることがあるからだ。単に敵が怪物だけならそこまでは考えない。


「君は桜花系なんだ……なるほどね」


 呪人は夏向に向かってそう言った。


「ここから出たきゃ、俺を倒してみろ」


 呪人はそう夏向に言い放った。


「それって……」

「そうだ。この暗闇は俺の術式だ」


 夏向は一瞬驚きはしたものの、すぐに気持ちを切り替えた。


「じゃあ、俺はお前を倒す」

「いいだろう。俺はお前を殺すけどな」


 二人は宣戦布告し合った。


「一応自己紹介しておく。俺は世詠ようただ」

「俺は……」


 夏向は名乗ろうか迷った。ここで名乗ってしまうことによって、狙われるような可能性も無くはない……


 まあでも、俺は潰しておかないといけないくらい強いわけではないから大丈夫か。ここで逃がすつもりも無いし。


 夏向はそう考え、名乗ろうと決めた。なんとなく、礼儀みたいなものだ。


「伊桜夏向」

「ふーん……聞いたことないな。桜花系でも」

「まあな。俺、隔世遺伝だし」

「なるほど」


 夏向は少し話し過ぎた気もするが、これくらいなら予想もできる話。言っても問題はないだろう。調べればわかってしまうことだ。


 場の雰囲気が一気に戦闘モードに変わり、夏向は右足を引いて体勢を低くした状態で世詠を睨んだ。


 一方世詠はそこまでかまえる素振りは無い。でも夏向のことはしっかりと見ている。


 そして二人は同時に動き出した。


 夏向は蔓のような装飾がされている剣を生成し、世詠に斬りかかった。


 世詠は剣を肩に受けながらも、夏向の腹部に右腕を突っ込み、そのまま旋回しながら吹っ飛ばした。


「っ……」


 夏向は、さっき術式を倒した方に吹っ飛ばされた。壁になるような障害物もなく、かなりの距離飛ばされ、地面に落下した。


 腹部から決して少なくない量の血が流れ出る。夏向は感覚が麻痺したのか、痛みを全くと言っていいほど感じていなかった。だからか、夏向は冷静に今何をしたらいいのかを考えた。


「まずは血を止めないとな……」


 夏向はそう呟いて、さっきの剣を生成し直し、履いている長ズボンを切り始めた。足に傷も付いているが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


 そこを狙って、世詠は相当な火力の炎を一気に放った。真っ直ぐ放射された炎は、夏向に真っ直ぐ向かって行く。


 障害物が無いことによって、威力が弱まることも無く、まだそこまで近づいていなかったところでも、夏向は炎の温度を感じていた。


 夏向は咄嗟に炎に手を向け、術式を発動させた。


「桜花決然……!」


 夏向の背後から沢山の桜の花びらが現れ、一気に炎に向かって行った。


 たとえ打ち破られたとしても、少しの時間稼ぎにはなるだろうと夏向は読んでいた。良くて打ち消し程度だとも考えていた。本当にその場凌ぎ程度の術式として放った。


 その間に夏向は切ったズボンの端を、腹部の傷口に詰めた。ズボンは血を吸い、出てくる血の量はかなり減った。


 現状考えうる最良手だったと夏向は考える。


 桜花決然は、世詠の炎の術式と打ち消し合うように消えた。こっちも予想以上に上手くいっていた。


 夏向はなんとか立ち上がり、世詠の方を見た。世詠は距離を詰めてきていた。吹っ飛ばして広がった分を詰めたくらいだから、そこまで問題はなかった。


 夏向のズボンは膝から少し下くらいの長さの短パンになっていた。両方切ったから、そこまで違和感はない。


「まさかそんな手を取るとはな。まあ、俺も食い込むとは思ってなかったけど」


 世詠は余裕そうにそう言った。

 一方夏向は、痛みは感じなくとも息は上がり、苦しそうだった。


 怪物ならこんな傷はかすり傷程度。でも魔術師は違う。耐久戦になれば負けてしまう。

 夏向もそんなことはわかっている。だから、できるだけ早く決着を付けようと決意した。


「ここからは本気出すよ?」


 世詠はそう言い、さっきとは別の術式を発動させた。


 世詠の後ろから炎が太い線のように五本現れた。


「……炎線えんせん


 世詠がそう呟くと、その五本が同時に夏向に向かって行く。


 その五本は、ちょうど夏向の地点で一つにまとまる様に、段々中心に寄って行っていた。


「桜花決然……!」


 夏向は『桜花決然』で対抗する。


 炎と桜がぶつかり合い、再度打ち消し合った。そして今度は煙が立った。


 恐らく、夏向の術式の威力が(さっきがその場凌ぎで弱かっただけだが)さっきよりも上がったことによるものだった。


 夏向はそれを逆手に取ろうと思った。


 夏向は剣を片手に煙の中を突き抜け、一気に世詠に迫った。


 夏向の剣は世詠の胸部に突き刺さった。急なことで世詠もすぐには対抗出来なかった。


「桜花……解放……!」


 夏向が叫び気味にそう言うと、夏向の背後に、鋭く尖った桜の花びらと、鋭い何かの葉が現れ、それが一気に世詠の方に向いた。


 夏向は、『桜花』と剣の『解放』を同時にやっていた。『桜花解放』という術式ではない。


 魔獣の複数体召喚などは別として、中々別の術式をほぼ同時に発動させるのは、比較的高度な技術だった。

 片方を維持した状態でもう一つ発動というわけでもないので、比較的どころではなく、かなりすごいかもしれない。


 そして花びらと葉は、世詠に向かって行き、世詠の身体のあちこちに突き刺さった。


 だが、それと同時に、世詠は夏向の胸に手を当て、その距離で炎を発射した。


 世詠は夏向の攻撃と炎の勢いによって、後ろによろけるように倒れた。

 一方夏向は、炎によってさっきと変わらないくらいの距離を吹っ飛ばされた。


「っ……」

「うっ……」


 二人の撃ち合いとほぼ同時に、大きな爆発音がここにも聞こえていた。そして空が青さを取り戻していた。


 だが、夏向はもう動けなくなっていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 夏向は、急な痛みに襲われていた。必死に耐えようとするが、立ち上がることさえもできなかった。


 世詠はすぐに再生し、立ち上がっていた。


「破られちゃったか……さすが、最強の魔術師と言ったところか……」


 世詠は空を見上げてそう呟いた。


 そして世詠はゆっくりと夏向に近付いていった。


「君はもう終わりだ。そんな状態になって、生きていられる方が奇跡だ」


 世詠は夏向に右手を向けながらそう言った。


「っ……」


 夏向は痛みに耐えるのに必死で、それどころではなかった。


 その時、強大な魔力を二人は感じた。その魔力は、魔術師のものだった。


 世詠が振り向くと、そこには白い四足獣が唸っていた。


「は……?」


 世詠が意味がわかっていないような声を上げた。


「上だよ」


 そんな声が聞こえ、世詠が上を向くと、上には人影があった。


 世詠が咄嗟に、夏向から離れるように跳ぶと、世詠がいたところにその人影は勢いよく着地した。


「快音……くん……」


 夏向はその人物を見てそう呟いた。


 その人物は、鳴宮快音。空間閉鎖が解けたことによって、中に入れるようになり、早速助けに来ていた。


「鳴宮……快音……」


 世詠は驚いたような、恐怖を感じたような感じで、そう呟いた。

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