第28話 命貢
◇ ◇ ◇
悠香もまた、分かれた先で、例の術式を見つけていた。
「……いた」
悠香はそのままその術式に襲い掛かろうとした。
だがその瞬間に、術式が消え、空が突如暗くなった。
「え……? どういう……?」
悠香は何が起きたか考えた。
術式が消えたということは、海亜に何かがあったということ……?
いや、それ以前に、空が暗くなったこと。ただ暗くなったわけじゃない。黒く染まっていった。
しかも、その外の魔力を全く感じない。建物の方に少なからず魔術師がいるはずなのに、その魔力を全く感じないというのはおかしな話だった。
悠香にとって、イレギュラーで経験がないことが起きている。どうすればいいか、全く分からない。
その時、悠香の前に、大きな魔力を持つ本物の怪物が現れた。普段の任務よりも強い怪物。でも、倒せないほどでもない。苦労はするだろうけど。
悠香は気持ちを切り替え、この怪物との戦闘状態に入った。
悠香がその怪物に近寄ると、怪物も一歩近づいてきた。二人は多少の距離を保った状態で睨み合った。
「君は……あれか。最強の魔術師の妹の……」
「……朝吹悠香。知ってて言ってるでしょ」
悠香は怪物の発言にキレ気味に返した。
「何で切れてるんだよ」
怪物は笑い気味にそう言った。
「僕は
「あっそ」
悠香は簡単に受け流した。
「君と戦えて光栄だよ。もちろん、勝つつもりでいるから。よろしくね」
祭はそう言った。悠香が何も答えないから、沈黙の時間が流れた。
「……みんなみんな、私のことを『最強』の妹だからという目で見る。でも私は、そんな期待には応えられない。朝吹家の、一人でしかない」
悠香は想いを一気にぶつけていく。
「別に、お兄ちゃんが悪いわけじゃない。でも、そうやって見られるのが嫌だ。そうやって見てくる奴は嫌い。だから、あなたのことは嫌い」
悠香はそう宣戦布告した。
「嫌いで結構。僕も嫌いだよ、君の事は。だって、魔術師だし。その中でも一番強い魔術師の家、朝吹家の魔術師だからね」
祭はそう言い返す。
「私はあなたに勝つよ。絶対に」
悠香はさらにそう言い返す。
「……朝吹の名に懸けて」
悠香の雰囲気が一気に変わった。完全に戦闘モードだ。
そして両者同時に術式を発動させた。
「……
祭が電撃を放ち、悠香は水龍を放った。
二人の術式がぶつかり合い、二つの術式は打ち消し合った。
「っ……さすがに厳しいか……」
悠香は術式が打ち消されたことは想定済みかのようにそう呟いた。
一応悠香も朝吹家なので、悠莉ほどではないが、術式の幅は広い。まだ策はある。
祭は悠香に一気に迫って行った。
祭の腕は白っぽい電気を纏っていた。
魔術師も人間なので、当たれば怪我を負う。その怪我はそう簡単には治らない。骨折なんかで済めばいいが、祭の魔力量から考えると、そんなので済みそうではない。
祭の腕は猛獣のように変化し、爪が長く鋭くなっていた。
そして祭は斜め上あたりから悠香の首を狙った。
悠香は咄嗟に黒い剣を生成し、それを目の前に構え、祭の攻撃を防ぎ、そのまま押し返した。
祭は吹っ飛ばされるように後ろに押し返され、二人の距離はかなり離れてしまっていた。
速度がかかっているからか、祭は地面に足を付けられていなかった。
かなり離れた二人のその距離を、今度は悠香が一気に詰めた。
祭はまだ飛ばされた体勢のままで、受け止められる体勢ではない。悠香はそこを狙って、一気に攻め込もうと考えていた。
悠香の黒い剣の刃の部分が細く変化し、気付けば剣の形が変わっていた。
そして悠香はその剣で祭に突きの攻撃を何発も放った。
その攻撃は、速すぎて何発撃ったかもわからないくらい速い速度だった。
祭も剣先は全く見えていなかった。
でも祭は勘で剣先を読んで掴み、一気に後ろに体重をかけて回転し、その勢いで悠香を吹っ飛ばそうとした。
祭は回転の末、うまく着地出来ていた。
悠香も一瞬動揺したが、すぐに立て直し、ちゃんと足から着地した。
「やるね。咄嗟の行動が上手い」
祭は悠香をそう称賛した。
「お兄ちゃんに及ばなくても、私、弱くないから」
「なるほどね……」
悠香は
「じゃあ、これはどうかな」
祭はそう言い、さっきよりも速い速度で悠香に迫った。速すぎて姿が見えないほどの速さ。悠香も、すぐには反応できなかった。
そして祭はさっきが片腕だったのに対して、今度は両腕を変化させ、獣のように襲い掛かった。よく見てみると、歯も猛獣のように鋭くなっていて、目つきも鋭く変わっている。
全体的に、獣化したような見た目に変化していた。
悠香はなんとか反応し、後ろに跳んで避けた。
その時、どこかから大きな爆発音のようなものが鳴った。それと同時に、空の暗転が無くなり、青い空が見えた。
「お兄ちゃん……」
悠香は何が起きていたのか、一瞬にして悟った。
他のところにも怪物が侵入し、他のところでも戦闘が起きていた。
そして相手が空間閉鎖を発動させ、あの空間を作っていた。恐らく相手の空間閉鎖の影響で侵入され、学校選用の空間閉鎖と怪物風術式が消え、今に至るような状況。
今の爆発音は、悠莉が戦闘中に起こした音だろう。
しかも、一瞬だけ悠莉の空間閉鎖が発動されたようなのを悠香は感じ取っていた。だから、悠莉が相手の空間閉鎖を破壊したと予測した。
――私だって……!
悠香はそう決意し、右手を地面に向け、術式を発動した。
さっきの勢いが余って地面に激突していた祭を中心に、地面に白い円のようなものが出現した。
「……
悠香がそう呟くと、祭の身体が弾けるように切り裂かれ、そのまま後ろに吹っ飛んで行った。
祭はフィールド端の壁に叩きつけられて止まった。
その瞬間から、祭の身体は再生を始める。まだ生きている証拠だった。
まだ生きているというのは、いくら再生できたり、回復が早いからと言っても驚きだった。
「っ……さすが……攻めてくるだけある」
悠香は意地を張るようにそう言った。
そう言っている間に祭は概ね再生し、立ち上がっていた。
「不覚だった……避けるべきって……わかってたのに……」
祭は弱い息で、呟くようにそう言った。
その様子からわかる通り、確実にダメージは入っているようだった。
「でも……」
悠香は祭が何を言うのか、祭を睨んで待った。
「僕は、こんなんで負けない……だから妹との戦闘を選んだ……!」
元々誰と戦うか、仲間同士で話し合っていた……?
仮にそうなら、かなり計画的な襲撃という事になる。
確かに、状況から考えると計画的襲撃と考えるのが妥当。
しかも、新旧最強の魔術師がどちらもいると、魔力から感じられるはずなのに攻めてきた。捨て身の特攻のようなもの。
組織的な襲撃で、祭たちは捨て駒。悠香はそういう結論に至った。
可哀想にも思えるが、怪物にそんな気持ちを持っているようでは魔術師は務まらない。
悠香は決意を固め、回復し切っていない魔力を不安視しながらも、あと一撃で決めようと気合を入れた。
一方祭も負けたくない、生きていたいという気持ちが高まっていた。
そして祭は獣化完全体みたいな形に変化し、閃光が走ったかのような速度で、悠香に向かって行った。
悠香は命一杯溜めて、近付かれるのを待った。
祭の爪が悠香に触れた瞬間、悠香は『身貢』を発動させた。
身貢は、朝吹家の術式の一つで、身体に直接危害を加える術式。朝吹家の術式だけあって、威力が高い。その代わり、消費する魔力量がかなり多いが。
さっきと同じように白い円が現れ、祭の身体がさっきと同じように弾け飛んで行った。
ただ、悠香は身貢の範囲から逃げ切れず、右足を少し術式に巻き込まれてしまっていた。
これはしょうがないことだったし、悠香も承知の上で、近距離で術式を発動させた。だが、悠香も祭と同じように、少しではあるが、吹っ飛ばされていた。
この一瞬の間に、さっきよりもすごい速さで祭が回復していた。
空中で再生し、バク転のように地面に手を付いて、低い体勢で着地し、祭は空中にいる悠香向かって飛び出して行った。
一気に襲い掛かられて、悠香は打つ手がなかった。
全てがスローモーションに見える中で、悠香は頭をフル回転させて策を考えた。
そして、咄嗟に思いついたのは、半ば捨て身のような策だった。
悠香は周りにいる人の位置を瞬間的に把握した上で、右手を今度は横に向けた。
「……
すると、その方向から白くて大きな波動のような球体が、すごい速さで飛んできて、一気に祭を飲み込んだ。
祭の腕は、片腕だけ悠香の腹に食い込んでいた。だが、その球体によって腕が抜け、悠香の腹部からは、かなりの量の血が溢れ出した。
激しい音と共に、球体はフィールドの壁を貫いた辺りで消え去った。それと同時に、祭の魔力反応も消え去った。
「っ……」
悠香は地面に落下し、必死に痛みに耐えていた。
残っている魔力量は、術式を撃てるほどはもう残っていない。生きているのがギリギリなくらいだった。
出血量もかなりのもので、血だまりができていた。
悠香の意識はほぼ無いようなもので、悠香自身が根性でなんとか残っているような感じだった。
早く誰かが助けに来ないと、悠香の命は無いかもしれない。それほど危険な状態だった。
――数分後
「悠香、大丈夫か?」
「……おにい……ちゃん……」
悠莉は悠香が危険な状態にあると魔力量から推測し、すぐに悠香の元に駆けつけていた。
「派手にやったな。命貢なんて。ピンチの時の切り札なんかじゃないんだぞ?」
「ごめんなさい……」
「別に謝らなくていい。反動を受けるのは自分だ。自分で決めたならそれでいい」
「うん……」
悠莉は矛盾気味なことを言う。
「じゃあ、やるよ?」
「うん……」
「しばらく休んでろ、悠香」
悠莉はそう言い、悠香の腹部の傷に手を当てた。すると、悠香は意識を失った。
そして、数秒で腹部の出血が止まった。
次に悠莉は足の方を触ってみて、足の状態を確かめた。出血傾向は無く、骨折だということがなんとなくわかった。
だが、かなり粉々になってしまっているようでもあったから、兄として少し心配していた。
「……よし」
悠莉は悠香をお姫様抱っこし、フィールドの塀に向かった。
そしてそのまま塀の上を走り抜け、建物に悠香を運び込んだ。
その速さは凄まじいものだった。
「悠莉くん……」
「音緒、とりあえず悠香を頼む。怪我人出るよ、今回」
「……わかった」
悠莉は音緒に悠香を任せ、フィールドに戻って行った。
一方音緒は、大阪校の生徒たちに指示して、毛布っぽい布を床に広げ、その上に悠香を寝かせた。そしてどこかに電話を掛けた。
悠莉はさっき、魔力を働かせて、破けた血管を一時的に修復した。それによって、なんとか危険な状態は脱した。
骨折の治療もしたほうがよかったが、緊急性がそこまで高くないこと、この先確実にまだ戦うということを考えると、そこまでやらなくてもいいかと悠莉は考えていた。
悠莉は、血管にかけている魔力を維持しながら戦わないといけないので、少しでも楽な方を選ぶのは当然のことだった。
一応、直すこともできるが、今の状況的には無理だ。他にそういうのが使える魔術師がいればいいが、ここにはいない。
悠香の身体がどこまで耐えられるかにもよるが、最悪の場合、足が壊死している可能性もある。悠莉としてはできるだけ早く終わらせたいところだった。
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