第27話 空間閉鎖
◇ ◇ ◇
悠莉は全員が分かれたあたりから、一気に加速し、すごい速さで一番遠い術式のところに向かって行った。
通った後にはその勢いで暴風が吹き、砂埃が上がっていた。
魔術師は術式を発動させることで戦う。だが、悠莉は今回術式が禁止されている。どう戦うのか、普通なら疑問に思うだろう。
悠莉はバレなきゃ大丈夫的な感じで術式を使ったりはしない。まず、悠莉が術式を発動すれば、かなりの魔力が溢れるから、意地でもそれはできない。
悠莉は去年も同じことをやっているから誰も疑問を抱かない。悠莉は術式を失ってなお強い。これでこそ最強の魔術師だ。
そして悠莉の前には例の術式が現れていた。
術式は悠莉が来ていることに気付いて振り返る。それとほぼ同時に悠莉は自分の魔力の気配を一気に解放した。
術式は、悠莉の解放された大きな魔力を感じてなのか、後ろに尻餅をついてこけた。
悠莉は容赦せず、その術式を右足で踏みつけた。すると、魔力がこもっていたおかげか、悠莉の右足は術式を貫いていった。そしてそのまま術式は消え去って行った。
「弱いな」
悠莉は夏向と同じことを言った。
悠莉にとって、学校選なんかで出てくるものが弱いのは当たり前だ。それでも言ったということは、何か意味があるのだろう。
夏向の思ったことは勘違いではなさそうだった。
「ん……?」
悠莉はこのフィールドの外に強い怪物の気配を感じた。
悠莉は他の魔術師よりも遠くの魔力でも感じ取ることができる。それがこんなときにでも作動しているようだった。
その約十秒後、空が黒く染まって行った。
正確に言えば空ではなく、結界が黒く染まったような感じだが。
「……なるほど」
悠莉はその空を見てそう呟いた。悠莉は今起こったことを一瞬で把握し、理解していた。
ここまで『結界』と呼んでいたものは、術式の一つで、術式の名称は『空間閉鎖』だ。
空間閉鎖は文字通り空間を閉鎖するもので、膜のようなものを張って、効果は場合によって違うが、その中にいる人や物、怪物も含めて、全てを閉じ込めるような術式だった。
どういう効果にするかは発動させる魔術師によって違うが、世界創造や空間創造とは違い、攻撃用の術式ではないのは確かだ。どんなにやっても、そんな効果は付けられない。
学校選の場合は、快音が空間閉鎖を発動させていて、海亜が作った怪物風術式と怪物は出入りができないような効果になっている。
今起きていることは、誰かが空間閉鎖を発動させたということだ。位置的には快音の空間の外。でも、外部からの術式が遮断されるような効果があり、快音の空間閉鎖は解けてしまった。
つまり今、悠莉たちは敵の空間にいるようなものだった。外部からの接触は不可能。
ただし、中にいるのは最強の魔術師だ。
大丈夫という安心もあるが、だからこそ、何の目的があってなのかがわからない。
負け試合を自分たちから引っ掛けに行くようなもの。
――目的は勝つことじゃない
そんな可能性もある。
ただの怪物が空間閉鎖までしてこない。こんなに魔術師が密集しているところに襲っては来ない。計画的なものだと考えるのが普通……
――まあ、どんな目的であっても返り討ちにすればいいだけだ。
それが悠莉の正直な思いだった。
そして、悠莉の目の前に怪物が現れた。本物の怪物だ。ランク的にはAで、フィールド内にはこれと同じくらいの怪物が合計五体。悠莉以外、怪我は免れないかもしれない。
それでも、勝てないなんて事態は避けたい。そう思い、悠莉は魔獣を召喚した。
召喚した魔獣は、狼二頭と
悠莉の本業は魔獣使いではない。だが、朝吹家の血統性質上、さまざまな術式が使える。
悠莉の場合は、六系家の術式も含め、ほぼ全ての術式が使える。使えないのは他の人のオリジナルの世界創造くらいだ。
そのため、悠莉は魔獣を召喚することができる。
「シロ、クロ、キセキ、それぞれ夏向、桜愛、凛空のとこに行け。危なくなったら助けろ。それまでは隠れてろ」
悠莉がそう指示し、それぞれ気合の入った鳴き声でそれに答える。
「……行け」
悠莉がそう言うと、三匹はそれぞれ別の方向に向かって行った。
「さすが最強の魔術師。仲間の方も気遣える。しかもこの魔力。すごいね」
怪物はそう言った。悠莉はそんな怪物を睨んだ。
「俺は
悠莉はそんなことわかっている。これは悠莉じゃなかったとしてもわかる。
「……死にに来てるの、わかってんのか?」
「わかってるさ。ここが死に場所だなんて」
「命、捨てるんだな」
「戦って死ぬならいいさ。それも最強の魔術師となんて」
悠莉は全く本気になんてならなかった。ただの遊び程度にやろうとまで考えていた。
学校選を邪魔されたことに関しては、どうとも思っていない。そもそも、悠莉にとって、学校選自体が遊びみたいなものだった。
「……なら、やってやるよ。豪快に」
「それでこそ最強だ」
「せいぜい楽しませてくれよ?」
これは学校選とは確実に別案件なので、悠莉は術式を使う。学校選よりは本気に近いかもしれない。
だが、本気には程遠い。
まず、悠莉が本気を出せば、街が十個くらい吹き飛ぶとも言われている。本人は否定しているが。
「……来い」
「行くぞ」
徠稀は悠莉に向かって無数の電撃を放った。悠莉はそれを、華麗な身のこなしで全てかわす。
徠稀はめげずにさらに電撃を放つが、どれも悠莉には当たらない。
必死そうな徠稀に対して、悠莉はまだまだ余裕そうだった。力の差が顕著に出ていた。
「本気で来い。まさかそんな魔力持ってて、術式それだけなんてことないよな?」
「もちろんだ」
そう言って徠稀は別の術式を発動させた。
その術式は、上空から雷を降らせるようなものだった。
悠莉はその雷の間をすり抜け、一気に徠稀に接近した。
「……!?」
そこで悠莉は徠稀の耳元で「……飛べ」と囁いた。
すると、徠稀は一気に後ろに吹っ飛んで行った。そのまま止まることなく、塀まで飛んで行き、壁に激突して止まった。
「っ……」
悠莉はそのまま徠稀を追いかけ、右手に魔力を纏わせた状態で徠稀の腹に拳を食らわせた。
徠稀は塀を突き抜け、一気に場外に飛ばされた。そして地面に激突して止まった。だが、その距離と音は相当なものだった。
それと同時に、空間閉鎖が解け、黒い空が青く戻った。
悠莉は徠稀に攻撃すると共に、一瞬だけ自分の空間閉鎖を発動させ、敵の空間閉鎖を破壊していた。だから、徠稀は場外まで吹っ飛ばされていた。徠稀にとっては驚きの出来事だった。
「さすがの耐久力。攻めてくるだけある」
悠莉はそう呟いた。その声は徠稀には届いていない。かなり遠くにいるから聞こえないのは当たり前だろう。
「……でも、それだけ。術式は対して強くもないし、それだからこんな特攻を指示されるんだよ。下位にも入れない」
悠莉は徠稀に近寄りながらそう言った。徠稀はなんとなくで言っていることを理解した。でも、回復が追いつかず、言い返すこともできなかった。元々、それが事実なこともあるが。
「お前らが何をしようとしてるのかはわかんないけど……一応こっちだってそっちの情報は多少なりとも貰ってるんでね」
悠莉は近寄る途中で黒い剣を生成し、徠稀を見下ろし、剣を突きつけたような状態でそう言った。
「馬鹿たちがペラペラと……言っとくが、俺はそう簡単に情報はださねぇからな」
徠稀は回復が完了し、悠莉にそう言い放った。
悠莉はその言葉を聞き、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ふふっ……あはははは……!」
悠莉は徠稀の言葉に、思わず笑ってしまった。
「な、なんだよ……!」
「もう貰う情報は貰ってるんだけど。まだ出せる情報があるってことか」
「っ……」
「図星だな」
悠莉はしゃがんで徠稀と同じ目線でそう話した。
「じゃあ聞こうか。何を隠してる?」
「……」
悠莉は立ち上がってそう聞いた。こんなので簡単に言ってくれるはずもなく、もちろんそんなことはわかっていた。
だから悠莉は、剣を解除し、徠稀と同じ高さで話そうとした。
「君の上の人たちは、君に命を失えと言った。君だって、今は弱くとも、いつか強くなれる怪物のはずだった。せっかくの命を、無駄にするのか?」
「……」
徠稀はまだ何も言わない。
「恨む気持ちはないのか? 自分のことを第一に考えろ。決めるのはお前だ」
「……」
悠莉は徠稀の心に問いかける。
これは怪物の中でも、その強者の序列にギリギリ入らない怪物くらいにしか効かないものだ。それより上だと意地でも話さないし、それより下だと聞く情報もない。
怪物の組織編成は、上からリーダー、上位、中位、下位、それ以外、見知らぬ怪物くらいに分けられる。これは昔から変わっていない編成だった。
上位、中位、下位は十人ずつ。徠稀はそれ以外に分類され、普通の魔術師が任務として戦うような怪物は、見知らぬ怪物に分類される。
上の人たち以外は一くくりにされる。そんな組織だった。普通の怪物は、組織があることすら知らないことが多い。
「……――――――。詳しくは言わないし、わかんないけど」
他の場所での爆発音によって、徠稀のリークが他の人に聞かれることはなかった。その内容は、徠稀と悠莉にしかわからないこととなった。
「そっか。よく言ってくれたね」
「じゃあ……」
「じゃあね、徠稀。君の事は忘れない。良き情報提供者として」
「え……」
「いつ俺が殺さないだなんて言った? 勘違いするなよ」
悠莉は徠稀を一気に突き放した。ただの徠稀の勘違いだが、徠稀は激しく動揺した。
「今ここで死んでおけば、君が戻って処分されることはない。いい話だろ? 最強の魔術師に殺されたなら、悔やまれるかもしれない」
「っ……」
確かに徠稀にとっては、戻ったところで死ぬだけかもしれない。なら、ここで死んでおいた方が、まだマシだと考えた方がいい。
徠稀の顔つきが変わったことで、悠莉は徠稀が決意を固めたと感じた。
「どうする?」
「……どうせ拒否権なんてないだろ?」
徠稀は諦めたようにそう言った。
「……殺してくれ」
徠稀は悠莉を真っ直ぐ見つめてそう言った。
「……わかった」
悠莉はそう言い、徠稀の胸の少し前に右手を持って行き、何かを握るような動作を見せた。すると、ちょうど悠莉の右手に、さっきの黒い剣が生成された。
――グチュッ
生成された瞬間に、そのまま徠稀の胸を貫いた。
徠稀は逃げるような動作も見せなかった。逃げたところで、悠莉は見逃したりしない。徠稀の強さであれば、最強の魔術師から逃げ切るのは不可能。諦めるしかなかった。
そして徠稀は、光の欠片となって消え去って行った。
徠稀は呪人だった。しかも、人間の寿命を超えるほど生きた呪人。
悠莉はそれもわかっていた。だから悠莉は死んだことがない前提で話していた。
仮に悪霊型の怪物なら、『一度死んだくせに』とか、そういった類の言葉を発していただろう。
悠莉は光の欠片を見届けた後、フィールドの方を見つめた。まだ全ては倒されていないが、快音が助けに向かっていることを把握した。
「……俺も行くか」
快音以外は、誰も助けに入っていなかった。
大阪校の五人はAと戦えるような実力があるかは厳しい。
歩武や海亜は監視役に徹しているのだろう。
音緒はこの二つの事を考えた上で、建物が襲われた場合、戦う人がいないことから残っているのだろう。
そう考えても、この状況で監視役なんかがいるのかどうか、悠莉は疑問に思った。
なぜなのかという可能性を瞬時にいくつか整理し、悠莉はフィールドの方に戻って行った。
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